一部の統計データは賃金がアップしているように伝えるが、実際には大幅ダウンを強いられている。そうしたなかでビジネスマンの懐事情はどうなっているのか?その実態をデータ面で追っていく。
ビジネスマンのサイフの中身をのぞこうとしてまず手にするものが、日本経済団体連合会による「定期賃金調査」「賞与・一時金調査」や、その地方別経済団体である経営者協会が発表する「モデル賃金」、そして厚生労働省の「賃金構造基本統計調査」などだろう。しかし、それらの賃金データの精度に疑問を投げかけているのが、社会保険労務士で賃金・人事コンサルティングを行っている北見式賃金研究所の北見昌朗所長だ。
「経団連の調査対象は会員である大企業が中心で、実勢を示したものとはいいがたいというのが実情だ。また、モデル賃金は一定のモデルに合致した人の賃金のことのようだが、その定義はきわめて曖昧である。それに時間外手当が込みになっている賃金なのかどうかも不明だ。賃金構造基本統計調査にしても、対象となる常用労働者にフルタイムのパートタイマーが含まれていて、正社員の給与とはズレている」
そう手厳しく批判する北見所長は、毎年定期昇給後の6月の賃金をベースにした独自の賃金調査を2005年度分から行ってきた。直近の10年度の調査対象は、首都圏(東京、神奈川、千葉、埼玉)が8489人、関西(大阪、京都、兵庫)が9527人、そして愛知が1万2579人。そのうち首都圏の管理職以外の一般男子の年代別データを示したものが図表1、図表2、図表3である。
ブルーで示した数値は全体の真ん中に位置する人、つまり中位数での賃金を示したものだ。平均値をとっても、実際にはその値を下回る人が全体の6割近くを占めることが多い。そこで北見所長は中位数を賃金相場と見なしているわけなのである。
データは08年のリーマン・ショック前の07年度と直近10年度分を比較しているが、まず目を引くのが図表1の悲惨な賞与の状況だ。「年間30万円未満というと、夏と冬の賞与はそれぞれ15万円未満。この程度の賞与は“寸志”といっていい。そんな寸志程度の賞与しかもらえない50代の一般男子が、15%から32%へ倍以上も増えている。このうち12%の人は賞与なしの状態だ。その一方でリーマン・ショック前に19%もいた150万円以上の人は5%へ激減している」と北見所長はいう。
では図表2の賃金はどうかというと、各年代ともにダウントレンドを示している。50代で35万円未満が41%から過半数超の51%へ増加。また、20代は25万円未満が全体の50%近くを占め、30万円未満でカウントすると約80%にもなる。しかし、ここでの賃金はあくまでも総額の数字。税金や社会保険料などを引いた手取り額は約8掛けといわれ、賃金の総額が25万未満なら手取りは20万円未満という計算になる。
「20代の単身者で都内にアパートを借りてとなると、生活するのがやっとで、貯金などとても無理という水準だろう。ましてや、結婚をして妻子を養うことなどとても難しいはず。こうした低賃金状態におかれていることが、結婚をしない若者の増加の要因の1つになっているのではないか」と北見所長は話す。
そして、北見所長が最も注意すべき点と考えているのが、図表3の50代の年収の賃金相場が初めて500万円台を下回り、481万2000円となったこと。実は年収500万円という数字は、社会保障制度が想定している
「年収500万円で夫婦と子ども2人」という標準世帯の年収の水準なのだ。それを下回るということは、とりも直さず年金を含めた社会保障制度の前提が崩れてしまうことを意味するからである。
また、家計の見直し相談センターで1万世帯以上の家計診断を行ってきたファイナンシャル・プランナーの藤川太さんは「大手企業の間でも間接部門や業務部門の一部を本体から切り離して、新たに子会社をつくる動きが強まっている。そこに転籍する人員の給与は本体にいたときよりも低い水準に抑えられてしまう。大企業のホワイトカラーだからといって安泰とはいえない時代を迎えている」と語る。
こうした厳しい状況になればなるほど、真っ先に削られてしまうのがお父さんのお小遣いだ。図表4にあるように1990年の7万6000円をピークにして、日経平均株価と足並みを揃えながら減少傾向をたどってきた。11年の金額は3万6500円で、単純比較して30年前の82年当時とほぼ同じ水準だ。「このなかで昼食代もやりくりしているとなると、同僚や部下と『仕事帰りに1杯』となっても、300円均一の激安居酒屋に行くのがやっとではないか」と節約アドバイザーの和田由貴さんは話す。
そして、不気味な存在となりつつあるのが予想外に多い無貯蓄世帯だ。図表5を見てわかるように、20代で27.2%が貯金ゼロの状態に陥っている。また、50代でも23.9%と4世帯に1世帯に近い割合で無貯蓄なのである。また、最近発表になった11年時点の調査では、無貯蓄世帯の割合が全体で28.6%と約3割の世帯が無貯蓄であることがわかった。こうした人たちが定年を迎えて多少なりとも退職金を手にしたとしても、年金の受給開始まで食いつないでいくのがやっと。早晩破綻するのは火を見るより明らかだろう。
(伊藤博之=文 PIXTA=写真)