少なくともここ数十年、私たちの「労働時間」は明らかに少なくなっている。平成が始まる頃には「24時間働けますか?」というキャッチコピーのCMが流れていたり、土曜日も働くのが当たり前だったりした時代があったことを覚えている方もいるだろう。事実、昭和35年と、そこから50年以上経過した令和元年を比較してみると、年間の労働時間(総実労働時間)は2426時間から1734時間へと、実に3割近く減っていることがわかっている(※1) 。
これは何かを機に急激に減ったわけではなく、毎年徐々に減っていった結果なのだが、どうやら我々の労働時間はさらに減っていくことになりそうだ。それが最近話題に上がる「週休3日・週4勤務制」の存在だ。
耳障りのいい“週休3日制”、あなたの未来は安心か?
最近では塩野義製薬が導入したことがニュースになったが、ほかにもユニクロで知られるファーストリテイリングや、旧ヤフーであるZホールディングス、佐川急便なども導入するほか、2020年後半にはみずほ銀行が「週休3日」どころか「週休4日」も選択可能として話題になった。
週休3日制は、2021年6月に菅総理によって公表された働き方改革の一環でもある。時間に余裕を持たせスキルアップ機会を得ることや、育児や介護などワークライフバランスをより充実させることを目的としている。もちろん「週に3日休めたら、どれだけ楽だろう」と思う人がほとんどではないかと思うが、同時に不安になるのが給料やキャリアだ。
話題になったみずほ銀行は、週休3日だと給料は2割カット、週休4日だと4割カットになるとしており、銀行の業績の厳しさからくるコストカットの側面が強く表れた形となっている。みずほ銀行以外でも、純粋に労働時間が減れば給料がその分減少するパターンは多い。
一方で、給料が減少しないパターンもある。週休3日ではあるが、勤務日の1日当たり労働時間を増やすことで、トータルでの勤務時間は減らず、給料も減らない、とする形だ。
このように形態は会社ごとに異なるが、原則として働いた時間に応じて給料が変化する、というケースが多いことに注意が必要かもしれない。
各国で増える「週休3日制」、日本と異なる試みとは
国単位であったり企業単位であったりはするが、実は日本以外でも「週休3日制」が模索・実践されている。
スコットランドでは、賃金カットなしの週休3日制に国を上げてチャレンジを始めた。賃金の減少なく週休3日制を導入した企業に対し、およそ15億円分の支援金を準備しているという。まだメリットの有無や生産性向上の観点については不透明な実証実験段階ではあるが、おおむね国民からはポジティブに受け止められている。
スコットランドに先駆けて週休3日制の実証実験を行ったのがアイスランドだ。アイスランドは人口わずか35万人程度の国で、実証実験では1.3%に当たるおよそ4000人が対象となった。結果、従業員のストレスは減少する一方、生産性は変化しない、または向上するという結果が出た(※2)。
同様にフランスでも週休3日制、正確には「週32時間勤務」の是非について議論が盛んだ。フランスは2000年にすでに週35時間勤務制が制定されているが、それをさらに1割近く短くしようという試みである。
会社単位で最も進んでいるのはアメリカ、またはイギリスだろう。実証実験の枠を超えて民間企業が自ら週休3日制を導入しているケースが散見される。
特にイギリスは世界で最も進んでいるといえるかもしれない。ヘンリービジネススクールが505人の会社経営層に調査したところ、なんとそのうち50%が「週4日勤務(つまり週休3日制)」を可能にしている、と回答しているのだ(※3)。
労働生産性向上は日本の「国家課題」だ
ヨーロッパを中心とした多くの国で賃金カットなしの週休3日制が導入されている一方、日本ではまだまだ労働時間と賃金を紐づけて考える会社が多いようだ。各国の実証実験や、それを超えて運用した結果のほとんどで「労働時間を減らしても生産性は下がらない」という結果が出ていても、すんなりと受け入れられない気持ちはわからなくもない。
しかし、私は日本こそ他国に先駆けて週休3日制をいち早く浸透させるべきではないかと思う。日本の労働生産性が先進各国と比較して低い、と聞いたことがある人は多いだろう。
様々なデータがあるが、アメリカ、ドイツ、フランス、イギリスなどと比較して、残念ながら日本は労働生産性が低い(※4)。では昭和の時代に「エコノミックアニマル」と言われたように、いま、「24時間働けますか?」と問われたらどうだろうか。世代を問わずに躊躇うのが実情だろう。もう我々は経済成長や、夢のマイホームのためだけに粉骨砕身働くことはできなくなってしまっているのだ。
一方で、少子高齢化で社会保障費の負担は重くのしかかる。日本の人口はもう10年以上右肩下がりで、世界でもトップクラスの少子高齢社会である。一方で、実はヨーロッパ各国は、イギリスも、フランスも、ドイツも、イタリアも、数十年間一貫して人口が増え続けていることをご存じだろうか(※5)。そんな国々が、さらに国力を上げるために労働生産性の改善に取り組んでおり、週休3日制はそんな施策の一つなのだ。
そんな状況にありながら、「他国の結果を見ながら、石橋を叩いて、本当に大丈夫そうなら渡ろう」というスタンスではさらに私たちの生活は困窮してしまうだろう。高齢化が進み、人口が減る日本では、もう労働生産性を上げるしかないのだ。そのための施策の一つとして、週休3日制はおそらく有効であり、優秀な人材を引き付け、彼らが長く働ける労働環境の大きな一助となる……それがわかっているからこそ、塩野義製薬やファーストリテイリング、Zホールディングスは手探りながらも先んじて導入をしているのだろう。
週休3日制は、リカレント教育(社会人の学びなおし)によるスキルアップや副業など、ほかにも様々な広がりの可能性につながる。すでに日本でも、週休3日でも給料を維持するような会社が出てきており、この動きは一時的なムーブメントではなく、長期的なトレンドとして浸透していくだろう。優秀な人材を採用し、さらに定着する施策として週休3日制が浸透していったとき、その動きに後れを取る企業は、業績にも大きく一歩後退せざるを得なくなってしまうだろう。
今後スタンダードになるだろう「週休3日制」がどのくらいのスピード感で浸透するかはまだわからないが、少なくとも日本でも「働き方改革」の主要な柱の一つとして定着していくことは間違いないだろう。
【出典】
※1:総実労働時間の推移(厚生労働省)
※2:給与そのままの「週休3日」で生産性向上も アイスランドで試験導入(BBC)
※3:ヘンリービジネススクール
※4:労働生産性の国際比較(公益財団法人 日本生産性本部)
※5:Population data(OECD) (文:大岡 奨)