大手企業の“シリーズCM”に対抗 「変えないCM」の強度

日々テレビで放送される企業CMは、企業ブランドを視聴者に浸透させるための重要な宣伝窓口であり、よりよいイメージを視聴者に定着させるための重要なブランディング材料といえる。そのために、有名タレントを起用したり、時期や話題を取り入れたり、様々な見せ方を施したCMでイメージ定着を図る。『au三太郎』や『ソフトバンク白戸家』、そして『サントリーBOSS』など“シリーズ化”がその手法のメインストリームといえよう。しかし、そういった流れと逆行しているCMもある。『高須クリニック』、『タケモトピアノ』のTV-CMのように、いつまでも同じ映像内容で放送する、いわゆる「変えないCM」だ。あえて、この手法を貫き通すには何か理由があるのだろうか?企業側に話しを聞いた。

【CM抜き画像】ピアノの妖精“タケモット”の表情に注目!シュールなダンスが定評の『タケモトピアノ』

■「何年ドバイを飛んでいる⁉」と思いきや、意外にもバージョン多数

 「変わらないCM」といえば、「YES!高須!」でお馴染みの高須克弥院長自ら出演している『高須クリニック』のTV-CM。中東ドバイの空をヘリで高須院長が飛ぶというCM構成。主幹となる美容整形を全く説明していないが、インパクトは計り知れず、イメージを視聴者に植え付けられている。

 だが、高須クリニックのサイトを見てみると、意外にもシリーズCMとして30近くのバージョンがある。お笑いコンビ・アルミカンの赤坂侑子が登場する関西限定の『連れてって篇』、モータースポーツの映像が差し込まれる中部地区限定のローカル版CM。また、ピコ太郎とコラボした謎のバージョン『ピコ太郎篇』、東日本大震災の被災地を訪問した『復興篇』、パプアニューギニアの子どもたちを映した『パプア篇』なども公開されている。

 そのほか、視聴者も気づかないほどのマイナーチェンジをして世に送り続けるCMもある。『佐野厄除け大師』のTV-CMは、関東ローカルだが、クリスマスが終わって深夜0時を回った瞬間に、テレビでCMが流れ始め、年の瀬を知らせてくれる役割を担っている。20年以上は放送されているCMだが、知らず知らずのうちにバージョンアップされている。鐘を突く住職であったり、参拝客であったり、時代に合わせて映像内容が変わっていっている。

 マイナーチェンジであったり、バージョン違いがあったりとCMの様相は様々あるが、視聴者には、イメージ定着が成されており、これらの企業CMは誰もが知っている「変わらないCM」の位置づけを示している。

■20年近く、内容が変わっていない筋金入りの“変わらないCM” 『タケモトピアノ』

 前段で述べた「変わらない」シリーズの中で特筆した存在がいる。それは『タケモトピアノ』だ。「もっと、もーっと、タケモっトっ!」、「ピアノ売ってちょーだい!」と鍵盤の上でタキシード姿の財津一郎が美声を響かせ、ピアノの妖精たちと歌い踊るアノCM。

 2000年8月1日から全国放送を開始し、今年で19年目を迎える超ロングランコンテンツとなっている。しかし、これ以前には、実は6本もの別CMを制作していたのだそうだが、思ったような広告効果を得られず、まさに社運を賭けたものとして誕生したのが、このCMなのだそうだ。

 そもそも、タケモトピアノ株式会社は大阪に本拠を構え、全国から中古ピアノを買取り、修繕して、海外へ輸出をするというビジネスモデルを確立して、成長を遂げてきた。CM放送開始直後から、大きな反響を呼び寄せ、年を重ねるごとに認知度、好感度をアップさせ、全国の家庭からピアノが集まるようになり、CMが業績アップに大いなる貢献を果たしてくれたという。

 それ故に、この19年の間に、テレビが「地デジ化」をした時でさえも、画面の横を拡げるという対応のみで、内容は変えずに放送。会長である竹本功一氏が「いけるところまで、今のCMでやります」とCMに社運を託した自信作。インパクトの強さと分かりやすい企業メッセージが業績を好転させ、「変わらないCM」はいまも放送され続けているのだ。

■CMの強度はPRにとどまらず!「赤ちゃんが泣き止む」という、思わぬ波及効果へつながった

 「もっと、もーっと、タケモット」の歌詞を考案したのは、同社で長年、広報を担当してきた北川勝利氏。竹本会長からの“特命”を受け、ひと月近く悩みぬいた挙句に降臨してきた歌詞だったそうだ。

 扱っている商品はピアノだけに、触れる機会が多いのは子供たち。「子供たちに好きになってもらい、歌って踊ったりしてくれたら、いいなぁ」とCMへの想いを語った北川氏。その想いが届いたのか、このCMの有名なエピソードに「赤ちゃんを泣き止ませる」という効果があるという噂がたち、同社への問い合わせが殺到した。『探偵ナイトスクープ』(ABC)でも取り上げられ、『タケモトピアノ』公式サイトには、「音階が急に大きく上下するメロディラインが赤ちゃんの興味を引くから」、「歌声が、赤ちゃんが好む440ヘルツ周辺の声だから」と財津の歌声の響きが赤ちゃんへの意識を引く効果があるなど、諸説はあるが、単なる広告とは全く別の観点でCMが注目されるということになった。

 その流れで「タケモトピアノの歌」として、2003年にCDシングル化。「泣く子も黙るCMソング♪」というキャッチフレーズでリリースされた。オリコンでも75位にランクインされた(03/10/6付けランキング)。さらには、音の出る絵本「赤ちゃん泣きやみメロディーえほん」(東京書店)や音の出る玩具「赤ちゃん泣き止みメロディ」「にぎって音がでる♪赤ちゃんにこにこえほん」(宝島社)など知育系商品に起用されるまで波及。「どんぐりころころ」、「きらきらぼし」など子どもが好きな代表曲と並んでタケモトピアノのうた「みんなまあるく篇」、「もっともっと篇」が並び、赤ちゃんがこの曲を聴いて育っていくという面白い発展を見せている。

 YouTubeには一般ユーザーが実際に同曲を流すと、赤ちゃんがピタリと泣き止む動画が複数公開されている。SNSでは「赤ちゃんにタケモトピアノのCM聞かせたら、大人しくなるの面白すぎて何回もやってまう」、「赤ちゃんにタケモトピアノの曲聴かせたら泣き止むってやつ… ほんとに泣き止んだ」など実際に、いまなお効果を発揮し続けている状況だ。「子供たちが好きになってくれたら、長く続けられるCMになるだろうな」と北川氏。「変わらないCM」でしか成しえない実績が形となった結果といえよう。

■「何も変えない」、「何も足さない」 変化しないことが、逆にイメージ定着への近道

 周囲のTV-CMは、目まぐるしく変わっていく。その瞬間にCMを見れば、商品を想起できるかもしれないが、情報量の多さと目まぐるしく変わるスピードで、他の多くの商材CMと一緒に流れていってしまう。その中で、『タケモトピアノ』CMは20年近くも内容を変えず、放送フォーマットも昔のまま、筋金入りの「変わらないCM」というのは、激流のように移り変わりの早い広告業界のサイクルの中で見ると、必然的に目立つ状況になるのだ。

 定点観測のように変わらないことの“強み”や利点は、例えるなら、料理の名店で代々受け継がれた“秘伝のタレ”のような味わい深さといえるのかもしれない。そんな伝統のブランド力が、視聴者へも安定の味として届くのだろう。

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