“奇跡の冷凍うどん”が中身を変えずに売上100倍にできた理由

新たなタイプの『袋麺』がヒットしている。冷凍麺の老舗・キンレイの冷凍うどん、ラーメンだ。鍋で加熱すればすぐ食べられ、具入り、ストレートスー プだから味もいい。だがこの商品、発売後は鳴かず飛ばず、社内で「こんなものやめちまえ」とさえ言われる商品だった。この時、営業やマーケティングの担当 者がとった「最後の一手」とは――。

マーケティングは完璧!なのに販売は「惨敗」

アルミ製の鍋型容器に入った冷凍麺は、もう40年以上売れ続けているベストセラー商品だ。販売元は「キンレイ」。実はコンビニのプライベートブランド商品も、製造元は同社。この分野ではオンリーワンの存在なのだ。同社でマーケティングを担当する福田暢雄氏が話す。

「ア ルミ容器入りの冷凍麺には、数多くのメリットがあります。まず、スープにこだわれます。スープを濃縮する場合、熱を加えるため香りが飛んでしまうのです。 しかし冷凍麺は工場内でつくったスープをそのまま冷凍し、店頭に届けるため、味が落ちないのです。また、急速冷凍技術を磨き続けてきたため、麺もゆでたて をギュッと凍らせており、食感がいい」

流通時も保管時もずっと低温を保つ必要があるためコストはかかるが、ユーザーが享受するメリットも大きい。これにより、キンレイはストレートスープの冷凍うどん等を年間約2000万食も出荷する企業に成長した。

キンレイが期待の新商品を発表したのは2005年のことだった。きっかけは、お客から寄せられる声だった。

「お客様から『アルミ製の容器に入っていなくてもいい』といった声をいただく機会が増えたのです。そこで、アルミ容器の中身――うどんとスープと具だけを袋に入れ、『料亭の匠』という名で販売しました」(福田氏)

マーケティングは完璧だった。アルミの使い捨て容器にはどうしても「エコでない」イメージがあったが、これをなくせたのは大きい。また、共働きの夫婦が増 え、凝った食事をつくる時間がない家族が増えていた。ただし主婦の多くは「買ってきたお総菜をそのまま並べるのは、家族に申し訳ない」という思いを抱えて いるものだ。

「その点、袋に入っていれば野菜を入れるなどアレンジもしやすい。価格は、具材たっぷりで500円でした。商品をリリースした時、社内には『この自信作が売れないはずがない!』という雰囲気があったと思います」(福田氏)

ところが、蓋を開けてみれば商品は惨敗を喫した。なんと、年間1万食程度しか流通しなかったのだ。

「こんな売れないものをつくっても仕方ない」販売終了を回避できた理由とは?

売れない理由は、単純に認知度が低かったからだ。「アルミ製の容器に入った冷凍うどん」はすでにカテゴリーを形成していたが、具入りの冷凍袋麺は、新商品だけに馴染みがなく、ユーザーの選択肢にあがることがなかった。

また、戦略もちぐはぐだった。キンレイの営業は、スーパーのバイヤーから「なまじ味に自信があるから高級イメージで売ったのだろうが、高級品を求めて冷凍食品のコーナーに来る人はいない」と助言された。味で売るなら、百貨店などで販売すべきだったのだ。

発売から3年も経つと、ついに終売が検討され始めた。社内で「こんな売れないものを作っても仕方ないじゃないか」と否定的な意見が大勢を占めたのだ。

しかし彼らは、もう一度だけ商品を変え、再チャレンジする道を選んだ。08年、有名店に監修してもらった『ラーメン横綱』を200円台で発売、あえて安価 な商品としたため年間販売数約10万食と、そこそこの結果が出た。これをきっかけに、同社はうどんにもテコ入れを行った。

まず、具を見直して価格を300円台に下げた。同時に、簡便なイメージを打ち出すべく名前を『おうちで簡単!鍋焼うどん』として再度販売したのだ。こちらも年間販売数が約10万食に近づき、なんとか販売は続けられる程度の売上が確保できた。

商品が売れなかった場合、こうした価格改訂や商品名変更は、多くの企業がトライしてみる戦略だろう。キンレイもここで当面の危機は回避できた。しかし、話はここで終わらない。キンレイはこれ以降、商品の内容がそのままなのに、一気に売上を伸ばすことに成功していくのだ。

きっかけはオリックスがキンレイに資本参加し、経営に加わったことだった。新たな経営陣は、企業価値を高めるため同社のブランディングに手をつけた。

有名企業には、必ず何らかのイメージがある。たとえばソフトバンクなら「次々新しいものを取り入れる挑戦的な企業」というイメージがあるだろう。これは、 巧みなブランディングの結果。たとえば同社は、流行のアイドルや役者が現れると即座に犬のCMの脇役として起用する。常に「最先端を行っていますよ」とい うイメージを訴求しているのだ。

では、キンレイは?

