何十年もの間、母親たちの間で語り継がれてきた「3歳児神話」。子どもは3歳までの間に、母親のもとで育てられないと、成長に悪影響が及ぼされるという考え方です。
平成10年版「厚生労働白書」では、3歳児神話には「合理的根拠がない」とされ、平成16年発表の厚生労働省研究班による5年間の追跡調査結果では、一定の基準を満たした保育園での生活時間の長さと子どものコミュニケーションや運動能力には、ほぼ因果関係がないことが公表されています。
こうした報告などを機に、今では3歳児神話は「根拠のない言い伝え」ということになっていますが、とはいえ、人間の心の成長にとって「3歳頃まで」の期間がとても大切であることは、確かなことです。
■3歳頃までの成長期間はなぜ大切か?
赤ちゃんの頃には、養育者からのマザーリング(お母さんのような愛情とスキンシップで接すること)を受けることで、育ててくれる人への信頼を感じ、自分自身や自分が生きる世界も信頼できるものだという「基本的信頼感」を獲得します。
さらに1~2歳頃になった子どもたちは、興味をひかれたものを見よう、触れようと外の世界に歩きだしていきますが、同時にそれまで密着していた養育者から離れていく「分離不安」を強く感じるようになります。そんなとき、養育者からいつでも温かく見守られ、不安な気持ちを「大丈夫」にかえてもらうことができれば、分離不安を乗り越え、集団生活の中に溶け込んでいくことができるのです。
■3歳頃までの育児を誤ると……?
この3歳頃までの欲求や不安に対して、養育者からの十分な対応がなされずにいると、どうなるでしょう?
赤ちゃんは、自分が送ったサイン(泣く、ぐずる、笑うなど)に対して応えてもらえないと、他者や自分を取り巻く世界への不信感を持ち、自分自身のことも、信じることができなくなってしまいます。この不信感は、その後の人生における対人関係や社会生活にも、色濃く影響していきます。
また、1~2歳の頃に養育者との分離不安が残ると、その不安感をその後の人生で信頼を寄せた人(友だち、教師、恋人、上司など)との関係で表出していきます。一定の関係に必要以上に密着したがり、「私だけを見てほしい」「離れないでいてほしい」と束縛したくなります。少しでも心の距離を感じると、たまらなく不安で孤独に感じてしまいます。この対人関係における極端な不安感を、「見捨てられ不安」と言います。
■「お母さん的なかかわり」で子どもは健全に育つ
子育てにおいて、「3歳児神話」で言われるような「母親自身による常時の育児」が絶対に必要という訳ではありません。しかし、3歳頃までの子の心の発達には、子どもをいつくしみ、安全基地となるような「お母さん的なかかわり」は、欠かせないものなのです。
たとえ専業主婦でも、育児ストレスでいつもイライラしていたり、家事や下の子の世話で忙しく、かまってあげられなかったりすると、やはり子どもの心には不信感や不安、寂しさが残ってしまいます。
ワーキングマザーの場合はどうでしょう? 保育園などを利用していれば、保育士が母親に代わってお母さん的なかかわりをしてくれます。とはいえ、子どもが成長するベースは何と言っても家庭です。
家庭でやすらぎや安心を得られない、お母さん的なかかわりを得られない、ベビーシッターなど養育者が目まぐるしく変わる、といった環境で過ごすと、そこで育った人の心には、やはり不信感や不安、寂しさが残ってしまいます。
■家庭では安らぎと笑顔に満ちた時間を
冒頭で紹介した平成16年発表の厚生労働省研究班による5年間の追跡調査結果では、家庭にいて「家族で食事をする機会」がめったに得られない子どもは、対人技術や理解度の面で大幅な発達の遅れが目立つという結果が出ています。
つまり、たとえ短時間であっても、自宅ではたっぷり家庭的な雰囲気を味わい、家族との団らんの時間を楽しむことが、子どもの心の成長には必要なのです。
ワーキングマザーには、子どもと過ごせる時間が圧倒的に少ないものです。だからこそ、その限られた時間にたっぷり子どもと触れ合い、母子ともに安らぎと笑顔に満ちた時間を過ごすことが大切です。
逆に専業主婦は、子どもと過ごす時間が長すぎて、子育てがストレスになってしまうものです。だからこそ、ときにはリフレッシュをしたり、サポートの手を借りるなどして、子どもへの愛おしさを醸し出すゆとりを持つことが必要になるのだと思います。