フィギュアスケートの羽生結弦選手やスピードスケートの小平奈緒選手が金メダルを獲得するなど、日本中で盛り上がりを見せている平昌五輪。テレビ放送も、フィギュアスケート男子フリー(NHK)の平均視聴率が、関東地区33.9%、関西地区31.7%、名古屋地区34.2%、スピードスケート女子500メートル(TBS系)が、関東地区21.4%、関西地区20.5%、名古屋地区20.3%の高視聴率を記録するなど、盛り上がっています。
その他の競技も軒並み高視聴率を記録するなど景気の良い報道が相次ぎ、「テレビ業界はさぞ沸いているのでは?」と思いきや、「かえって厳しい状況が露呈してしまった」のです。
それはテレビ業界が長年頭を抱えてきたものであり、特に近年は「気づいていながらも変えられなかった」という深刻なものでした。
生放送の魅力と価値を改めて実感
21世紀に入って以降、ネットの普及やレジャーの多様化が進むにつれて「テレビ離れ」が叫ばれ、視聴率の低下が繰り返し報じられてきました。そのためテレビ業界の人々は、五輪やサッカーワールドカップが開催されるごとに高視聴率を獲得し、「コンテンツに魅力があれば見てもらえる」という希望の光を見出してきたのです。
確かに、五輪やサッカーワールドカップは「4年に一度」という希少性の高いイベントではありますが、それ以上に高視聴率のポイントになっているのは、生放送のコンテンツであること。
実際、「箱根駅伝」(日本テレビ系)や各競技の日本代表が出場するスポーツ、「紅白歌合戦」(NHK)や「FNS歌謡祭」(フジテレビ系)などの音楽ライブ、「M-1グランプリ」(テレビ朝日系)や「THE W」(日本テレビ系)などのお笑い賞レース、「24時間テレビ」(日本テレビ系)や「AKB48選抜総選挙」(フジテレビ系)などの風物詩イベントは、すべて生放送番組であり、高視聴率を獲得しています。また、インターネット番組ではありますが昨年話題を集めた「72時間ホンネテレビ」(Abema TV)も、その大半が生放送で驚異的なアクセス数を獲得しました。
視聴者は「何が起きるかわからないハラハラドキドキ」や「目の前で見ているような臨場感」を味わえる生放送に引かれてリアルタイム視聴をしますし、それが高視聴率に直結。さらに近年、「見たいときに、見たいものを見る」というオンデマンド思考が普通のことになった分、相対的に生放送の価値が上がり、「最もSNSで共有したくなるコンテンツ」となりました。
平昌五輪中継の高視聴率は、選手の奮闘はもちろんのこと、「視聴者が生放送の魅力や価値を改めて実感している」という側面も大きいのです。
収録番組が好調の日本テレビに続け
伝説の生放送番組「ザ・ベストテン」(TBS系)や「ニュースステーション」(テレビ朝日系)の司会を務めた久米宏さんも、昨年11月17日放送の「中居正広の金曜日のスマイルたちへ」(TBS系)で、「テレビは生放送がもっと増えれば面白くなる。それがテレビの本質なんです」とコメントし、共演した“日本初のテレビ女優”である黒柳徹子さんも同調していました。
しかし、現在プライムタイム(19~23時)で放送されている民放各局の番組は、9割以上が収録放送で、生放送は「報道ステーション」「サタデーステーション」「サンデーステーション」(テレビ朝日系)と「ミュージックステーション」(テレビ朝日系)くらい。テレビ業界がリアルタイム視聴をベースにした視聴率という指標を使い続ける以上、ハラハラドキドキや臨場感で生放送に勝てないのは明らかなのに、収録放送ばかりなのです。
なかでも現在のバラエティは、「できる限り情報と笑いを詰め込む」のが基本スタイル。収録は放送時間の2倍以上かかるのが当たり前で、それをギュッと凝縮させて、毎分レベルで見どころと笑いどころを盛り込んでいるのです。
その流れを加速しているのが、日本テレビの視聴率トップ独走。日本テレビのバラエティは「最も制作時間が長く、台本を作り込み、徹底して編集する」ことで知られていますが、それらが軒並み高視聴率を記録していることが、その流れを加速しているのです。
また、収録放送にすることでコンプライアンスやクレーム対策を行うことも可能であり、そのリスク管理も含めて、収録番組への偏重が高まっているのは間違いありません。
生放送のバラエティに挑んだテレ朝の失敗
確かに収録のほうが見どころや笑いは多く、リスクも少ないのは明らかですが、「何が起きるかわからない」ハラハラドキドキや臨場感は限定的。収録放送は、「良く言えば安定感があり、悪く言えば意外性が乏しい番組」になりがちです。
もちろん収録放送、生放送ともに長所と短所があり、どちらが良い悪いというわけではありませんが、視聴者としては両方楽しめる形が理想のはず。しかし、「現在は収録放送ばかりに偏っているため、時折放送される生放送への注目度が高くなる」という状況になっているのです。
