電通、アリさんマークの引越社、NHK、ヤマト運輸など、「ブラック企業」のそしりを受ける大企業が後を絶たないが、ここにきてまた誰もが名を知る有名企業が、その一群に新たに加わってしまうかもしれない。
「いい部屋ネットで探そう」でおなじみ、賃貸住宅最大手「大東建託」である。
先週、会員制情報サイト「MyNewsJapan(マイニュースジャパン)」が、大東建託赤羽支店の大卒新入社員が昨年11月に自殺をしたと報道した。詳しくは同サイトをご覧になっていただきたいが、この自殺は上司から連日、叱責を受けていたことで長時間労働による過労とパワハラが原因である可能性があるという。
事実であれば、電通の女性社員が長時間労働と叱責で「過労自殺」をした構造と丸かぶりだ。国会で「働き方改革」の論戦が行れているなか、「悲劇から学ばぬ企業」と集中砲火を浴びかねないスキャンダルといえよう。
これに加えて、「ブラック企業」というイメージを強めているのは、昨年からくすぶり続けている「内部告発」や労務トラブルだ。
ご存じの方も多いと思うが、「飛び込み営業を主体としたダイレクトセールスによる受注獲得」(大東建託のWebサイト)を強みとする同社はかねてより、営業マンに厳密な成果主義を課し、契約が取れない者は徹底的に冷遇することから「社員を使い捨てる」なんて批判がちょいちょい寄せられていた。その「逆風」が昨年あたりから強めになってきているのだ。
例えば、『週刊ダイヤモンド』には、現役社員からの不満が多く寄せられたということで「大東建託・現場からの叫び」という連載が8月からスタートし、『大東建託現役社員が指摘「ひたすら飛び込む」営業戦略の弱点』なんて感じで、内部告発キャンペーンが展開された。
また、『しんぶん赤旗』の「“契約取れないとクビ”成果主義の極限 大東建託 追及 アパート商法の闇」(2017年11月27日)には、大東建託で14年間働き、練馬支店長も務めた方が登場し、「成果が上がらなければ手取りは10万円台前半。生活できない」「1日12時間を越える勤務、土日出勤は当たり前」とブラックぶりを赤裸々に語った。ちなみに、この御仁は部下のミスを理由に6段階降格された処分を取り消すため、会社と法廷闘争を行っているという。
●気合や根性で乗り切れない無謀な戦い
これらの報道を見て個人的に感じるのは、大東建託の営業マンのみなさんが、太平洋戦争末期の日本軍のように、気合や根性で乗り切ることのできない無謀な戦いを強いられているのではないかという懸念だ。
電通の過労自殺事件が起きたとき、筆者は『電通や東芝といった大企業が、「軍隊化」してしまうワケ』という記事で、この問題の元凶は、日本企業にまん延している「軍隊気質」のせいだと指摘した。日本型組織の年功序列、終身雇用、系列・下請という企業モデルはすべて戦時体制下に確立されている。そのためいつまでたっても軍隊のノリが抜けきらない。
軍隊は連戦連勝なら士気もあがって風通しもいいが、ひとたび勝ち目のない消耗戦へ追いやられると、旧日本軍のように上層部が現実逃避をはじめて、ガチガチに硬直した組織になる。結果、現場兵士の生命・人権を軽んじた机上の空論みたいな無茶な戦い方が行われる。さらに、規律が乱れて暴力衝動が水のように上から下へ流れるため、「新兵いじめ」などのパワハラもまん延する。1930年代の旧日本軍も、上官からボコボコに殴られた若者たちは「人生修練」だとありがたがったが、敗戦が近づくにつれて自殺者が出るような陰湿なイジメが増えていった。
なんてことを言うと、売上高・利益ともに右肩上がりの業界トップのどこをどうみたら「消耗戦に追いやられた軍隊」になるのだ、と叱られるかもしれないが、同社のあるポイントには「旧日本軍感」がありありとみえる。
それは「成長戦略」だ。
●一人住まい世帯は増加しているのか
大東建託のWebサイトにあるIR情報には以下のような文言がある。
「少子高齢化や晩婚化の進行とともに、一人住まい世帯が増加しています。これに伴い、総世帯数は今後も増加し、賃貸住宅の入居需要は引き続き活発に推移すると見込まれています」(大東建託のWebサイト)
だから、土地持ちの方は賃貸住宅をじゃんじゃん建てても大丈夫ですよ、ということなのだろうが、実はこの見込みはかなりビミョーだ。確かに、国勢調査によると、15年の「一人住まい世帯」は1841万8000世帯で、10年前から396万世帯も増えている。
が、その内訳を見ると、男性は60〜80歳以上、女性の場合は80歳以上というシニア世代が牽引していることが分かる。このあたりの方たちは、パートナーに先立たれたり、子どもが成人して「一人住まい世帯」になった方も多く、持ち家比率も高い。若いときからずっとシングルライフを送っていた方もいるが、経済面や健康面の理由から長く住んでいる公営住宅などに住み続けるケースも多い。つまり、シニアのおひとりさまが増えることと、賃貸住宅の入居需要はイコールではないのだ。
しかも、賃貸住宅のコアターゲット層に目を移すと、さらに雲行きが怪しくなる。
女性の20歳未満〜30代の「一人住まい世帯」をみると、05年が227万5000世帯だったものが、15年には229万5000世帯と微妙に増えているものの、男性は05年には386万9000世帯と全体の50.5%を占めていたもが、10年経過した15年には、350万6000世帯(全体の39%)とガツンと減少しているのだ。
