東北電力の女川原子力発電所2号機が29日、再稼働する。東日本大震災で被災し13年超止まっていた同原発では、約4割の運転員が原発を動かした経験がない。経済界からは原発活用を求める声が上がるが、長期停止の影響は大きく、人材や供給網(サプライチェーン)の劣化といった問題が立ちはだかる。
女川原発2号機では29日に核分裂を抑える制御棒を引き抜き、原子炉を起動する予定だ。11月上旬に発電再開、12月ごろに営業運転を始める見通し。東日本に立地する原発の震災後初の再稼働で、夏や冬に電力需給が逼迫しやすい東日本での安定供給につながる期待もある。
人工知能(AI)の普及に伴う電力需要の増加を背景に、原発を活用する兆しが世界各地で現れているが、一様に人手不足に悩んでいる。フランスや英国などでは、建設中や計画中の原発を建設するための作業員やエンジニアなどの確保に苦労する。
関連記事:世界で進む原発復権、気候変動対策かAI時代の電源か-QuickTake
原発事故の影響で新増設の計画が長期間停滞している日本でも建設経験のある人材の高齢化が進んでおり、今後同様の問題が生じる恐れがある。運転や保守作業の経験を持つ作業員も減少しており、再稼働が遅れている東京電力ホールディングスの柏崎刈羽原発でも、女川原発と同じく運転員の経験不足に直面している。
東芝で原子力の安全性などを研究していた東京科学大学の奈良林直特任教授は、原発の運転員はシミュレーターを使った訓練を受けていると説明する。ただ運転中にはさまざまなトラブルが発生するため、稼働原発での経験や知識を持った従業員の減少は「ゆゆしき問題だ」と強調する。
3分の1に
将来を担う人材のプールも縮小している。原子力関連学科への入学者は1993年のピーク時に比べ、3分の1未満に減った。少子高齢化でさまざまな業界で人手が不足しており、有望な人材の確保は容易ではない。原発のある茨城県東海村周辺の原子力関連企業などが設立した原子力人材育成・確保協議会の海野正巳事務局長は、他社と「人材の取り合いになっている」ことなどから人員確保は非常に厳しいと明かす。
東北電もブルームバーグの質問に対する書面回答で「原子力産業は高度な専門知識と技術が求められる」として若手の技術者や科学者の育成や確保が重要だと説明。ただ、「人口減少に伴い、優秀な人材の確保が難しくなっている」とする。必要な人材確保のため、会社説明会やインターンシップの拡充や職場見学の実施など学生への積極的なアプローチを続けているという。
原子力規制委員会の山中伸介委員長は23日の記者会見で、長期停止による女川原発の設備が経年劣化している懸念については、しっかりと検査をしているため「特段大きな心配をしていない。むしろ運転員の育成だとか、そういったソフト面での対応というのが重要になってくる」との考えを示した。
福島第一原発と同じBWRの再稼働は初
国内にある33基の原発のうち、これまで再稼働した12基は全てPWR
東電の福島第一原発と同じ「沸騰水型原子炉(BWR)」である女川原発2号機の再稼働は電力業界にとって大きな節目だ。福島第一原発事故発生後に、再稼働した12基は全て「加圧水型原子炉(PWR)」で、BWRの多くが再稼働のめどさえ立っていない。
東京科学大の奈良林氏は、女川の再稼働により今後はBWRを持つ他の電力会社は従業員を同原発に出向させることで自社の原発が再稼働する際にはその経験を生かすことができるとし、「まず一基動くのは非常に大事」と話す。
武藤容治経済産業相は、29日の会見で「東日本の原子力発電所の再稼働は極めて重要である」とした上で、女川原発2号機の起動は、東日本の原発、 国内のBWRとしても震災後初めての起動であり、「大きな節目になる」とコメントした。
供給網への影響も見逃せない。日本原子力産業協会の増井秀企理事長は、PWRとBWRとは炉型の違いから異なるサプライヤーが部材を供給する場合もあり、女川再稼働は「サプライチェーンの強化からも好ましいニュース」と話す。
国内企業では三菱重工業がPWR、日立製作所と米ゼネラル・エレクトリックの合弁会社の日立GEニュークリア・エナジーと、東芝傘下の東芝エネルギーシステムズがBWRを開発する。3社を頂点に約400社が供給網に連なるが、先の需要が見通せない中で川崎重工業などの大手企業を含め12-20年の間に20社が原子力事業から撤退した。
変化の兆し
岸田文雄前政権は、原発の新規建設や再稼働推進を盛り込んだ「GX(グリーントランスフォーメーション)実現に向けた基本方針」を22年に策定した。政府の姿勢の変化などをきっかけに、各社が苦戦してきた人材集めに変化の兆しもみえてきた。
東芝エネルギーシステムズで原子力技師長を務める薄井秀和氏は、昨年頃から「割と興味を持って話を聞きに来てくれる方がだんだん増えてきている」と話す。同社によると、今後の事業拡大をにらみ今年の採用枠は2年前に比べ3-4倍に増やす予定だ。
学生からは原子力の将来について期待と不安の声が上がる。東京都市大学で原子力安全工学科を専攻する鈴木雅人さん(21)は、同級生には「原子力に対して前向きで、将来性のあるものと思っている人が多い」と話す。その一方で、岸田氏に代わって首相になった石破茂氏がかつて「原発ゼロ」を掲げていたことから、「そこが不安だという人は周りにちらほらいる」とも述べた。
鈴木さんは、再稼働が進んだPWRがある西日本は「目に見えて電気代が安い。BWRもせっかくいっぱいあるのに使わないともったいない」といい、将来はメーカーで働き、原発のエンジニアになることも視野に入れているという。