外国人スキー客に人気のGETOって? ニセコから分散

冬のゴールデンルートが生まれつつある。インバウンド(訪日外国人)の上級スキーヤーが今、北海道のニセコから岩手県の夏油(げとう)高原、福島県の裏磐梯など穴場を求めて転戦している。中心は1人当たり消費額でトップに躍り出たオーストラリア人だ。アフタースキーはお酒や温泉。豪州人だけで5万人程度いるとされるパウダースノーハンターを追った。

2月の平日、東北新幹線・北上駅からバスで50分の夏油高原スキー場(岩手県北上市)。上級者向けコースのてっぺんに、ロバート・ジャガーさん(49)はいた。誰も足を踏み入れていないパウダースノーを前に一言。「ワオ! 最高のツリーランができそうだ」。早速ゴーグルをかけ、ブナ林の中へ滑り出した。

ジャガーさんは豪州出身。スキー目当ての訪日リピーターで、今回は友人4人と2週間の旅程だ。ニセコから各地のパウダースノーのスキー場を転戦しているという。

© NIKKEI STYLE

■「ニセコは豪州みたい、特別感ない」

豪州人といえばニセコでは? なぜ夏油高原?

「ニセコって街全体が豪州みたいで特別感がないんだ。ここなら開拓者気分を味わえるし」。パウダースノーハンターにとって夏油高原は穴場的な雰囲気が魅力なのだ。

旅行の予算は?

会社員のブルース・ハルケットさん(56)は「はっきり決めてないけど、一日1万5千円くらいかな」。内訳は宿代(6千円)やリフト券(4800円)、食事代(1回約1千円)くらいで意外と質素。「ほかには?」と聞くと「ビール!」。

日本人の間でも知名度がそう高くない夏油高原。別の豪州人に声を掛けると「Getoだろ、豪州でスキー好きなら、みんな知ってるさ」。

運営会社の北日本リゾートは、経営難に陥っていたこのスキー場を2013年に継承した。菅原三多英社長は「パウダースノーに遭遇できる確率が非常に高いのは強み。豪州のスキー上級者に絞ってマーケティングを展開した」と語る。

17年にはシドニーのスキー関連の展示会「SNOW EXPO」に出展。会場で映像編集ができる2人の若者をつかまえて、夏油高原に招待した。数週間かけてプロモーション動画を作ってもらって発信したところ、知名度は一気に上がった。

上級者をくすぐる工夫も。現地の旅行代理店などで配るパンフレットにはこう書いている。「夏油はまだ無名。なぜなら、ここに来たみんなが秘密にしておくからだ」

夏油高原スキー場の年間利用者は10万~11万人で、事業継承前より6割増えた。繁忙期は客の3割が豪州、ニュージーランド、カナダなど外国人だ。「今後は超上級者向けエリアをつくって、もっと海外のスキーヤーを呼びたい」(菅原社長)

所変わって福島県の裏磐梯。星野リゾート猫魔スキー場(福島県北塩原村)にも外国人スキーヤーが押し寄せる。約3週間で5カ所のパウダースノーのスキー場を巡るバスツアーに参加していたオウン・サマーズさん(31)は「この場所、秘密にしておきたいから、新聞に書かないで(笑)」。マリオン・ルーカスさん(56)は「裏磐梯はゆっくりスキーができて本当に楽しい。雪質もいいしね」と満足げだ。

スキー場に近い、星野リゾート磐梯山温泉ホテル(福島県磐梯町)では豪州の旅行会社などと組み、積極的にツアーに組み込んでもらっている。今冬の外国人宿泊者は5千人超と昨季の10倍だ。

■お酒も大好き、バーは日中から

パウダースノーハンターたち、スキー以外はどう過ごしているのか。

人気は日本人と同様、温泉、そしてお酒だ。でも楽しみ方はちょっと違うようだ。

磐梯山温泉ホテルは今冬から、バーの営業開始を午前9時にした。以前は午後7時。外国人客から「日中もあけてほしい」との要望が多かったからという。お土産として地酒の販売も始め、朝食後から買ったり飲んだり。売り上げは昨季より大幅に増えたという。

アフタースキーでは日本酒の人気も高い(秋田県湯沢市)

© NIKKEI STYLE アフタースキーでは日本酒の人気も高い(秋田県湯沢市)

一方、豪州人らパウダースノー目当てのスキーヤーたちの聖地とされていたニセコ地区は今、どうなっているのか。

ニセコ地区の観光の中心、倶知安町によると17年度の外国人宿泊者は16年度比2割増の14万2857人、宿泊延べ数は2割増の43万3685泊だった。中国などからの観光客が急増している。一方、豪州人は宿泊者が1割増の2万7122人、宿泊延べ数は9万6545泊と約1%減った。

穴場を求めて、パウダースノーハンターたちは今、ニセコから南下している。夏油高原などのほか、秋田県湯沢や新潟県妙高へ。長野県白馬村では18年12月に世界最大手の米マリオット系高級ホテルが開業した。こうして開発が進み、訪日客が増えると、パウダースノーハンターたちはフロンティアを求めて、その先のニッポンへ移動していく。

◇   ◇   ◇

■競合相手は世界、何をアピール

観光庁の推計では、2017年にスキーなどを目当てに国内のスノーリゾートを訪れた外国人は16年比30%増の86万人で、うち豪州人は約9万5千人だった。跡見学園女子大学の篠原靖准教授は「豪州人の約5割がスキー上級者。今後の伸びしろは大きい」と指摘する。

博報堂DYグループのワンダートランク(東京・港)の岡本岳大代表は「外国人客を地域に呼び込むには3つのコツがある」という。まずは「トライブ(種族)・アプローチ」。パウダースノーハンターに影響力を持つ人たちを通じて情報を発信する。夏油高原では著名カメラマンの映像を発信し、同好の士たちに拡散した。

2つ目は「雪の量」。競合相手は世界だ。北米や欧州では温暖化の影響などで雪の量が減っている。秋田県湯沢市は「とにかく雪の量がすごい」と訴求し成果をあげた。

3つ目は「娯楽」。長期滞在が多いので、飽きさせない工夫が必要だ。ニセコや白馬が先行するのはバーなどアフタースキーの充実。温泉や飲食店街との間でバスを走らせることも重要だ。夏油高原に来た豪州からの観光客は「スキー場の周辺に飲み屋がなく長居しづらい」とこぼしていた。

ジャーマン・インターナショナル(東京・港)のルース・マリー・ジャーマン代表は「郷土料理や祭りなど、地元では当たり前でも、外国人目線では魅力的なコンテンツは多い。上手に発信することが大切」と語る。旅行支出1位は豪州客観光庁によると、2018年の訪日外国人で、1人当たり最も旅行支出が多かったのは豪州で24万2050円だった。17年比では7.2%増。17年トップだった中国は2.9%減の22万3640円で4位に後退した。豪州人は宿泊(10万円)や交通(3万5000円)にお金をかける。買い物よりもコト消費に費やす傾向は、中国などアジア系観光客の間でも強まっている。

(ゼンフ・ミシャ)

[日経MJ2019年2月20日付]

タイトルとURLをコピーしました