平均51歳で発症する若年性認知症「会議を忘れてた」が兆候かも

「重要なアポを忘れて帰宅」「会社の大事な備品を出先に置いて帰社」……etc.。高齢者の病だと思っていた認知症は、今や働き盛り世代を直撃している。適切な治療は? 社会の理解や雇用、経済的な支援体制は? 備えるすべを考える。

◆発症の平均年齢は51.3歳。誤診され手遅れになるケースも

 急速な勢いで進む高齢化にともない、認知症に悩む人も増加する一方だ。厚生労働省によると、65歳以上の人口に占める認知症高齢者数は、2025年には約5人に1人になると予測されている。

 一方、認知症といえば、高齢者がかかる病気というイメージが一般的だが、実は統計データを見ると64歳以下で発症する若年性認知症も決して珍しくない。そう語るのは、認知症予防と治療の第一人者である「メモリークリニックお茶の水」の院長朝田隆氏だ。

「私が主任研究者として調査した、厚生労働省発表のデータ(’09年発表)では、全国の若年性認知症患者数は約3万7800人、平均発症年齢は51.3歳でした。しかし、年齢が若いと病院側もまさか認知症とは思わず、うつ病やてんかんと診断されたり、あるいは認知症と診断が確定するまで治療の開始が遅れてしまうこともあります。実際、潜在的な患者はこの数字以上にいると思われます」

 若年性認知症家族会「彩星の会」(東京・新宿区)の森義弘代表も、次のように指摘する。

「’01年に家族会を設立した当時は、認知症は痴呆症という差別的な呼称で、世間の認識は薄かった。ましてや若年性認知症は、老年期に発症する認知症に比べて、患者数も少なかったため、その存在すら見落とされがちでした」

 一般的に、高齢になるほど記憶力に衰えが出始めるものだが、40~50代で極端な物忘れを繰り返してしまうのは、若年性認知症の疑いがあると朝田氏は言う。

「たとえば会社員なら『17時の会議を忘れて帰宅する』『会社支給の重要機材を放置』といったケースですね。ただ、普段の生活は99%まっとうなので、家族はまず気づきません。スーパーでお使いの大根を買い忘れても、『パパしょうがないわねぇ』で済んでしまいますから。なかなか本人の自覚もないうえ、家族も深刻には捉えず、職場で他人に指摘されて初めて気づく事例がほとんど。だから発覚が遅れる傾向にあるのです」

 認知症は、高齢でも若年性でもほぼ同様の症状が表れる。少しでも気がかりな人は、チェックポイントを参照してほしい。

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◆早期発見のためのチェックポイント

1.無気力
仕事、プライベートに関係なく、何事もわずらわしく感じてしまい、意欲が湧かない

2.失語
聴覚や発声に異常はないのに、言葉を話す、聞く、読む、書くことができなくなる

3.記憶障害
物のしまい忘れ・置き忘れが増え、よく探し物をする。待ち合わせの約束を忘れる

4.見当識障害
「今がいつか」(時間)や「ここがどこか」(場所)の判断がうまくつかなくなる

5.実行機能障害
食事の準備ができない、電化製品の使い方がわからなくなるなど、順序立てて物事を行うことが困難

6.失行
ボタンを掛ける、ズボンを下ろすなど、運動機能が正常なのに簡単な日常動作ができなくなる

7.失認
目や耳に異常はないが、水の入ったコップを逆さに持ち上げたり、意味ある対象として認識できない

8.反社会的行動
経済的に困窮していないのに万引を繰り返す。ほか、暴力や痴漢など反社会的行動が目立ち始める
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◆若年性認知症の8割が仕事を失っている現実

 加えて、高齢者の認知症は女性に多いのに対し、若年性認知症は、男性に多いのが特徴だという。

「というのも、高齢者の認知症の原因となる疾患で最も多いのは大脳全体が萎縮して、主に物忘れが起こりやすいアルツハイマー病。一方、若年性認知症は、脳血管性認知症が最も多く、全体の約40%を占めます。これは脳梗塞や、くも膜下出血の後遺症として表れる認知症なので、男性に多く見られるのです」