「社のイメージがなかったのです。アルミの容器入りの冷凍うどんも、袋 入りの冷凍麺も、よく見れば『キンレイ』と書いてありますが、ユーザーは『キンレイ』がどんな企業か知りませんでした。アルミの容器に入ったうどんを食べ たことがある人は多かったはずです。味に関しても信頼性は高かったでしょう。しかし、既存のユーザーが袋入りの冷凍麺を見た時、これが馴染みのある商品だ とは、わからなかったのです」(福田氏)

オリックスの資本参加後、ブランディングやマーケティングを得意領域とする会社と協同して自社内 を徹底的に取材。コーポレートアイデンティティに「冷凍鍋焼きうどんの会社」を選択した。そして、袋入りの冷凍うどんにも、ラーメンにも、「なべやき屋キ ンレイ」のロゴを入れた。すると、商品に着目していなかったユーザーが、袋入り冷凍麺の市場にも入ってくるようになり、売上が伸び始めたのだ。

その後、キンレイの企業価値が上がって、同社は月桂冠のグループ会社となり、新たな経営陣が着任した。そして、彼らの元で「最後の一押し」が行われた。

小売店バイヤーも膝を打った!売上を100倍にした紹介キーワード

仮に、ビールがあったとしよう。一方は『いつものビール』。もう一方は『一度も飲んだことがないビール』。後者は消費者が小売店を訪ねても、そもそも見も しない。だが、缶にデカデカと『泡が立たない』と書いてあったら?消費者は『?』と思って、手にとってくれるかもしれない。そして、泡が立たないメリット と、なぜ泡が立たないビールが必要なのか、説明を読んでくれるかもしれない。

キンレイが実施したのは、そんな戦略だった。彼らは袋入り冷凍麺に、大きく『水がいらない』と書き、これが爆発的ヒットの最後の一押しとなったのだ。

きっかけは、ブランディングの延長線上にあった。「当社は、冷凍麺のメリットをいろいろ書きたいのです。ストレートスープであること、スープと麺を別々で 凍らせ、スープの上に麺を置いているから、ゆでたての食感が楽しめること。原材料も具も厳選していること…」(福田氏)

でも、お客はそれらの説明をすべて熟読してくれるほど親切ではない。

「そ こで、何かをアピールするなら、まず、興味を持ってもらわなければいけない、と考えたのです。当社はお客様に技術力の高さやおいしさを訴求すれば売れる、 と考えていました。しかし、商品や企業がお客様の目からどう見えるか、まだまだ考える余地があったのです」(福田氏)

具体的なきっかけは、同社の営業が「もっと目立たせよう」と主張したことだった。では、何を主張するのか。「おうちで簡単!」ではカップ麺でも乾燥麺と同じ。さりとて、具材がたっぷり入った高級感は、冷凍食品売り場では求められていなかった。

そんな議論の中で『お水がいらない』というワードが生まれた。

「そもそも『鍋があるなら、たいてい水もあるはず』という議論もありました。しかし『これは気になる』という意見が大勢を占めたのです。また『お水がいらない』であれば、スープがストレートであることも伝えられるかもしれません」(福田氏)

会社全体が「この方向だ」と確信を持ったのは、販売後、小売店から反応があった時だった。スーパーのバイヤーが「売り場でお客さんから『お水がいらないってどういうこと?』と質問されることが多い」と言われたのだ。

次第に売上は伸びていった。ユーザーは商品に興味を持って、初めて同社の難解なメッセージを理解したのだ。この商品が『アルミ容器入りの冷凍麺をアルミ容器からとりだしたもの』で『エコだし、自宅で具をアレンジ可能』である――と。

「結 果、すごいことが起きました。販売量がぐんぐんと伸びて行き、現在は年間100万食を優に超えました。製法はまったく変えず、売上が100倍にまで伸びた のです。その後、小売店の方からたびたび『お水がいらないシリーズは新商品出さないの?』などとお問い合わせをいただきます。商品名より『お水がいらな い』のほうが、インパクトがあるんでしょうか(笑)」(福田氏)

いま、コンビニやスーパーでは、商品が登場し、消えていくサイクルが非常 に早い。同時にネットによって情報過多の時代となっている。だからこそ、説明は「わかりやすく」「単純に」「興味を持ってもらえる内容を」――。今後はキ ンレイのように、コミュニケーションで一皮むけた企業が業績を伸ばしていく時代なのかもしれない。

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