小野薬品、「オプジーボ」に続く2匹目のドジョウ

新型コロナ向けに進む既存医薬品の再活用

 新型コロナウイルスの新規感染者数は収まる気配が見えない。東京都では連日200人を超える新規感染者が報告されており、国内での新規感染者数は空港検疫などを含めると、累計3万人を超えた。ワクチン開発を含め、コロナを迎え撃つ薬剤の開発が急がれる。

 そうした中で、「リパーパス(re-purpose)」あるいは「リパーパシング(re-purposing)」と呼ばれる医薬品開発の手法が注目されている。リパーパスとは、既存の医薬品を異なる用途で再活用する方法のこと。医薬品開発は長期の時間がかかることが課題だが、リパーパスだと研究開発の時間を節約することができるのが特徴だ。

 既に承認された米ギリアド・サイエンシズのレムデシビルは、もともとエボラ出血熱の治療薬として開発されたものだが、新型コロナウイルスに効果があることが分かり、治療に活用された。日本でも、新型コロナウイルスの治療薬としてリパーパスの動きが始まりつつある。最新の動向を見ていく。

1万2000の既存薬から13種類のホープを発見

 連休中の7月24日に、国際的に突如として注目されたのが小野薬品工業だった。週明けの27日、日経平均株価が下落する中で、午前に小野薬品株価の株価が3.4%上昇したのも、それが関係したと見られる。

 注目された理由は、小野薬品工業が2012年までに骨粗鬆症の治療薬として開発していた「ONO5334」と名付けられた薬に、新型コロナウイルスを抑制する効果が認められたからだった。

 米国のサンフォードバーナムプレビス医学研究所をはじめとした研究グループが、これまでに臨床研究が実施された1万2000に及ぶ既存薬を使って、新型コロナウイルスの抑制効果をのべつ幕なしに調べたところ、100の既存薬にウイルスの増殖を止めるような効果を確認できた。

 こうした薬の効果を網羅的に調べる方法は「スクリーニング」と呼ばれ、未知の病気を治療する手段を見つけるためによく用いられてきた。背景には、医学的な分析手法の進化と、コンピューターを使った評価技術などの進歩がある。テクノロジーによって、過去の薬剤にスポットが当たった格好だ。

 さらに研究グループが薬の効果を詳しく調べていったところ、100の薬剤のうち21の薬が新型コロナウイルスに効果を示していると確認できた。その中で、細胞を使った試験でウイルスを抑制する効果が特に認められたものは13種類あった。小野薬品のONO5334は、その13種類の薬剤の1つである。米国のサンフォードバーナムプレビス医学研究所をはじめとした研究グループは臨床研究が実施された1万2000の既存薬を分析、ウイルス抑制効果のある薬剤が13種類あることを突き止めた。絞り込みでは肺の細胞に近いものを活用するなどしている © JBpress 提供 米国のサンフォードバーナムプレビス医学研究所をはじめとした研究グループは臨床研究が実施された1万2000の既存薬を分析、ウイルス抑制効果のある薬剤が13種類あることを突き止めた。絞り込みでは肺の細胞に近いものを活用するなどしている

 13種類の薬剤には、「アピリモド」という薬も含まれている。アピリモドはPIKfyveキナーゼ阻害薬と呼ばれるタイプの薬で、ウイルスの侵入に関係するタンパク質としてPIKfyveは前から研究レベルでは注目を集めていた。今回のスクリーニング結果は、そうした動きとも符合するものとなった。アピリモドは、胃腸の難病であるクローン病などの治療に開発されていたが失敗した薬だ。

 ONO5334のほか、「MDL-28170」「Z LVG CHN2」「VBY-825」はそれぞれシステインプロテアーゼ阻害薬というタイプで、やはり新型コロナウイルスの増殖を止める可能性が示された。

 研究グループは、さらに肺に近い細胞での効果を厳密に調べている。この結果、ONO5334、MDL-28170、アピリモドはiPS細胞を使って作られた肺細胞でウイルスの増殖を止める効果が確認されている。実際の肺細胞で特に効果があると確認されたのはアピリモドだった。