この前兆は既にあらわれてきている。トヨタ自動車などが出資している不動産評価・情報提供会社「TAS-MAP」によると、15年後半以降に埼玉、神奈川、千葉で空室率が急上昇しているのだ。東京都心部はまだそれほどでもない、というが首都エリアで賃貸需要に陰りが見えてきたことの意味することは大きい。
●有名タレントを多数起用
先ほども紹介したように、大東建託はマーケットが拡大していくという大前提のもとで成長戦略を描いているが、もしその大前提が間違っていたら悲劇以外の何物でもない。無謀な作戦が立案されれば、そのしわ寄せはすべて現場にもたらされる。つまり、最前線で戦う者たちがどんなに命を投げ出しても勝つことができない「消耗戦」に突入するのだ。
18年3月期の決算資料をみると、大東建託の「強み」の根源である営業担当者の数は17年12月末現在で3273人。これは2年前の3350人から77人減少しており、1人当たりの受注高も1636万円から1520万円と下がってきている。このような現場の疲弊ぶりは、大前提を見誤った成長戦略の「きしみ」である可能性はないか。
さらに、大東建託が消耗戦に突入しているのではないかと個人的に思う理由がもうひとつある。
それは「CM」だ。
実は大東建託は、有名タレントを多数起用するという広告戦略をとっている。
「いい部屋ネットで探そう」のCMには、タレントの桜井日奈子さんとハリセンボンが起用されている。また、16年から始まった「DKセレクト」では人気俳優の玉木宏さんと木村文乃さんが出演しており、最近始まった「妹は魔法使い」というシリーズでは、数々のヒット作を生み出した行定勲監督が起用された。
また、「生きることは、託すこと。」という企業CMでは、俳優の大杉漣さん、柄本佑さん、上白石萌音さんなどが土地活用に悩む家族として登場。さらに、昨年秋から始まった賃貸住宅オーナーへ向けた「賃貸経営受託システム」のCMには、「ミキプルーン」や「DCカード」などの長寿CMで信頼感たっぷりの、中井貴一さんが大東建託のオーナーらから話を聞くというスタイルとなっている。
他企業ならピンCMとなってもおかしくない有名人を9人も起用しているのだから、その出演費だけでも相当な金額になる。事実、18年3月期第三四半期の業績をみると、販売費及び一般管理費が前年同期比よりも50億円もあがっている。これは「広告宣伝費の増加や新システム開発費等」によるものだという。
もちろん、「飛び込み営業」が成長エンジンである大東建託にとって有名人起用CMは必要不可欠といえる。テレビによる知名度アップは、コネも面識もない土地所有者に突撃営業を行う営業マンたちの「援護射撃」になるからだ。
●「無理」のしわ寄せがどこかに
だが、それにしても「CM」につぎ込むカネの大きさが気にかかる。大東建託は『週刊全国賃貸住宅新聞』が毎年発表している賃貸仲介件数ランキングで8年連続1位に輝いているのだが、2位のミニミニのCMは「ミニミニマン」というオリジナルキャラがメイン。3位の東建コーポレーションは企業CMが中村雅俊さん、賃貸部門は桐谷美玲さんとなっていて、4位のハウスメイトは指原莉乃さんだけだ。
他社と比べるとあまりにもバブリーすぎないか。意地の悪い見方をすれば、営業力の低下を広告力でどうにかカバーしているように感じてしまう。
その象徴が「いい部屋ネット」と「DKセレクト」という賃貸住宅の利用者へ向けたCMだ。イメージキャラである桜井日奈子さん、玉木宏さん、木村文乃さんという面々を見ても分かるように、これは10代後半〜30代の方たちへ向けてつくられているのだが、ここは先ほど申し上げたように、賃貸住宅マーケットのなかで最も伸びていない世代でもある。
大量の広告を投入することで、「弱さ」から人々の目を遠ざける。
これも実は消耗戦に陥った組織の大きな特徴のひとつである。旧日本軍は戦局が厳しくなればなるほど、大本営発表で過大に勝利をふれまわり、マス広告で「勝てる戦だぞ」と国民を盛り上げた。
かつてピーター・ドラッカーは、「マーケティング」が真に成功した企業は、営業や宣伝がなくても、モノやサービスが勝手に売れていくと述べた。つまり、裏を返せば、ゴリゴリの営業や大量の広告でモノを売っている企業は、マーケティングに失敗しているということだ。
成長の源泉である「飛び込み営業」に陰りがみえてきた企業が、大量のテレビCMを流す。ドラッカー理論では残念な結果に陥るはずだが、現実には過去最高の売上高と各段階利益を更新している。ということは、どこかで誰かがすまさじい「無理」を強いられているということだ。
●「無理」を誤魔化すために
昨年から続く社員の内部告発や訴訟、さらに今回報道された新入社員の自殺は、この「無理」がいよいよ覆い隠せなくなってきたということではないのか。
マーケティングを誤り、勝ち目のない戦争に突入して疲弊した旧日本軍は、その「無理」を誤魔化すために、自国の若い命を費やした。学徒出陣であり、神風特攻だ。
大東建託の営業マンは特に戦略もなくローラー作戦で「ひたすら飛び込む」というスタイルを強いられるがゆえ、その不毛さから心が徐々にむしばまれているのではないか。その詳細を報じた『週刊ダイヤモンド』に登場した現役社員も、クルマを運転しながら「辛いなあ。死んだ方がマシかな」と思うなど悲痛な胸の内を明かしている。
勝ち目のない戦いのなかで、神風特攻を強いられる方たちの労働環境が改善されることを、心から祈りたい。(窪田順生)