高齢ドライバーによる交通事故が相次ぎ、早めの免許返納を促す声が高まっているが、シニアにとって便利な“生活の足”を手放すのはなかなか踏ん切りがつかないもの。理由の一つに挙げられるのが「交通費がかかるから」。実際はどうなのだろう。家計の専門家は「車の維持費をタクシー代やバス代に置き換えると判断しやすい」とアドバイスする。
【画像】コンパクトカーの年間維持費
「家計は助かるし、健康になるし。返納は良いことずくめでした」。福岡市東区の丘陵地に暮らす唐島満さん(84)、玲子さん(83)夫妻は満足げだ。
通勤も通院も買い物も車で済ませていた2人がそろって返納したのは2015年6月。満さんが車で大通りに合流するとき、タイミングが合わずにひやっとし「動体視力が衰えている」と自覚した。車検の切り替え前に廃車にした。よく歩くようになったことで腰痛が改善する効果も
自宅からバス停まで徒歩2分、最寄り駅まではバスで約20分(1時間に数本)。スーパーや病院は駅前にある。健康のため2人で週3日通っている温水プールは駅前からさらに20分歩くが、よく歩くようになったことで、ともに20年以上患ってきた腰痛が改善する効果があった。
車に乗っていたころ、車検費用や保険、税金、ガソリン代などを月割りすると約4万円かかっていた。返納後は、バスが乗り放題になる西鉄のグランドパス65(6カ月2万3千円)▽交通費を助成する福岡市の高齢者乗車券(所得制限あり)▽運転経歴証明書の提示でタクシー代1割引き‐など高齢者や返納者向けのお得な制度を活用。月に数回、雨の日などにタクシーに乗っても、2人で月約1万円の交通費で済んでいる。
買い物にはリュックサックやキャスター付きバッグで。「米や調味料は重いけど、時間はたっぷりあるから休みながら。そのうち歩けなくなっても、生協の宅配で何とかなるかな」タクシー代「食費より高い」の嘆きも
ただ公共交通機関の少ない農村地域ではこうはいかない。熊本県和水町の91歳と87歳の夫妻は15年、軽乗用車で前の車に追突したのをきっかけに返納。スーパーと医療機関に通うタクシー代が2人で月4万~5万円かかるようになった。「食費より高い」との嘆きを聞いた熊本市の長女(61)がきょうだいと手分けし、1時間近くかけて実家まで車を出すようになった。
「足腰が弱ればバスも無理。やっぱり車がないとこの辺は厳しい。私たちもきついけど、親の顔を見るついでと思って…」。長女は月に数回通い続ける。
つい忘れがちな維持費
車がなければどこも行けない。タクシー代がもったいない‐。こうした訴えはよく聞くが、車には維持費がかかっていることをつい忘れがちだ。JA共済の概算では、年間維持費(車両価格は含まない・駐車場代は含む)は、軽自動車が約38万円▽コンパクトカーが約44万円▽Lクラスミニバンが約50万円。
福岡市のファイナンシャルプランナー白浜仁子さん(47)は「維持費をタクシー代に置き換えると、意外にたくさん乗れることが分かる。『今とそんなに変わらない生活が送れるよ』と周囲が具体的に示し、本人に安心してもらうことが大切」と提案する。
白浜さんの試算では、駐車場代がかからず、近距離運転に限った場合、コンパクトカーの維持費は年約36万7500円=表参照。往復2千円のタクシーだと2日に1回乗れる計算だ。足腰が元気なうちはタクシーを3日に1回に抑え、バスや電車など公共交通機関を使うと行動範囲は広がる。スーパーやコンビニ、産直品などの宅配サービスを利用するのも手だ。各県はホームページで各交通機関の返納者向け特典を紹介している。
不便にはなるが、事故を起こす恐れがなくなり、本人も家族も安心感を得られる。「車のない生活の見通しを早くから家族で立て、『80歳の誕生日に』などと祝い事と返納をセットで捉えれば、本人の抵抗感も和らぐのではないか」と白浜さんは勧めている。