実は日本で長時間労働をする人は激減していた

日本で長時間労働をする人は激減している。しかし、「いつも仕事でストレスを感じている」と答える人は世界有数に多い。統計データ分析家の本川裕氏は「アメリカや中国のように長時間労働が増えている国でも、ストレスを感じる人は増えていない。ギスギスした職場環境やどれだけ働いても給料が増えないという日本の状況が、働く人のストレスに関係しているのではないか」という――。

本稿は、本川裕『なぜ、男性は突然、草食化したのか』(日本経済新聞出版社)の一部を再編集したものです。

■意外すぎる事実「長時間労働」は大きく減少していた

電通の新入社員でインターネット広告を担当していた当時24歳の女性が2015年末に過労により自殺したのを受けて、翌年の秋以降、過労死問題がクローズアップされている。過労の不安が日本を覆っているのである。

果たして、過労に結びつく長時間労働が本当に増加しているのか。この点を統計データで確認するとともに、日本における長時間労働と仕事のストレスの関係を国際的な比較の中で明らかにしたい。

長時間労働は、統計上は、週労働時間49時間以上、ないし60時間以上で区分されていることが多い。過労死ラインは時間外労働が月間80時間(月に20日出勤とすると、1日4時間以上の残業、すなわち12時間労働)とされているので、このレベルに近い週60時間以上を、ここでは長時間労働とみなすこととする。

労働時間を把握している統計調査は、世帯を調査対象とする労働力調査や就業構造基本調査と、事業所を対象とする毎月勤労統計調査とがある。

毎月勤労統計調査は、事業所で記録されている労働時間をもとにしており、当然、サービス残業はカウントされない。そこで、個人の側から労働時間を報告している労働力調査、就業構造基本調査をここでは使用する。

なお、労働力調査は、毎年のデータ(月次データの平均)が存在するのに対して、労働実態の詳しい集計のためサンプル数を増やして実施される就業構造基本調査は5年おき(以前は3年おき)にしかデータが得られない。

■「週60時間以上」労働、バブル絶頂期17.2%→2017年7.5%

図表1に週60時間以上の割合の推移を示した。労働力調査の推移を追うと、経済情勢の動きに伴う残業時間の増減によって長時間労働の割合は大きく変動してきた点がまず目立っている。高度成長期が1973年に石油ショックで終焉し、15%近くあった長時間労働は75年には10.5%にまで低下した。その後、景気の回復に伴って長時間労働は増加し、バブルの絶頂期には17.2%にまで上昇した。

バブル経済の崩壊に先立って1989年から長時間労働が減少に転じたのは、88年に残業代の割り増しが不要の法定労働時間を週48時間から40時間に短縮する労働基準法の改正が行われた影響である。その後、激変緩和措置が逐次取り払われてすべての企業に普及していったため、景気後退の影響もあって94年に10.4%にまで大きく低下した。

その後、景気の回復で上昇傾向をたどったが、2003年の12.0%を境に低下に転じ、07年以降は景気変動にはあまり影響されず過去最低を更新し続けており(リーマンショック後の落ち込みからの2010年の反動増は例外)、2017年には7.5%にまで減っている。

経済情勢による変動を取り除いた長期傾向としては、明らかに、長時間労働は減少していることが分かる。

■自分の労働時間に敏感になってきた日本人

就業構造基本調査のほうも、ほぼ労働力調査とパラレルな動きとなっている。調査票を見れば分かることだが、労働力調査は月末1週間の実際の労働時間を翌月の初めに尋ねているのに対して、就業構造基本調査は、具体的な時期を特定せず、今の仕事についてのふだんの労働時間の状態を尋ねている。したがって、就業構造基本調査のほうが回答する労働者の主観によって左右されるといえる。

