夢実現へ「3つの流れ」

 【ウェブ立志篇】
 「世界中の子供たちに1人1台のコンピューターを。それが実現すれば、世界の教育環境は著しく充実するだろう」
 これは、1970年代半ばに端を発するPC革命の初期から、推進者たちによって描かれていた未来の「夢」の一つだった。その時点では、荒唐無稽(むけい)とも思える「夢」を掲げ、技術革新による「夢」の実現に邁進(まいしん)していくのが、米国西海岸の流儀である。
 最近、この「夢」に大きな進展があった。インドの人的資源開発省が高価なPCを購入できない地方の学生や子供たちを対象に1台35ドル(1500ルピー、約3000円)の超低価格PCをインド工科大学(ITT)などと共同開発したのである。
 米グーグルから無償提供されるOS「アンドロイド」を搭載したタブレット型PCの価格は、来年の発売時に35ドル。そして徐々に20ドルに引き下げ、最終的には10ドルにするという構想である。大学から導入を開始し、その後、中学や高校へと広げていくという。この発表は、はるかかなたにあった「夢」が、手の届くところまで近づきつつあることを意味する。しかも、20世紀には想像できなかった「新しい流れ」がいくつも生まれ、それが「夢」の実現を加速している。
 第1の「新しい流れ」はOSが無償になったことだ。グーグルが「アンドロイド」を無償提供するのは「世界のインターネット人口が1人でも増えればグーグルの検索事業が潤う」という構造が、ここ5年で確固としたものになったからである。
 第2の「新しい流れ」は、英語圏に特有の現象ではあるが、ウェブ上に教育用コンテンツがあふれんばかりに充実してきたことである。本欄でもたびたびご紹介してきたように、欧米一流大学では、講義映像や授業内容をウェブ上に無償公開するのが常識になった。これもここ5年の動きである。PCとネット接続環境さえあれば、新興国や途上国でも欧米先進国と同質の教育を受けられる可能性が一気に広がったわけで、このことが、超低価格PC開発の大きな動機付けになった。
 第3の「新しい流れ」は「新興国発世界へ」というイノベーションのありようが確立したことである。先進国が構想する商品を下請け生産するだけという役割から新興国が脱皮したのもここ5年のこと。インド主導の超低価格PCのムーブメントは世界中に広がっていくに違いない。
 「夢」の実現の加速は、新興国、途上国の個人にとっては掛け値なしに素晴らしい。しかし、先進国の、特に供給者の立場からは複雑な思いもよぎる。価値ある商品やコンテンツ自体が、おそるべきスピードで、先進国の感覚での「タダ同然」に近づき、しかもそれらが先進国にも逆流してくる未来が容易に想像できるからだ。
 こうした「新しい流れ」の中で先進国の供給者が考えるべきは、「タダ同然」となった要素群をインフラとして駆使した付加価値の高いサービスを創造することだろう。米国西海岸発の「夢」が、新興国発のイノベーションによって実現に近づくとき、新しい付加価値は新しい発想で生みださなければならなくなるのである。(米ミューズ・アソシエイツ社長 梅田望夫)

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