学生追いつめる「ブラックバイト」過酷実態 それでも辞められぬ“3つの理由”

シフトにはない突然の勤務命令、長時間労働でも支払われない残業代-。学生アルバイトで近年、こんな被害が相次いでいる。大学ではゼミが成り立たず、試験 に出席できないなどの実害も出ているが「簡単には辞められない」のが特徴だという。これらを総称して生まれた言葉が「ブラックバイト」。背景には非正規雇 用が常態化したことなどがあるが、専門家は「『学べぬ学生』が大量に世に出れば、日本経済の崩壊にもつながりかねない」と懸念する。

■シフト外なのに「塾長」から電話が…

東京都内に住む大学2年の女子学生(21)は昨秋から、個別指導塾で講師のアルバイトを始めた。求人では90分1授業で給与が1600円~2300円。割の良さで決めたはずだった。

だが、働き始めると、実態は大きく違った。授業の1時間前からテキストの作成、授業後は生徒個人の「報告書」の作成が必要で、2時間はかかる。生徒への 年賀状や教室の掃除も担当させられ、残業代は一切出ない。時給を計算すると、東京都の最低賃金(888円)を下回った。平均3~4人の生徒を教えるはず が、「人手不足」を理由にアルバイト講師6人で50人以上の生徒を教える日もあり、帰宅が深夜になることも多くなった。

最近では、教室で唯一の社員である「塾長」から、携帯に電話がかかってくるようになった。「悪いけど明日、入って」。シフト外で契約とは異なる教室で教 えるよう、突然、指示が来るのだという。「講師をギリギリで回しているのを知っているので、断りにくい」と、女子学生は大学の授業がある時間でもアルバイ トを優先するようになった。現在のシフトは週2日だが、これから増やされる不安もある。

塾長の指示で苦手な英語も教えている。だが、教え方や答えが分からずに、生徒にばれぬようインターネットで調べたことも。アルバイトを辞めたいと思う が、塾長から「難しい問題を教えるだけでなく、モチベーションを上げさせるのも仕事だろう。今の中学2年生が卒業するまでは続けてほしい」と言われ、切り 出せないでいる。

1~2月は受験を控える生徒にとって重要な時期だが、ちょうど大学のテスト期間と重なり、「勉強時間が足りないし、必修の単位も落としそう。どうしたらいいんでしょうか…」(女子学生)。

学生アルバイトを含めた労働問題に取り組むNPO法人「POSSE」によると、塾講師のアルバイトをめぐる相談は増加しており「辞める場合は代わりの別の人間を連れてこい」と言われたケースや、「損害賠償請求訴訟を起こす」と脅されたケースも確認されている。

■バイトの弊害でゼミ合宿ができず

中京大学国際教養学部の大内裕和教授(47)=教育学=が、学生アルバイトに“異変”を感じるようになったのは、7年ほど前からだ。ゼミ合宿の日程を決 める際、1人の学生が「バイトは3カ月先までシフトが決まっているので先に延ばしてほしい」と言えば、別の学生は「1週間前に言い渡されるので、それまで 予定が分からない」と主張。日程調整できず合宿が取りやめになったのだ。

「バイトがあるので試験日程を変えてもらえないか」と言い出す学生もおり、実際に試験を休んで単位を落としたり、留年したりする学生も出始めた。

大内教授が詳しく話を聞くと「バイト先で不可抗力で壊れたものを弁償させられた」「ノルマを課せられ、達成できないと給料から天引きされた」「12時間 連続で働かされた」といった過酷な実態が次々明らかになった。「一見、学生が不真面目なように思えるが、本当に真面目な学生が『勉強したいのに休めない』 と切実に訴えてくる。一昔前のバイトは気楽だったが、明らかに違うものになっていた」(大内教授)。

大内教授がそんなアルバイトの総称として命名した言葉が「ブラック企業」になぞらえた「ブラックバイト」だ。「学生であることを尊重しないアルバイト。 低賃金であるにも関わらず、正規雇用者並みの義務やノルマを課されたり、学生生活に支障をきたすほどの重労働を強いられる」と定義している。

大内教授らが昨年行った調査では、アルバイト経験のある大学生2524人のうち、67%が「不当な扱いを経験した」と回答。「希望していないシフトに入 れられた」(21%)▽「労働条件を書面で渡されなかった」(19%)▽「実際の労働条件が募集の際と違った」(18%)-などが上位を占めた。一方で、 そのバイトを辞めたと回答したのは20%にとどまり、「何もしなかった」が半数に上った。

■辞められない3つの理由は

なぜ辞められないのか。大内教授によると、大きく3つの要因があるという。

1つ目は親の経済的事情の変化だ。「親の所得が減ったことで一人暮らしの子供への仕送り額が下がり、その分をバイトで賄っている。多くの学生がバイトをやらないと生活が成り立たない」(大内教授)。

続く理由がフリーターとの過度な競争だ。ある理系の学生が大内教授のもとへ「バイトの面接に50社落ちた」と相談に来た。「大学で実験がある日は行けな いと言うと『使い勝手が悪い』と働かせてくれない」のだという。勤務時間で融通が利くフリーターの増加で、辞めたくても次のアルバイトが見つからず、居続 けざるをえない。

さらに、高い習熟度を必要とするアルバイトが増え「新しい仕事を最初から覚えるのは難しい」と、学生が「転職」に二の足を踏む傾向にあるという。

対策として、大内教授らは「ブラックバイト」への対処法をまとめた冊子を作成した(「ブラック企業対策プロジェクト」のホームページからダウンロード可 能)。学生側の対応を初級編~上級編に分けて、Q&A方式で説明している。「残業代が払われない」「休憩時間がない」など違法性のある労働を学生に気づか せる点に主眼を置いた。

ブラックバイトの被害者は、学生だけではない。学生バイトに正規雇用者並みの労働をさせることで、正規雇用者数が減り、処遇も低下するというデメリットもあるという。こうした点も踏まえ、大内教授はこう危惧する。

「『安くて使い勝手がいい』学生が、日本経済に組み込まれている。職業現場に出てから企業が本当に鍛えようと思っても、学業の土台がなければ国際競争に 勝てない場面も出てくるだろう。このままではブラックバイトが元凶となり、日本経済がいずれは崩壊する可能性すらあるのではないか」

大内教授は大学や行政にブラックバイトに関する相談窓口を設けることや、企業側に学業との両立が可能になるよう配慮を求めるなど、問題提起を続けていくつもりだという。

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