就業構造基本調査の結果を労働力調査と比較すると、以前は労働力調査の値よりもかなり低かったのに、2007年~12年には、同等かそれ以上の水準へと変化した。60時間以上という健康を害する可能性のあるような水準の長時間労働については、近年、長期間労働が過労死の要因として問題視されるようになって、回答者も「ふだんの状況」について実態に近い判断をするようになったと考えられる。

すなわち、長時間労働が増えていると人々が感じる理由は、実際に長時間労働が増えているからというより、労働者が以前よりも自分の労働実態を正しく認識するようになったからであるということになる。

■フルタイム労働者でも長時間労働はピーク時の半分程度

近年、パートタイマーなどの非正規雇用が著しく増加しており、長時間労働の比率が低下したのは母数に含まれる短時間労働者が増えているからにすぎず、フルタイム労働者の長時間労働は増えているのではないか、といった疑問も生じる可能性がある。そこで、図表2では労働力調査によってフルタイム労働者に占める長時間労働の推移を確かめた。

長時間労働は、図表1より低下傾向がなだらかであるが、2017年に10.8%とバブル経済さなかの1988年の19.9%の約半分となっており、最近は、毎年最低を更新している。長時間労働はやはり傾向的に減少してきているといえよう。

以上の統計的観察から、電通の過労死事件から長時間労働による弊害が社会問題としてクローズアップされているが、それは長時間労働が「増えているから」生じているのではなく、「減っているにもかかわらず」生じていると考えるべきだろう。

これだけ過労死問題が新聞紙面に多く登場しているのに、長時間労働が増えているという推移グラフが付されている場合が見当たらないのは、むしろ、そうした事実がないことの証しであると見たほうがよいわけである。

■長時間労働が減っても仕事のストレスが目立つのはなぜか

このように長時間労働は減ってきているが、それでは仕事のストレスも少なくなってきているのだろうか。この点をISSP国際調査の結果から調べてみよう。

ISSP調査は何年かおきに同一テーマで調査を行っている。仕事をテーマにした最新の公表分は2015年に行われた「仕事と生活についての国際比較調査」(英語表記Work Orientation)であり、過去には1997年、2005年にも日本が参加して調査が行われている。

この調査では、毎回、仕事のストレスや労働時間を調べている。時系列変化を追う前に、最新時点での両者の関係を調べておこう。2015年調査に参加した37ヵ国の長時間労働と仕事のストレスとの相関図を図表3に掲げた。

■「仕事でいつもストレス感じている」日本は世界3位

x軸方向の「長時間労働」が最も多いのはインドであり、収入になる仕事をしている者のうち25.2%が60時間以上仕事をしている。中国、フィリピンも2割以上と多い。日本は13.3%であり、これらの国や台湾、ベネズエラ、チェコ、南アフリカに次ぐ世界第8位となっている。この調査では母数に休業中の労働時間ゼロの者が省かれているためもあって、日本の値は、上述の長時間労働割合よりもやや多くなっている。

一方、y軸方向の「仕事のストレス」が最も多いのはベネズエラの26.1%であり、スペインが第2位、日本は18.7%で世界第3位の高さとなっている。

日本の値はいずれも世界順位が上位であり、欧米先進国のいずれと比較しても高い値を示している。日本は、国際比較上はまぎれもなく長時間労働が多く、仕事のストレスも大きな国といわざるをえない。

■給与が増加する中国は長時間労働でもストレスが低い

さて、相関図の本来の見方は2つの変数が相関しているかどうかを確かめることにある。この観点から見ると、それほど相関度は高くはないが、長時間労働と仕事のストレスは右上がりの正の相関が認められる。もちろん、例外は存在している。中国は長時間労働が多いのに仕事のストレスはあまりないし、ベネズエラは長時間労働が日本程度の割には仕事のストレスをいつも感じる人が非常に多くなっている。

中国のような、毎年、給与が大きく増加するような経済状況では、高度成長期の日本でもそうだったように、長時間労働がストレスにはつながりにくいのであろう。一方、激しい経済苦境が伝えられているベネズエラでは調査時点から労働時間以外のストレスが多かったようだ。

