年収は300万円以下、本当に稼ぐべきは月10万円、50代で仕事の意義を見失う、60代管理職はごく少数、70代男性の就業率は45%、80代就業者の約9割が自宅近くで働く……知られざる「定年後の仕事」の全貌――。 漠然とした不安を乗り越え、豊かで自由に生きるにはどうすればいいのか? リクルートワークス研究所研究員・アナリストの坂本貴志氏は、新刊『ほんとうの定年後 「小さな仕事」が日本社会を救う』において、豊富なデータと事例から「幸せな定年後の生活」の姿を明らかにしている。一体どういうものなのだろうか?
定年後をどう生きるか?
近年、高年齢者の労働参加が急速に進んでいる。 総務省「国勢調査」によれば、2020年における70歳男性の就業率は45.7%とすでに半数近くの70歳男性は働き続けるという選択を行っている。女性の高年齢者に関しても、ここ10年ほどで労働参加が急拡大している。 少子高齢化で生産年齢人口が減少するなかで、高年齢者の労働参加に対する社会的な期待は年々高まっている。近い将来、定年後も働き続けることはますます「当たり前」になっていくだろう。 こうしたなか、定年後の働き方について、どれだけの人がその実態を知っているだろうか。世の中の定年後の就業者がどのような仕事をしていて、そこでどういった働き方をしているか。 おそらく当事者であってもその全体像はわかっていないのではないだろうか。現役世代(『ほんとうの定年後』では、本来は定年後の人も仕事をしているという意味で現役ではあるものの、便宜上、定年である60歳未満の就業者を「現役世代」としている)の人はその実態はなおさらよくわからないのが現状だろう。 組織で働いている人であれば、仮に自身が30代だったとして、自分が10年後にどういう働き方をしているかは組織内の40代を見れば想像がつく。40代の人も同様に50代を見ればわかるだろう。 しかし、定年後の働き方はなんともよくわからないのである。多くの人が思い描く定年後の働き方はおそらく再雇用を始めとする継続雇用だと考えられるが、生涯現役時代である現代においては、70歳になっても、またそれ以降に働くことも十分に考えられる。 そう考えれば、継続雇用の期間というのは多くの企業で5年ほどであり、あくまで定年後のキャリアの一部分にすぎない。その後、60代後半、70代前半、70代後半と歳を重ねる中で、人はどのような仕事に携わるのか。それは、なかなか想像が難しい。 一方、高齢の方が働いている光景を街中で目にする機会は、日に日に増えている。私の生活圏内にあるコンビニエンスストアでも80歳近いとみられる女性の方が働いている。商品を決済したり品物を陳列したりしている様子を見ると、その手さばきは決して速いとは言えないが、その方のゆっくりとした仕事ぶりからは、自分なりのペースで少しでも世の中に貢献したいという思いを確かに感じる。 また、各種施設で活躍されている警備員・管理人には高齢の方が多い。駅前の車両の管理、公共施設の整備といった仕事についても、日頃意識している人は少ないだろうが、こうした仕事が私たちの日々の生活を陰ながら支えている。 彼らがなぜ歳を取ってまで働いているのか。その個々の事情まではわからない。生活には十分に余裕があるが少しでも誰かの役に立ちたいと思って仕事をされている方もいれば、日々の家計の足しにすることを目的としながら働いている人もいるだろう。場合によっては年金の支給額が不十分で、働かなければ生活ができないというひっ迫した状況にある人もいるかもしれない。
意外と知らない「定年後の仕事の実態」
『ほんとうの定年後』の目的は、定年後の仕事の実態を明らかにすることにある。 ここでいう「定年後の仕事」とは、概ね60歳以降の仕事を指している。多くの企業では定年制度を定めており、その設定年齢は60歳が最も多い。場合によっては65歳を定年に定めている企業もある。 『ほんとうの定年後』で扱う定年後の仕事には、多くの企業で行われている65歳までの再雇用の仕事も当然含むし、その前段階の50代における状況も分析対象としているが、『ほんとうの定年後』がとりわけ焦点に当てているのは長く勤めてきた会社を離れた後の仕事である。 『ほんとうの定年後』は3部構成になっている。 第1部では、家計の収入や支出、仕事内容などに関する様々なデータから、定年後の仕事の実態を、15の事実としてまとめた上で明らかにしている。 