将棋AI「水匠」の開発者が語る 藤井聡太八冠が「AI超え」をする理由

 「AI超え」。藤井聡太八冠(21)が繰り出す妙手は時に、何億通りもの候補から最適解を即座に導き出す人工知能を上回ると評されることがある。だが、その人間離れした強さの理由は、人間だからこその強さでもあった。2020年の世界コンピューター将棋オンライン大会、22年の世界将棋AI電竜戦で優勝し、藤井も研究に活用している将棋ソフト「水匠(すいしょう)」開発者の杉村達也さん=写真=に話を聞いた。(瀬戸 花音) 【写真】昼食に出された「勝負めし」おいしそう~!  藤井はなぜ、AIを陵駕(りょうが)する手を指すことができるのか? 杉村さんは、藤井の強さの理由に「良い手に早くたどり着く大局観」「最善を指し続けられる精度の高さ」「人間的に難易度が高い局面を提示する能力」を挙げた。  最新の「水匠」では、1秒間に1億手近い候補手を読むことができる。それでも、人間がより早く最善手にたどり着く可能性はあるという。大局観という点では、2つのポイントがある。「『この手もあるんじゃないか』と思いつく力。かつ『この手はいい手なんだ』と評価できる力。その2つがかみ合わさって妙手が生まれているのではないか。AIは網羅的に手を調べますが、ピンポイントに良い手だけを読む藤井先生の力が、将棋AIを上回る時がある」とした。  また、藤井の精度の高さの理由は、AIを使った研究方法にあるともみている。「序盤研究と自身の対局の振り返りにAIを使う棋士が多いですが、藤井先生は他に自分の知らない局面から将棋AIと実際に指してみることがあると聞く。中盤の大局観や終盤の読みの力を鍛えるためにやったのではないかと。それで鍛えられたからなのかは分かりませんが、最善を指し続けられる強さがあります」 「対人間」間違えさせる能力 何より強さの要因として最も大きいと考えるのが、対人間にのみ使える「間違えさせる」能力だ。杉村さんは例として、今年6月の王座戦本戦、村田顕弘六段戦を挙げた。藤井は最終盤で自玉の逃げ道を作るため銀を上がり、圧倒的劣勢から大逆転につなげた。  「これはAI的にはいい手じゃない。ただ、相手の選択肢がとても多い局面だった」。杉村さんは、人間的にどの手が指しやすいかという数値を推定選択率と呼んでいるそうだが「この局面で推定選択率が80%の手はなくて、村田先生は20%、20%…と並んでいる中で一つだけの正解をみつけなければならなかった」。  藤井は惑わせる手を指し、村田は誤った選択をした。「相手を間違えさせる手を選ぶのはAIにはない感覚。人間に勝つという意味ではAIを超えているかもしれません」と、藤井のすごさを語った。  20世紀からコンピューターが詰将棋を解くことは研究されていたが、棋士との対戦は21世紀に入ってから。2005年、棋士として平手(ハンデなし)で初めて対局した橋本崇載五段(肩書は当時、以下同)が、特別公開対局で「タコス」に大苦戦するも126手で辛勝した。  07年、渡辺明竜王が「ボナンザ」と大和証券杯ネット将棋棋戦の特別対局で激突。序盤は苦戦を強いられたが、後半で渡辺竜王が貫禄を示し112手で勝利。10年、清水市代女流王将が「あから2010」と対局し、大激戦の末に敗れた。  13年、棋士とコンピューターが五番勝負を戦う「第2回電王戦」第2局で「ポナンザ」が佐藤慎一四段に勝利し、公の場で初めて現役棋士に勝ったAIに。17年には「ポナンザ」が佐藤天彦名人に2連勝し、“名人超えAI”の誕生は棋界に衝撃を与えた。藤井は16年から研究にAIを使用している。  ◆藤井の大逆転劇  ▼2020年7月13、14日・王位戦第2局 先手の木村一基王位が相掛かりを選択。一時はAI評価値85%と優勢になったが、藤井が粘って終盤に攻防の妙手を放つ。双方1分将棋に入り、最後は木村の猛攻をかわした藤井が逆転で2勝目を挙げた。  ▼21年2月11日・朝日杯準決勝 渡辺明名人が終盤、一時はAI評価値99%と圧倒的優勢になったが、藤井が粘り強く指し続け大逆転勝ち。「一瞬勝ちかなと思ったんですけど、間違えてしまいました」(渡辺)  ▼23年9月27日・王座戦第3局 後手の永瀬王座が中盤のねじり合いから攻めを続け、終盤にはAIの評価値が永瀬優勢90%に。しかし藤井の王手に永瀬が対応を誤り形勢逆転。秒読みの中、正確に寄せ切って2勝目を挙げ、王座奪取に王手をかけた。

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