牛丼チェーン店大手の吉野家では昨年12月5日、固形燃料を用いてお客の目の前で加熱したまま最後まで食べられる、新しいスタイルの定食「牛すき鍋膳」「牛チゲ鍋膳」の提供を開始した。「2013年の牛丼チェーン業界を売上高などから振り返ってみる」で解説の通り、これは吉野家の新しい戦略の一つ、「スローフードへの注力」「高価値観の提供」を体現化し、顧客満足度を底上げするのを目的とした商品である。
価格はそれなりに高額だが利用客の満足度は得てして高い。他のメニューとの差別化、目新しさもひとしお(牛鍋っぽさを演出した「牛鍋丼」や、鍋に入れたまま提供する「牛すき鍋」なら以前にも提供している)。一方で準備時間や顧客の滞在時間も合わせて考えると、確実に客の回転率は落ちるため、客数の減少が懸念されていた。
しかし昨日付で吉野家から発表された、2013年12月分、つまり「牛すき鍋膳」「牛チゲ鍋膳」の発売初月の同社営業実績によれば、客の回転率悪化による客数減少どころか、逆に客数は増加、売上も大幅アップしたことが判明した。 「鍋膳」の展開は同社が2013年4月から開始した牛丼の値下げによる客単価の下落を最小限に留めると共に、客数を大いに押し上げる効果をももたらすことになった。
前々年比を算出しても客数はプラス値を示しており、客単価はプラスマイナスゼロに近い。今回の客数の上昇ぶりが「前年同月の低い値によって生じた反動」ではないことが確認できる。 牛丼業界もファストフード業界全体を覆う客離れの傾向からは逃れることが出来ず、牛丼御三家(吉野家、松屋、すき家)に限っても、前年同月比で客数がマイナスの月が続いている。ところが吉野家は2013年4月以降、9か月連続して来店者数をプラス化している。
これは主力商品の牛丼値下げの効果によるもの。その効力も3か月ほどでやや薄れた感はあったものの、直近数か月ではむしろ少しずつ持ち直しを見せ、さらに今回月では「鍋膳」で再び大きく跳ね上がる形となった。 客数の減少を覚悟してでも客単価の引上げを模索して投入された「牛すき鍋膳」「牛チゲ鍋膳」が、奇しくも客数増加をもたらすとは、注目すべき動きと言える。
牛丼値下げで低価格層の集客、鍋膳投入で高級感の演出。次は…?
今回の「牛すき鍋膳」「牛チゲ鍋膳」投入が成功したのは、吉野家側の直接の思惑である「客単価引上げ」以外にも「鍋膳」が有する特徴、具体的には「腹ごなし」のみから「ゆっくりと食せる雰囲気の提供」による「食事」としての位置づけの格上げに伴うリピーターの増加、寒い時期には相性がすこぶる良い鍋物の投入による季節感上のマッチング、さらには「一人鍋需要」などの要素が大きく影響したのだろう。どこまで吉野家が見据えていたかは不明だが、数字を見る限り、成功と評すべき結果といえる。
牛丼御三家の中では吉野家の低迷ぶりはこの数年継続していた傾向で、以前の「牛丼値下げチキンレース」(主力商品の牛丼・牛めしの期間限定値下げを各社が繰り返し実施し、短期的な集客キャンペーンを展開していた)では、もっとも成果が上がらなかったのが吉野家。売上も2009年半ば以降は前年同月比でマイナスが続いていた。 変化が見え始めたのは、震災による消費者の消費性向、来店傾向に変化が見え始めた2011年下旬あたりから。牛丼業界全体の低迷が顕著となる中、吉野家では一定期間ごとに目を引く商品を展開し、売り上げの低迷を最小限に抑え続けていた。そして去年の4月には牛丼価格を引き下げて他の2社における「牛丼価格プレミアム」を奪い、相対的に自社のバリューを底上げ。同時に低価格商品を好む層の集客への攻勢を実施。
そして半年ほど経った12月にはまったく相反する客層、多少価格が高くとも料理を楽しみたい層へのアプローチである「牛すき鍋膳」「牛チゲ鍋膳」の展開を行い、それに成功している。
消費者の中食への傾倒。健康志向の増大とたばこ値上げに伴う、外食産業での禁煙化浸透への流れ。そしてそれらと密接に絡み合う「家族の団らんの場」の需要拡大。さらには「朝食」や「一人鍋に代表される『個食』スタイル」への需要発起や成長。外食産業を取り巻く環境は、めまぐるしい動きを見せている。それらの動きに対し、いかに対応していくか、波に乗るか。少なくとも去年1年に限れば、その波を吉野家は上手く乗りこなし、他の二社はもまれてしまった感が強い。
今年1年はこれまで以上に、牛丼チェーン店各社で大胆な動きが見えてくるはず。さもなくば昨年以上の業績低迷が待ち受けているだけだ。環境変化にどのような切り口で攻めを見せるのか、それとも守りに徹するのか。各社の戦略を注意深く見守りたい。
特に今回取り上げた、吉野家の「牛すき鍋膳」「牛チゲ鍋膳」における(少なくともスタートダッシュにおける)成功は、他の二社にも少なからぬ影響を与えるに違いない。