岐阜の手摺工場に海外視察団が殺到! 6年で営業利益を5倍にした「N倍チャレンジ」とは?

名古屋市の中心部から車で30分ほど。岐阜県羽島市にある株式会社アルミックの手摺工場では、主力商品である「中層建物用手摺り」などが製造されている。2階建ての外観は何の変哲もない町工場らしい見た目だが、ドイツや中国からたくさんの見学者が訪れているという。視察受け入れのためにつくったパンフレットには「凄い会社があるらしい」という言葉が躍る。いったい何が凄いのか? 『「会社に眠る財産」を掘り起こせ!』(朝日新聞出版)の著者であり、同社をバックアップしたコンサルタント・岡村衡一郎氏に聞いた。

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■創業者が築いたもの×2代目の自分らしさ=N倍チャレンジ

アルミック2代目社長の末武悟さんは、現在46歳。経営を引き継いで6年間で、営業利益を5倍に伸ばしました。大きな設備投資をしたわけでも、人を増やしたわけでも、リストラをしたわけでもありません。「自社の主力商品(一品)である『中層建物用手摺り』をN倍に(2倍、3倍……と何倍にも)伸ばす」──この一点に社内外の関係者みんなの力を束ねて業績アップを実現させたのです。この取り組みのことを、アルミックでは「N倍チャレンジ」と呼んでいます。

悟さんが社長に就任した当初、創業者であり会長であり父でもある末武憲●(※●はにんべんに吾)さんとの間には、会社経営の考え方の違いから生じた溝や葛藤が存在していました。しかし、それらを乗り越えた悟社長の「会長が成果を出したものを自分なりに再活用しよう。一つでもいいから、その上を行くものを出そう」という決心が、のちに「N倍チャレンジ」として結実します。

悟社長は、憲●(※●はにんべんに吾)会長の個性がより強烈に表れていたともいえる会社の弱み──数値への執着心の強さの反面、失われていた工場など他部門への思いやり、連携不足など──を埋めるための対策を後に回し、営業主導という会社の強みを伸ばす取り組みを優先することにしたのです。

■1年も経たないうちに、1.5倍の売上目標をクリア

まずは、売上数値を伸ばす作戦を営業マンと話し合い、社長自らが先頭に立ち実践していくことを最優先しました。その結果、営業体制が整い、「売上高を現状の1.5倍にしよう」という挑戦的な目標にも、臆さず合意できるようになっていきます。以前は話し合いをしても議論がかみ合わず、売上の話になった途端、個々人から不平やグチが出てきていたにもかかわらずです。

それから1年も経たないうちに、1.5倍の売上目標はクリアされていきます。創業以来の強い営業が先導役となって、一品である中層建物用手摺りの売上を伸ばす作戦によって、アルミックの売上は伸びていったのです。

■社長と工場長が二人三脚で工場改革を開始

営業主導の会社という、もともとある強みの裏側には、光が当たりにくい工場による支えがありました。営業の要望を第一に考えて、多少の無理もする。悟社長による改革が始まった頃の工場には、「文句を言わずに、とにかくやる」という暗黙のルールがありました。繁忙期になると、深夜の残業時間は1200時間/6カ月(社員25人の合計)にも及んだと言います。

業績は伸びました。しかし、つくる側の人たちの疲弊感は増えていく一方だったのです。これを機会にと、社長と工場長は二人三脚で、前々から気になっていた工場改革に本格的に着手します。

「今の工場のレベルはゼロだ」

ある日、生産革新コンサルタントだった金田秀治先生を招いた勉強会で、ズバリ指摘された一言は、安本工場長の胸に深く突き刺さります。

「努力していないわけではない。自分なりに改善を進めてきていた中で、金田先生から言われた一言はつらかったです」(安本工場長)

しかし、怒りやくやしさという感情は、人の行動を変える原動力にもなります。安本工場長の憤慨は、アルミックにとっての好機を生み出します。安本工場長は自分の感情が揺さぶられたことをきっかけに、工場を変える当事者として能動的に動くようになったからです。