多くの国が当てはまる右上がりの楕円の中では日本はやや上方に位置していることから長時間労働の割にやや仕事のストレスが多い国とも見られよう(順位も前者が8位であるのに対して後者は3位)。

参考までに、この調査では男女・年齢別の結果も得られるので、日本の仕事のストレスに関して図表4に示した。サンプル数が少ないので確定的なことはいいにくいが、男性では30代~50代で、女性では30代で仕事のストレスが多いことがうかがえる。特に、30代女性のストレスが大きい点が目立っている。

■長時間労働は減っているが、仕事のストレスは増大

さて、最後に、仕事のストレスと長時間労働の時系列変化について調べよう。図表5には、ISSP調査から、先に掲げたのと同じストレスと長時間労働の指標について、1997年、2005年、2015年の値の主要国における時系列変化を追った。

日本の変化として目立っているのは、1997年から2005年にかけて増大した長時間労働が15年には減少に転じているにもかかわらず、仕事のストレスが一貫して深刻化の傾向をたどっており、特に05年から15年にかけて大きく増大している点である。

なお、日本の長時間労働の推移は図表1の動向と一致しており(特に就業構造基本調査の動きと一致しており)、信憑性が裏づけられていると考えられる。

図表5では、他国と比較して、日本は2005年から15年にかけて長時間労働が減っているのに仕事のストレスが増加している国として目立っている。

■可処分所得が伸びず仕事の士気が高まらないことが影響

日本と正反対の動きとなっているのは米国であり、2005年から15年にかけて長時間労働は拡大しているのに、逆に、仕事のストレスは減少している。その他の国では、ほぼ、長時間労働と仕事のストレスはパラレルな動きとなっている傾向が認められるが、図を見ると、主要国の中でも長時間労働と仕事のストレスの水準の違いに関して2つグループがある点が目立つ。

すなわち、スペイン、フランス、ロシア、スウェーデンのグループでは、割合で見て長時間労働を仕事のストレスが大きく上回っているのに対して、プロテスタント系の米国、英国、ドイツのグループは両者がほぼ同一の水準にある点が印象的である。プロテスタント系は長時間労働の割にそれがストレスになっていないのである。

日本は、2005年から15年にかけて、後者のグループから前者のグループ、すなわち長時間労働により敏感な国、あるいは長時間労働以外の要因での仕事のストレスが大きい国に変化したともとれる。

以上のことから結論をまとめると、現在、過労死が大きな社会問題となっているのは、同じ時間働いていても仕事のストレスが高まっている結果の現象、あるいは仕事のストレスに敏感となった日本人の意識構造の変化を踏まえた現象なのであり、実際の長時間労働の拡大が主因ではないと考えられる。

図表3の中国とは逆に、可処分所得が伸びない状況の中で仕事への士気が高まらないことが影響している可能性がある。また非正規雇用の増加などで職場の人間関係が悪化していることが影響している可能性も大きい。

したがって、過労死対策についても単に長時間労働を減らせばよいというものではない。過労死対策は、パワハラなど職場の人間関係、あるいは非正規化や顧客重視にもとづくストレス増大への対策も含めた総合的なものでなければならない。

———-本川 裕(ほんかわ・ゆたか)
統計探偵/統計データ分析家
1951年神奈川県生まれ。東京大学農学部農業経済学科、同大学院出身。財団法人国民経済研究協会常務理事研究部長を経て、アルファ社会科学株式会社主席研究員。「社会実情データ図録」サイト主宰。シンクタンクで多くの分野の調査研究に従事。現在は、インターネット・サイトを運営しながら、地域調査等に従事。著作は、『統計データはおもしろい!』(技術評論社 2010年)、『なぜ、男子は突然、草食化したのか――統計データが解き明かす日本の変化』(日経新聞出版社 2019年)など。

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(統計探偵/統計データ分析家 本川 裕)

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