定年後に「自宅を売った」人たち…そのヤバすぎる末路 「不安」が人生を支配する

定年後は持ち家を売って、新しい生活を始める。そんな決断をする人が増えている。しかし新たな住まいで、10年、20年後も幸せな暮らしを送れるだろうか。そこには落とし穴がある。

目減りする老後資金

〈快適な老後のために住み替えを〉

65歳以上の人口が3500万人を超え、「超高齢社会」に突入したこの国では、近年、やたらと「定年後の住み替え」を勧める広告が目立つようになった。

たしかに、子供がいるときは賑やかで手狭だった自宅も、子供が独立して夫婦だけの生活になると、その広さを持て余すようになる。いま住んでいる場所は駅や病院からも遠い。階段や段差のある玄関は、歳を重ねていくと不便を感じるだろう。

「年金以外に2000万円必要といわれる時代、老後資金も心もとない。自宅を売って老後の生活資金に充てながら、妻と二人で利便性が高い小さなマンションに住もう」

そう考える人は少なくないはずだ。しかし、その安易な決断が、あなたの晩年を大きく狂わせてしまうかもしれない。

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持ち家が4000万円や5000万円で売れた場合、「年金以外の2000万円」が手に入り、老後の安心感は増すだろう。しかし、新しい住居に移り住む場合、その大半を「購入費」あるいは「家賃」に充てなければならない。

近年人気の高齢者専用マンションの場合、家賃相場は20万円前後。中古物件を購入するにも1000万円単位の資金は必要だし、月々の管理費や修繕積立金でおカネが飛んでいく。

「家の売却価格はいくらぐらいになりそうか、その後何年生きるか、月々の家賃やローンはいくらかかるか、介護費がそこに上乗せされてもなんとかやりくりできるか……そうした点を隅々まで考えてから自宅を売却しなければ、一時的な手元資金は増えても、老後の資金がどんどん目減りし、不安を抱えながら生活していくことになります」(ファイナンシャルプランナーの太田差惠子氏)

「小さなマンションへ」は大間違い

経済的な問題だけではない。まったく新しい環境に移り住むことで、つらい晩年を迎える恐れがある。

「利便性がよいからという理由で、持ち家を売却してマンションに住むのは、あまりお勧めはできません」

こう話すのは不動産コンサルタントさくら事務所の長嶋修氏だ。

「定年後の住み替えの場合、都心のマンションやちゃんとした事業者が運営する高齢者専用マンションに住むならいいですが、資金の余裕がなく、郊外のマンションを買うのは危険。郊外のマンションには修繕費を十分に積み立てていないところも多い。

これからの時代、建物の修繕が行き届かず廃墟のようになる物件が増えていきます。
若い人なら別のマンションに移り住むこともできますが、高齢になるとよい物件があっても体力やコストの問題から、簡単には引っ越せなくなる。

そうなると、朽ちたマンションに住み続けることになります。外観が傷み、櫛の歯が欠けたように空き部屋があるマンションが増えると、必然的に周囲の治安も悪化していきます」

そのような環境では、明るい老後の生活はままならないだろう、と長嶋氏は言う。

「住居費ゼロ」のありがたみ

もうひとつ懸念すべきが「孤独死」のリスクだ。現在、孤独死する人の数は年間3万人にも達している。行政書士で孤独死防止の活動を行う武井敦司氏によると、地域とのつながりが希薄化することが孤独死の大きな原因のひとつだという。

「自宅を手放し、小さなマンションやアパートに引っ越すことは、経済面ではプラスになることもある。しかし、引っ越した先の地域コミュニティが衰退していたり、住民同士の連携がうまく機能しておらず、孤立してしまうリスクもあるのです。

夫婦が元気なうちはいいですが、どちらかに先立たれた場合、地域との関係が希薄であれば、そのまま引きこもり状態となることも少なくない。最悪の場合、誰にも知られないまま亡くなってしまうこともあるのです」

移り住んだ地で、一から新たな近所づきあいを始めることは案外難しい。孤独死について調査している淑徳大学の結城康博教授が説明する。

「年を取ってから新しい環境に適応するのは、想像以上に大変です。高齢になってから見知らぬ土地に引っ越した結果、人間関係になじめないことはよくあるのです。次第に近所付き合いを諦めて、家にこもりがちになってしまう人も珍しくない。

そうして行動範囲が狭まると、出歩く機会が少なくなってしまい、体が少しずつ弱っていきます。体力が低下することで外に出歩く意欲が失われ、さらに健康状態が悪化する悪循環に陥ってしまいます」

結城氏が続ける。

「隣近所の住人と顔見知りで、近くの喫茶店や蕎麦屋に行けば誰かしら知り合いがいるという環境だと、積極的に外に出る理由があるので、健康も保たれ、孤独死も起こりにくい。長年その地に住んでいることで得られる『見えない財産』を軽んじてはいけません」

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経済的な理由から自宅を売却して小さなマンションに移り住んだ結果、悲惨な最期を迎えてしまう――当人たちが望んだ最期でないことは、言うまでもない。

総務省の「家計調査年報」によると、世帯主が60歳以上の1ヵ月の支出のうち、住居費は2万円以下となっている。言うまでもなく持ち家で、すでにローンを払い終えているからこの額で収まっているのだ。

「年金以外に老後2000万円が必要」という話も、持ち家であることを前提に計算されている。月々の家賃やローンの支払いがある場合は、さらに多くの資金が老後は必要になる、ということだ。

広くなってしまった自宅に住み続けることによる寂しさや不便もあるだろう。しかし、小さなマンションへの住み替えを考えている人は、月々の住居費がかからないことのありがたみや、近所付き合いという「見えない財産」が老後の人生ではどれだけの価値を持つかについて、いま一度、考えてみたほうがいい。

