増えるのは給料だけなのか? ユニクロ「年収最大4割増」「初任給30万」を素直に喜べないワケ

大手衣料品ブランドのユニクロやGUを運営するファーストリテイリングの大幅な賃上げ表明が話題となっている。3月から国内正社員ら約8400人に対して、最大40%にもなる大幅な賃上げを実施するという。

特に注目を集めたのが新卒社員の新たな初任給水準だ。現行水準の25.5万円から30万円まで引き上げる。新卒従業員の初任給といえば、大手企業といえども、長らく20万円台前半が相場の水準で推移してきたが、ここにきてその水準を一段飛び越して30万円の大台に乗せてきた点は特筆すべきだ。

 このような動きは、国民としても、政府としても一見歓迎され得るイベントだ。足元の物価高を補うレベルの賃上げが発生したことで、労働市場においても賃上げが行われやすくなる効果もあり、その恩恵を受ける労働者も増えるだろう。政府としても、賃上げ要請が目に見える形で表れてくれば岸田政権の実績としてカウントされることになるだろう。

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 しかし、この賃上げイベントには幾分かのカラクリがある。ややもすれば日本全体が「実力主義」の名の下に格差を拡大させる入り口になりそうな点にも注意しておきたい。

●ここ数年で非正社員が大幅増

 さて、今回の賃上げニュースをよくよく見ると、最大4割の賃上げが行われるのは約8400人の「正社員」が対象となっているようだ。ファーストリテイリングの決算資料によれば、2022年8月31日時点で正社員・準社員・アルバイト社員合わせて10万人以上が在籍していることを踏まえると、今回発表した賃上げは1割未満が対象ということになる。

 そして、ファーストリテイリングに属している従業員の属性のうち、正社員以外の「非正社員」に該当する労働者の割合が増加している点に注目すべきだろう。

 5年前の17年8月期におけるファーストリテイリングの従業員構成を確認したい。当時の決算資料によれば、同社の従業員数は「社員」が4万4424人で、準社員・アルバイトが3万1719人であった。全体に占める社員以外の比率は41.6%である。

 では、直近の従業員の状況はどうだろうか。22年8月期の従業員は、「常勤雇用者」が5万7576人、パート・アルバイトなどが5万6113人となっており、常勤雇用者以外の比率は49.3%まで増加している。

 とりわけ、国内ユニクロ事業における社員以外の準社員・アルバイトといった人員の伸びが著しい。17年度には社員が1万3026人、社員以外が1万1949人であったのが、足元では常勤雇用者1万2698人、常勤雇用者以外が2万5261人と、伸び率に違いがあることが分かるだろう。

 今回対象外となった従業員についても今後賃上げを実施する想定であることや、非正社員などについても21年の段階で賃上げを実施している点を踏まえると、全体としてファーストリテイリングの姿勢は評価すべきであるといえる。

 しかし、今後は大企業に対する法人税の増税や、不確実性の高い経済状況も待ち構えている。健全な賃上げには業績の確かな成長が必須だが、物価高といったコスト面を理由として無謀な賃上げ基調が醸成されれば、「正社員を賃上げする代わりに、正社員の人数を減らしたり、非正規雇用化したりして帳尻を合わせる」といった事態も増えてくる可能性がある。

 厚生労働省が6日に発表した毎月勤労統計調査によれば、22年11月の実質賃金は8年ぶりとなる下落率を示し、前年同月比で3.8%のマイナスとなった。総務省が発表している消費者物価指数を見ると、22年12月分が前年同月比で4.0%(東京23区)の上昇であることから、多くの企業が物価上昇に追い付けるだけの賃上げを現状行えていないのが現状だ。

 その一方で、格差を感じさせるニュースもあった、経済団体連合会が年末に発表した22年冬ボーナスの妥結結果によると、その平均額は前年比8.92%増の89万4179円だった。現在の集計方法になった1981年以降で最大の伸び幅だといい、物価上昇と賃金が上がらないという二重苦にあえぐ人が多い中、異例のニュースといえなくもない。

●「賃上げ」が格差を助長してしまうリスク

 日本で実質賃金が下がっている要因には、さまざまな理由がある。一つは、高齢化が進むことで、労働力が減少し、労働市場が収縮していることが挙げられる。また、このような労働力の減少によって、ロボットやAIといったテクノロジーがヒトに代わって労働力を担うことで、労働市場の競争が激しくなっていることも影響しているだろう。

 他にも、足元でささやかれている消費税の引き上げは消費者の購買意欲を減退させ、売り上げの面で業績を圧迫する可能性もある。こうした将来のリスクや不確実性が、賃上げを阻んでいるといえる。

 こうした状況下で、正社員の賃金を上げるために終身雇用や正規雇用を実質的に後退させることは、合理的な経営意思決定であるといえるだろう。終身雇用制度は、正社員に対して長期的な安定的な職場を提供する利点があるものの、企業にとっては人件費のコントロールが難しくなるデメリットがある。

 解雇や雇い止めが流動的になれば、より柔軟に賃上げがなされることとなる。しかし、これは「実力」や「自己責任」の名の下に既に始まっている格差社会や貧困問題をより深刻化させるリスクと隣り合わせだ。

●差別的なネットミームが物議

 最近、SNSなどで差別的なネットミームが話題になっている。例えばその一つである“片親パン”は、「ひとり親家庭の子どもは、安価で栄養価が少なく、カロリーが高い菓子パンを親から与えられてきた」という偏見に基づく用語である。このような用語が広まる背景には、学校や地域社会で、「ひとり親家庭は社会的に不利な立場にある」という考えがいまだ根強いことが挙げられる。

 他にも、一般的に賃料が安いとされる畳の部屋で動画配信を行う配信者を「和室界隈」と称したり、カードゲームやスマホゲームなどにそれほどお金がかけられない者を「アフガキ」(アフリカの子ども)と呼んだり、あってはならない偏見を基に「貧困」を笑う悪質かつ差別的なネットミームが足元で広がりを見せつつある。

 一昔前の差別的なネットミームといえば、LGBTのような性的少数者や、ハンディキャップのある人など、「他人と違う」点を嘲笑する類のものが多かった。しかし、そうしたネットミームが広がるにつれて、差別・偏見が可視化・社会問題化し、少数者に対する認知・理解が広がることで、徐々に社会が変わってきたともいえる。

 とするならば、“片親パン”や“和室界隈”といったネットミームも、今後、貧困や格差がより深刻な社会問題化するというシグナルを発していると見ることもできるのではないか。政府などが発表する統計は通常、数カ月前の情報が遅れて伝わってくるが、SNSの投稿は瞬時に情報が伝達されていく。「たかがネットミーム」と考えれば見落としてしまいがちだが、大企業の賃上げ・ボーナス増の一方で非正規雇用の拡大、実質賃金の低下といった格差が今後より深刻化していくと、われわれに警鐘を鳴らしているのかもしれない。

(古田拓也 カンバンクラウドCFO)

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