[生成AI考]第2部 悩める現場<1>
「これじゃ、無料の宿題代行業者が現れたようなものだ」 【グラフ】生徒が学習でAI使用…高校教員の35%は「自由に使うべき」
東京都内の私立中高一貫校の英語科教諭(56)はため息をついた。昨年度の冬休み、中1の生徒に英語で日記を書く宿題を出したところ、現在完了形など教えていない英文法が使われ、ミスもない「素晴らしい英文」の日記が、何人もの生徒から提出されてきたのだ。
生成AI(人工知能)が使われたことは疑いようもない。この教諭は「宿題は、英語を使う習慣を身につけ、文法の復習をしてほしいから出してきた。間違いを指摘されて学ぶことは言語習得には不可欠。生成AIが示す『正解』の丸写しから得るものはない」と嘆く。
生成AIへの依存を強める生徒たちの実態を前に、この学校では春休みから英作文の宿題を廃止した。
国立情報学研究所の佐藤一郎教授(情報学)は「学習に後ろ向きな生徒は生成AIに頼り切りになり、思考力や創造力の育成が阻害される。学力格差が広がる恐れがある」と警鐘を鳴らす。
大学での影響はさらに深刻だ。
龍谷大(京都)の野呂靖准教授(仏教学)は昨年7月、ある学生の発表したリポートに違和感を覚えた。日本語として誤りはないが、内容に具体性がない。挙がっていた参考文献の著者名は実在の人物だったが、書籍は存在しないものだった。
学生に問いただすと、「文章にまとめるのが苦手で生成AIに書かせた」と認めた。野呂准教授は「拙くてもいいから、自分で考えて書くのが大切」と諭し、やり直させた。
昨年春以降、全国の大学で、リポートなどで許可なく生成AIを使用した場合は不正行為として処分対象になりうるとの注意喚起が相次いだ。不正が発覚した学生の成績を下げたり、単位を取り消したりした例も、複数起きている。
だが、露見するのは氷山の一角だ。東京都内の私立大学に通う2年生の男子学生(19)は、「興味がない必修科目のリポートは基本、生成AIに丸投げ。不必要な時間をとられたり、不完全なリポートを出して単位を落としたりしたくない」と悪びれる様子もない。
2022年11月にチャットGPTが無料公開され、急速に社会に浸透する生成AI。学校でも利用するよう求める声があがる。
文部科学省は23年7月、小中高校向けのガイドライン(指針)を公表した。「一律に禁止や義務づけを行うものではない」としたことで、「学校での使用に事実上のゴーサインが出た」(都内の小学校教員)との受け止めが広がった。
今年2月に開かれた文科省主催のシンポジウムでは登壇した大学教授が「AIを使える人と使えない人の格差が開く。教育の仕事は、一人でも多くAIを使えるようにすることだ」と訴えた。
学校の情報教育を支援するNPO法人「みんなのコード」も「子供たちがAIに触れて、仕組みを理解することが欠かせない時代」として、学校向けの生成AIを無償提供したり、教員研修を開催したりしている。
文科省は昨年度、生成AI利用の研究校に全国の小中高校52校を指定した。「生成AIに意見を求めたら、高齢者や妊婦など、生徒にはない視点が出て、生徒の話し合いが深まった」と評価する教員もいる一方で、「生成AIはすぐに正解を教えてしまうので、子供が深く考えなくなる」と戸惑う声も漏れる。
東京大の酒井邦嘉教授(言語脳科学)は「思考を深めるには、相手の意図をくみながら対話をし、自分の考えを揺さぶる必要がある。意図もなく文を合成するだけのAIで代替できるものではない。生成AIが本当に子供の思考力を育むのか学校は立ち止まって精査すべきだ」と訴えている。
社会の様々な分野で生成AIの利用が急速に拡大している。利便性の向上に期待が集まる一方で、弊害も生じ、国民生活の場では戸惑いも広がっている。教育や行政、ビジネス、医療、スポーツの現場から、課題と対策を探る。