田舎に憧れて引っ越した人の「悲しいその後」

会社員人生を終え、残りの時間は静かな場所で暮らしたい。そんな憧れを抱いて、都会からちょっと田舎に引っ越そうと夢見る人は多い。だが、現実は甘くない。

都内の銀行に勤めていた島本正さん(66歳・仮名)は定年後に夫婦で山梨県に移住をした。

「甲府市の郊外で駅から車で約10分の木造中古住宅を買いました。期待通り自然は豊かで不便もしていませんが……実は東京に戻りたいと思っています。近所との人間関係がわずらわしいのです」

声を潜めてこう語る島本さんは、地方移住について取材を受けることすら、近隣の人には知られたくないのだという。

「近所の人に会うたび、子どもの仕事や親の体調など、プライベートについてあれこれ聞かれるのです。『昨日は洗濯ものを干していなかったね』と声をかけられることもありました。朝から晩まで生活を監視されているようで息苦しい」

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都会に引き返す人が続出

島本さんをさらに苦しめたのは、月に一度の町内会の定例会だ。

「定例会と言っても『若者がますます減った』と嘆いては酒を飲み、昔の自慢話を聞かされるだけ。66歳の私は『若手』扱いされ、片づけまでやらされます。本当は嫌ですが、引っ越し当初、知り合いが一人もいないなかで世話してくれた人の縁もあるので、会に出ない訳にもいきません」

これは、山奥の閉鎖的な集落の話ではない。コンビニやショッピングセンターもある「ちょっと田舎」で起きたことだ。

しかも、こういう場所ほど、現役時代は都心に暮らし、会社でもそれなりの地位についていた「小金持ち」が多い。本当の田舎ならかつての役職など意味を持たないが、ここでは昔の肩書もまだ意味を持ってしまう。そうしたわずらわしさが、都会より濃密な人間関係のなかで繰り返される。

東北から沖縄まで地方移住歴が20年以上あり、日々、地方移住者の相談に答える清泉亮氏が語る。

「60歳を超えて田舎に移住した人は、10年以内に都会に引き返すことが多いです。現役時代の引っ越しであれば馴染めた場所でも、年を取って新しいコミュニティに入るのは難しいからです」

地域によっては消防団に強制加入させられることもある。参加を拒めば、「消防団活動費」1万円を徴収されるなど、理不尽な「ローカルルール」もある。うけいれたくない人も多いだろうが、完全に無視を決め込めば、それはそれで角が立つ。

意外と生活費は下がらない

老後資金に不安を感じ、ちょっと田舎なら生活費を下げられるだろうと移住を選ぶ人もいる。しかしこれも、期待外れに終わる可能性が高い。

「移住後の家賃は月8万円で、負担は想像以上に大きいです。バリアフリーの手すり付き、交通の便がいいという条件だと、田舎でもこれくらいかかる。車がないとどこにも行けないため、ガソリン代もバカになりません」

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こう語るのは約3年前、妻の実家がある島根県松江市に移住した福岡隆夫さん(60歳・仮名)だ。福岡さんは早期退職後、大阪府にあった自宅を売り、コンパクトな生活を始めるつもりだった。ところが、取材に答える福岡さんの表情は暗い。

「家庭菜園で自給自足できるとも思っていました。しかし現実的に、慣れない畑仕事で自分が食べる分をまかなうのは大変です。結局、スーパーのお惣菜をよく買うようになり、食費もほとんど下がりませんでした。

初めは都会なら数万円するようなカニが、数千円で買えることに喜びました。でも、毎日そんなごちそうを食べるわけではありませんしね……」

冬がくると、自宅を捨てた後悔がさらに募る。

「ドカ雪が降るのです。家の屋根や車に雪が積もり、夫婦で雪下ろしをするのは一苦労です。寒さは厳しく、冬場は暖房のプロパンガス代も月2万円程度かかり、重くのしかかります」(福岡さん)

ひとりになったらどうするのか

人生の最後は、自分が育った田舎で過ごしたい。そう思って「Uターン」移住をするのも一つの選択肢だ。ところが、子ども時代と今では、町の形も、あなた自身も大きく変わってしまっている。

約2年前、都内の自宅を引き払い、故郷・群馬に居を移した幡野康さん(69歳・仮名)が語る。

「駅前の商店がほぼ潰れ、バイパス沿いに葬儀場が次々とオープンしていたのには驚きました。群馬の『からっ風』が肌に合うとも思うのですが、実は将来が不安です」

引っ越してすぐ、幡野さんに試練が訪れた。妻にがんが見つかったのだ。

「詳しい検査を受けようと総合病院に行くのに、車で片道50分もかかりました。でも、そこでしか先端医療は受けられないのです。田舎にも小さなクリニックはたくさんありますが、命にかかわる病気をしたときに頼れる大きな病院は、都市部にしかない」(幡野さん)

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幡野さんは、自分が育った故郷で夫婦ゆったり老後を送るつもりだった。だが、一人で暮らす日がそう遠くないことを、意識せざるをえないという。

前出の清泉氏も、田舎への移住後、一人になってしまうリスクを考えるべきだと警鐘を鳴らす。

「二人で暮らしているときは、もし一人が脳梗塞などで倒れても救急車を呼べます。しかし、田舎で夫や妻を失い一人になれば、倒れても、誰にも気づいてもらえない可能性が高い」

近所の人も、友人も、自宅の周りにあるものはすべて、あなたが培った財産だ。「ちょっと田舎」の憧れに負けて、そのすべてを捨てるのは、あまりにもったいない。

「週刊現代」2020年2月15日号より

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