 どれも人を対象として開発されてきた薬剤で、過去の臨床試験で安全性が確認されている。新型コロナウイルス感染症の治療効果が認められる場合、安全性の証明は終わっているため、早期に実用化できるのが魅力だ。研究グループは、新たな薬剤をゼロから開発する場合は10年以上、ワクチンでさえ1年から1年半がかかると指摘している。こうしたリパーパスは短期的に重要な治療手段として注目される。

 小野薬品にとっては、がん治療のヒット薬で、免疫チェックポイント阻害薬の「オプジーボ」に続く、画期的薬剤を作れるのか、未知数ではあるが期待は高まるところだ。

国内でも既存薬のコロナ転用が相次ぐ

 新型、再興型インフルエンザウイルス感染症向けの治療薬として認可を受けたアビガンは新型コロナに対する治療効果をうまく示せなかったと報告されているが、既存薬のリバーパス候補は続々と誕生している。

 国内では、日本医療研究開発機構(AMED)が音頭を取り、国家プロジェクトとして新型コロナ対策の医療技術開発を進めている。この中でも、リパーパスの活用が進められている。

 7月27日公表までの段階で、AMEDが進めている新型コロナ関連の国家プロジェクトには延べ532件の申請があり、98件が採択されている。課題の内容により、年3000万円から100億円の資金が、大学や研究所、企業の研究に注がれることになる。

 既に採択結果が分かっている中では、北里大学の研究グループがある。同グループは、寄生虫薬として使われてきたエバーメクチンおよびイベルメクチンを新型コロナウイルスの治療に応用する研究を進めると発表している。

 エバーメクチンやイベルメクチンは寄生虫の神経系に作用するので、ウイルスにどのように効果を発揮するのか、今ひとつ分かりにくい。北里大学の説明では、イベルメクチンにはウイルス自身が増殖する際に不可欠なタンパク質の処理を妨害する効果があるという。

 同じようにタンパク質に働きかける効果としては、前述したリパーパスについて研究している米国のグループからも、プロテアーゼ阻害薬という同様の働きを見せる薬が名を挙げられている。「プロテアーゼ阻害薬」は、新型コロナ治療薬のリパーパスではキーワードといっていいかもしれない。

 AMEDの国家プロジェクトには20件、企業が選ばれており、この中にもリパーパス研究が含まれている。典型的なのはエーザイだ。

臨床試験に失敗した新薬候補に光が

 エーザイは、血液中に細菌が増加するなどして臓器が侵される敗血病の治療薬「エリトラン」を開発してきた。残念ながら、エリトランは臨床試験の最終段階まで進んだものの、敗血症の治療効果を示すことができず、敗血症の治療薬としては失敗に終わった。このエリトランを、新型コロナウイルスの治療薬に応用すると発表したのだ。人での使用実績は豊富であり、新型コロナウイルス感染症への効果が確認できれば、臨床応用は早いと見られる。

 このほかにも、AMEDの事業にはヒューマンライフコードの臍帯血由来間葉系細胞、塩野義製薬の低分子薬、カネカの中和抗体、ノーベルファーマのrhGM-CSFなど、従来開発を進めていた薬剤を新型コロナウイルス感染症の治療に応用しようとするさらなる動きがある。いかに効率的に従来の技術を転用していくかが問われている。

 ワクチンで英国や米国の企業が頻繁に話題に上っているが、治療薬開発においては国内企業の動向も、小野薬品をはじめ今後注目される。

【参考文献】

●Riva L, Yuan S, Yin X, et al. Discovery of SARS-CoV-2 antiviral drugs through large-scale compound repurposing [published online ahead of print, 2020 Jul 24]. Nature. 2020;10.1038/s41586-020-2577-1. doi:10.1038/s41586-020-2577-1

●Ou X, Liu Y, Lei X, et al. Characterization of spike glycoprotein of SARS-CoV-2 on virus entry and its immune cross-reactivity with SARS-CoV. Nat Commun. 2020;11(1):1620. Published 2020 Mar 27. doi:10.1038/s41467-020-15562-9

●AMEDの新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に関する研究開発支援について(まとめ)(AMED)

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