民放各局のテレビマンたちも、「長年にわたって収録放送に偏りすぎている」という状況や、「ネットの普及でますますスピードやライブ感が求められている」という課題はわかっています。しかし、前述したように、「プライムタイムを収録放送のバラエティで固めた日本テレビが視聴率争いで独走している」こと、「コンプライアンスやクレームのリスクを避けたい」こと、「生放送のほうが予算的に厳しい」ことなどを理由に、報道・情報番組以外の生放送番組を作りたがらないのです。
昨年春にテレビ朝日が「中居正広のミになる図書館」を生放送にリニューアルして話題を集めましたが、秋には早くも断念。「中居正広の身になる図書館」と番組名と内容を再リニューアルして収録放送に戻しました。また、同時期にスタートした「サタデーステーション」「サンデーステーション」も視聴率が低迷するなど番組存続を危ぶむ声があります。
その他の番組でも、生放送を彷彿させるスリルやハプニングを意図的に演出する企画はありますが、昨今の視聴者は「それくらいお見通し」。たとえば、「超危険」と掲げたロケ企画があったとしても、「何もなかったから、収録したものを放送できる」ことを視聴者はわかっているのです。
そのように視聴者の想定を超えられない以上、収録番組はブームになりにくく、つねに低視聴率による打ち切りと背中合わせ。数多くの音楽番組が終了していくなか、「ミュージックステーション」だけが生き残り続けていることも生放送の価値を証明しています。
だからテレビマンたちは、平昌五輪中継の高視聴率を見るたびに、「やっぱり生放送は強いな」「本当は生放送のバラエティも作ったほうが良いけど、できないんだよ」などと思っているのです。
低視聴率の汚名をセルフフォローできない
平昌五輪中継の高視聴率で、もう1つ見逃せないのは、テレビ業界のセルフフォローが機能していないこと。平昌五輪中継が放送されている間、他番組の視聴率は大幅にダウンしていますが、これに対するセルフフォローがまったくないのです。
なかでも、もともと録画率の高いドラマはダメージ大。開会式(NHK)が視聴率28.5%を記録した9日の「アンナチュラル」(TBS系)は9.0%。男子スキージャンプ個人ノーマルヒル(NHK)が20.7%を記録した10日の「もみ消して冬」(日本テレビ系)は7.1%。女子カーリング(NHK)が13.8%を記録した15日の「隣の家族は青く見える」(フジテレビ系)は4.6%。スピードスケート(テレビ朝日系)が22.5%、スキージャンプ団体戦(NHK)が14.0%、女子カーリング(日本テレビ系)が11.3%を記録した19日の「海月姫」(フジテレビ系)が5.0%(すべて関東地区)。それぞれ最低視聴率に大幅に更新しました。
「面白くないから見ない」のではなく、「五輪中継はリアルタイム、ドラマは録画」と使い分けているに過ぎないのに、連日フィーチャーされるのは低視聴率ばかり。せめて平昌五輪の期間だけでも録画視聴率を積極的に公開すればセルフフォローにはなるのに、スポンサーの手前などもあって、それすらできないのです。
低視聴率のセルフフォローができない以上、「五輪は面白いけどテレビはつまらない」「テレビ番組なんてこんなもん」などの悪いイメージは膨らむ一方。あるドラマのスタッフに話を聞いたら、「低視聴率が報じられるたびに悔しいし、撮影現場の士気も下がってしまう」、ある中堅俳優も「本音を言えば悲しいですが、自分のできることをやるだけ」と嘆いていました。
テレビ業界は、世間の人々だけでなく、身内に対しても低視聴率の汚名をセルフフォローできていないのです。
今後はビッグイベントのテレビ放送が危機に
話を生放送に戻すと、最大のコンテンツであるスポーツ中継は、今年からDAZN(ダ・ゾーン)がサッカー、野球、テニス、バレーボール、バスケットボール、ラグビー、格闘技、カーレースなどの主要スポーツをカバー。地上波からCS放送を飛び越えて、動画配信サービスへの移行が進んでいるだけに、テレビ業界にとっては驚異の存在となっています。
五輪やサッカーワールドカップなどのビッグイベントも放映権料は高騰する一方で、「収支は赤字」というのが現実。さらに、裏番組は低視聴率で苦しみ、現地への人材派遣の負担も大きいなど、ネガティブな要素が大きくなっています。「もしテレビ業界の広告収入が下がったら、ビッグイベントの生放送は成立しなくなる」、そんな近未来の姿が浮かぶからこそ、テレビマンたちは平昌五輪の高視聴率を素直に喜べないのです。
最後に余談ですが、私自身、連日仕事中も平昌五輪中継を見ているヘビーウォッチャー。選手たちの奮闘には理屈抜きで感動しますし、毎日楽しい時間を与えてもらっています。しかし、テレビを愛する一人としては、「ドラマやバラエティも負けない魅力を持っているのに……」という歯がゆさを拭い去れません。選手たちを称える気持ちと同じくらい、現場で奮闘するスタッフやキャストが報われることを心から願っています。