■「改善成果が毎日わかるシステム」の誕生

さらに、営業主導で一品である中層建物用手摺りの売上を伸ばしたことが、悟社長が以前から気になっていた連携不足の解消に本格的に着手することの必然性を高めていました。一品の売上をさらに伸ばすためには、工場の疲弊感や下請け的な仕事のやり方自体を変えていく必要が出てきたのです。こうした環境下での当事者(安本工場長)の出現は、悟社長にとっては渡りに船でした。

悟社長はアルミックの工場が本来持っている力を発揮できずにいる原因に気づいていました。それは、目の前の与えられた作業が100%の仕事になってしまっていることでした。自分たちの作業を効率的にすることを考えるのではなく、区切られた納期に間に合わせる懸命さが全てだったのです。

誰もさぼっているわけではないのにうまくいかないのは、効率的なやり方がわからないからだという結論にいたります。

まずは、効率を考えていくために、徹底した2S活動(整理・整頓)だけに絞って改革を始めます。さらに、弱点補強のために取り入れたのが「ポイント生産方式」でした。これは、生産性を測る共通のモノサシ(ポイント)を用意して、生産に関わる人たちの目線を合わせつつ、ムリ・ムダ・ムラを徹底的に排除することで、生産性を上げる方法です。

そこから2年で、時間あたりの生産能力を、多いときで10倍、平均値でも5倍の生産高となるまでに高めることに成功します。まずはやってみるところから始めたポイント生産方式は、「アルミック手摺工場の改善成果が毎日わかるシステム」へと発展していきます。工場の見学者を惹きつける目玉にもなる、オンリーワンのシステムとなったのです。「レベルゼロ」と問題をズバリ指摘してくれた金田先生が亡くなる直前の勉強会で、「改善がここまで進むとは思わなかった」と感心されるくらい、見事なスピード改善でした。

■「見える改善活動」から「魅せる工場」へ

悟社長が実現した改革の中でも、特に工場の変化には目をみはるものがあります。悟社長と安本工場長の主導により、「見える改善活動から魅せる工場へ」を宣言した工場の生産部が、単に自分たちの生産性を上げただけでなく、営業部や管理部などの人たちが「自分たちも一丸になって頑張ってみよう」という気持ちになれる突破口を拓いてくれたからです。

「凄い会社があるらしい」と打ち出されたパンフレットには、アルミックの工場内での改善事例が掲載されています。このパンフレットは、日本全国からはもちろん、中国やドイツなどからも、アルミックの取り組みに学ぼうとわざわざ訪れる工場見学者のために作成しました。

■「N倍チャレンジ」を可能にした3つの取り組み

アルミックの工場の仕事の取り組み方には、3つの特徴があります。

1つめは、生産性や効率の改善などの目標設定を、増やす場合は今までの倍、減らす場合は今までの半分をターゲットとすること。

2つめは、設定した目標に近づけるために解決すべき課題の見つけ方です。「そうしないとダメだ」と思い込んでいる業務のやり方を「本当にそうなのか」という目で見直し、課題をあぶり出します。N倍チャレンジは同じやり方では実現できないから、前提を疑ってみることで改善点を見つけようとするのです。

3つめは、仕事は「作業」だけではなく、「作業+改善+変化」で成り立っていると、みんなで自覚すること。これらを基本に、今の仕事にすでにあるものを改善したり、ないものを加えたりしながら進めていきます。

いずれの視点も「自分たちが変化していこう」という視点で、仕事に取り組んでいく上で、外せないものばかりです。人は、高い目標を達成したいと決めると、それまでの思い込みを捨て、現実と向き合い、「本当にそうなのか」と自問自答しなくてはならなくなります。その結果、「知恵」を絞って、「モノ(コト)」を変化させていかなくてはならないことに気づくのです。

悟社長は従業員のやる気の火種を見つけては、消えないように、さらに燃えるように支援しています。営業利益5倍の原動力となった取り組み「N倍チャレンジ」は、ボトムアップ的な運動なのです。

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