博多を思い浮かべる人が多いと思うが、なぜ山形市が日本一に輝き続けるのか。その裏には市民のラーメンへの思いと、ラーメン店の努力があった。
「山形市にはこれといったご当地ラーメンがありません。氷の入った冷たい“冷やしラーメン”がありますが、ダシのとり方も鶏・豚・牛などお店によってそれぞれ。いろいろあるのが山形市のいいところだと思います。
JR山形駅前にあるつけ麺の名店「麺藤田」。店主の藤田俊彦さんは山形出身で、フランス料理シェフからラーメン職人に転身。目黒の有名店「づゅる麺 池田」で修行ののち、2010年に「麺藤田」をオープンした。
「かつては山形が『ラーメン王国』という意識はありませんでしたが、昔からラーメンは当たり前の存在でした。むしろ山形を離れてから、山形がラーメン県だと騒がれていることを知ったぐらいです」(藤田店主)
「麺藤田」は山形でも珍しい“つけ麺”をメインに据えたお店。創業当初はつけ麺自体が「なんだそれ?」状態だったという。
「麺藤田」の「つけ麺」。ラーメン愛が強いため、定着には時間がかかったそうだ(筆者撮影)
「つけ麺をメインで出していましたが、中華そばから売り切れていく毎日でした。中華そばが売り切れると『ラーメンないの?』『ラーメン屋なのにラーメンがない店ってどうなの?』と言われ、山形ではこれほどまでにラーメンばかりが愛されているのかと驚きました」(藤田店主)
山形の人たちにとってラーメンは本当に身近な存在。逆に、つけ麺を食べるという選択肢は一切なかったのである。SNSの書き込みを見ると心が病んでくるので、ネットは一切見ずに自分のつけ麺をブラッシュアップし続けた藤田さん。10年経ってようやくつけ麺が市民権を得てきた。
まで山形にはなかった新しいラーメンを広めていった。
「埼玉の『四つ葉』の味に感動し、ローストポークをのせたり、低加水の麺を使ったりと今まで山形の人たちが食べたことのないラーメンを展開しました。はじめは『これはラーメンじゃない。そばか?』と罵られることも多く、1年半批判を浴び続けましたが、メディアに紹介されてからお客さんが増えていきました」(「鶏冠」桜井洋一店主)
「鶏冠」の「濃厚塩鶏そば」(筆者撮影)
ラーメン文化が強く根付いている山形では新しいラーメンはなかなか受け入れられてこなかったが、「麺藤田」藤田店主や「鶏冠」桜井店主のようなバイタリティのある店主の手によって新たな歴史が生まれてきている。この広い多様性こそが山形のラーメンの大きな魅力の1つである。
「もともとおそば屋さんが先にあって、後にラーメンがついてきた歴史があります。我々が子供のころはラーメンの出前もそば屋からとることが多かった。
まだまだ浅い歴史の中で、山形のラーメンは伸びしろだらけで、自由で縛りがありません。これからもどんどん新しいものが広がっていくと思います」(桜井店主)
「ラーメンの聖地、山形市」を創る協議会の立ち上げ
こちらは山形市にある名店「麺辰」(筆者撮影)
山形市にある名店「麺辰」の店主・鈴木敏彦さんは2022年11月に立ち上げた「ラーメンの聖地、山形市」を創る協議会の会長を務める。
15歳の頃に山形市にあった「五一ラーメン」の職人の姿に惚れ、3年間修業。その後、名店「寿々喜そば屋」で13年間修業し、2008年に独立した。全国的にも珍しいそば屋出身のラーメン店主である。
「私が店をオープンした頃は、山形が『ラーメン王国』だということは認識したこともなく、全国から山形にラーメンを食べに来てもらおうとは考えたこともありませんでした。
やはりきっかけはコロナの大打撃で、この時に山形のラーメン全体を盛り上げる方法はないかと考え始めたのです」(鈴木店主)
コロナ禍で営業が難しくなったこと、さらにはラーメン消費量で新潟市に王座を明け渡したことがきっかけとなり、山形市がラーメン日本一を奪還するための活動がスタートしたのだ。市内のラーメン店4店が発起人となり、協議会を発足させ、山形市に協力を仰ぎに行った。
市が主導してラーメンを使って県外から観光客を誘致しようという動きがスタートし、市長が2月8日を「山形市ラーメンの日」に制定するなどした。
山形市の活動を今度は山形県全体に広げるべく、「新旬屋 本店」の店主・半田新也さんを中心に動き出している。
「山形に『ラーメン王国』という言葉はもともとありましたが、県内にいると山形市、赤湯、酒田、鶴岡など各地に有名なラーメンがあるので、これで十分だと思ってしまっていました。ただ、県外のイベントに出たことでまったく景色が変わりました。
『山形ってラーメンあるの?』と言われたこともあり、大変ショックを受けて、これからは山形県全体をラーメンで盛り上げていこうというマインドに変わったんです」(半田店主)
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「今年3月にはラーメンとそばの合同イベントを山形市で開催しました。山形のラーメンはもともとおそば屋さんから始まったところも大きく、県は、山形のラーメンとそばを観光資源としてPRしようと、『ラーメン県そば王国』の商標登録を特許庁に出願しています。
これからは県、市どちらの立場からもどんどん山形のラーメンをPRしていきます」(半田店主)
まさに温故知新。「老舗があるからこそ今がある」とそれぞれの店主が口にする。
古き歴史と新しいお店が一体となって山形のラーメンを今後も盛り上げていってくれたら嬉しい。
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井手隊長ラーメンライター/ミュージシャン