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<若年性認知症のタイプ>

・脳血管性認知症 39.8%
・アルツハイマー病 25.4%
・頭部外傷後遺症 7.7%
・前頭側頭葉変性症 3.7%
・アルコール性認知症 3.5%
・レビー小体型認知症 3.0%
・その他 17.0%

<年齢階層別若年性認知症有病率>

年齢/人口10万人当たり有病率(人)男/女/総数/推定患者数(万人)

18-19/1.6/0.0/0.8/0.002
20-24/7.8/2.2/5.1/0.037
25-29/8.3/3.1/5.8/0.045
30-34/9.2/2.5/5.9/0.055
35-39/11.3/6.5/8.9/0.084
40-44/18.5/11.2/14.8/0.122
45-49/33.6/20.6/27.1/0.209
50-54/68.1/34.9/51.7/0.416
55-59/144.5/85.2/115.1/1.201
60-64/222.1/155.2/189.3/1.604
18-64/57.8/36.7/47.6/3.775

※ともに厚生労働省’09年3月発表
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 仮に働き盛りの40~50代の男性が、若年性認知症にかかってしまえば、そう簡単に仕事を続けられない現実が待ち構えている。

 ’14年、認知症介護研究・研修大府センターの調査によると、18歳から64歳の就労経験のある若年性認知症患者1411人のうち、自ら退職したのは66.1%、解雇されたのは7.7%。休職を含めると全体で78.3%が失職。仕事を続けている人はわずか5%にとどまっている。朝田氏も実態を次のように語る。

「これまで一家の生計を支えていた大黒柱が働けなくなると、経済的に困窮する可能性があります。奥さんが専業主婦だった場合、働きに出ざるをえないし、そこに高齢の親の介護、自分の子供の養育、そして認知症の配偶者の介護が重なると、負担は非常に重いです。やがて病気の状況が悪化し、一家離散という結末を迎えてしまうケースもあります」

 前述の研修大府センターの調べでは、若年性認知症となってからの収入は、家族の収入が5割以上を占め、あとは本人の障害年金や生活保護費に頼らざるをえない。「発症後に収入が減った」という人は6割を超え、半数以上が「生活が苦しい」と答えている。症状が重度になれば、就労はさらに困難になり、将来への不安は計り知れないものとなる。

◆高度障害保険金で「まさか」に備える

 現状では、認知症を完治させる方法はない。また、若年性の場合、年齢が若いぶん、高齢者と比べて脳が萎縮していくスピードも速いため、早期発見が何よりも重要で、唯一の対策といえる。

「認知症の治療法は、薬での処方しかなく、症状の進行を遅らせることしかできません。発症原因も高齢者と違い、生活習慣の問題よりも遺伝的な要素が強いので、近親者に若年性認知症の人がいたら、注意が必要です。誤診を避けるためにも、『日本認知症学会』と『日本老年精神医学会』に所属している専門医がいる医療機関で受診することをおすすめします」(朝田氏)

 他にも、対策として生命保険の活用がある。保険会社によって異なるものの、生命保険には、高度障害保険金などがあり、若年性認知症の人も該当する可能性があるが、朝田氏によると、あまり知られていないのが現実だという。

 高度障害保険金を扱っている大手生命保険会社に問い合わせてみると、以下の回答があった。

「弊社では、年間約1200件、高度障害保険金に該当する案件があります。ただ、そのなかで若年性認知症の人がどのくらいいるのかは、はっきりわかりません。その理由は、あくまでも判断基準は病名ではなく、症状だからです。たとえば、食事や歩行がご自身ではまったくできず常に他人の介護を要したり、言語機能を失ったり、約款に定める所定の状態となった場合は、お支払い対象となります」

 若年性認知症でも、高度障害保険金受給の対象となりうることは、しっかり覚えておくべきだろう。

 また、保険と同様、社会の側も認知症へのサポートを拡充させている。政府が’12年に策定した認知症施策推進5か年計画(通称オレンジプラン)、その後の第2次オレンジプランで若年性認知症コーディネーターが各県に配置される、コールセンターが開設されるなど支援体制は整いつつある。

 だが、前出の森氏によれば、発症した本人と家族がその支援体制の存在を知らないなど、課題はあるという。誰でも発症しうる病と捉え、備えをしておくべきだろう。

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