データの分析によって、たとえば、平均的な家計において定年後に本当に稼ぐべき額は月10万円程度であることだったり、キャリアの中で人は仕事に対する意義を見失うタイミングがあり、多くの人は50代でその転機を経験することなどがわかる。第1部を読めば、定年後の仕事の全体像をつかむことができると思う。 第2部では、7人の定年後の就業者の事例を通して、歳を取るにつれて仕事に対する姿勢がどのように変化していくのかを追った。 第3部は、第1部と第2部で明らかにした定年後の仕事の実態を前提として、少子高齢化が進展していくなかで、社会が定年後の仕事に対してどう向き合っていけばよいのかについていくつかの提案をしている。 定年後の仕事の実態を明らかにするという『ほんとうの定年後』の目的に照らして考えたとき、その中核にあるのは第1部と第2部である。
「小さな仕事」が日本経済を支える
ここで第1部と第2部の結論を先に簡単にまとめておきたい。 定年後の仕事の実態を丹念に調べていくと浮かび上がってくるのは、定年後の「小さな仕事」を通じて豊かな暮らしを手に入れている人々の姿である。 さらに明らかになるのは、このような定年後の「小さな仕事」が必要不可欠なものとして人々の日々の暮らしの中に埋め込まれており、かつそれが実際に日本経済を支えているという事実である。 もちろん、定年後の人々を取りまく状況は多様だ。企業の管理職や高度な専門職に就いて、生涯において仕事で大きな成功を続ける人もいるだろうし、現役時代に仕事を通じて貯蓄に励み余生を悠々自適に過ごす人もいる。またその正反対に、生活費を稼ぐために歳を取っても必死で働いている人もいるだろう。 こうした人々が存在するのは紛れもない事実である。しかし、こうした姿はもはや定年後の「典型」ではない。『ほんとうの定年後』で焦点を当てるのはむしろ、定年後の「小さな仕事」に無理なく従事しながら、日々慎ましくも幸せな生活を送っている人たちの姿だ。なぜなら、このような人たちの姿が高齢期の「典型」であることを、様々なデータが教えてくれるからである。 さらに、事例を通じて、多くの人が現役時代から定年後のキャリアに向けた移行期に悩む経験をすることがわかってくる。そして、その転機に向き合うことで、競争に勝ち残り、高額の報酬を得ることだけがキャリアの目的ではないことに、人は気づいていく。 『ほんとうの定年後』で紹介する定年後の就業者の方々の姿からは、現役時代とは全く異なる仕事に対する向き合い方について、そこに至るまでのプロセスを追体験できると思う。『ほんとうの定年後』を読み進めるにあたってのいくつかの留意事項を記しておきたい。 第1部では様々なデータを用いて定年後の仕事の実態を明らかにしているが、データは政府統計を中心に構成している。統計データの調査年に関しては概ね2019年を中心に取っている。2020年以降は、新型コロナウィルスによる給付金の支給や一部業種での景況感の悪化などから、家計経済や働き方が一時的に大きく変動したためである。 政府統計で捕捉が難しいものに関しては、リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査」を用いている。同調査は、およそ5万人の調査対象者に毎年質問を送る大規模パネル調査となっており、公的統計に準拠するレベルの調査となっている。 著者が実施した簡易的な調査である「シニアの就労実態調査」のデータも一部で利用している。同調査はシニアを中心とした約4000人の方に対して行ったインターネットモニター調査である。公的統計などでは取れないシニアの仕事に対する考え方などを聞いており、『ほんとうの定年後』では一つの参考データとして用いている。 また、第2部について、登場人物はいずれも仮名である。それぞれのエピソードは著者が行ったインタビューの結果に基づいており、いずれも実際に行われたインタビュイーの発言を記述したものであるが、掲載にあたっては匿名性の担保などの理由から大きく編集を行っている。このため、いずれの事例も架空の人物のエピソードということで理解いただきたい。 漠然とした不安を乗り越え、豊かで自由に生きるにはどうすればいいのか。『ほんとうの定年後』を通じて定年後の仕事の等身大の姿を知ることが、その一助となれば幸いである。
坂本 貴志(リクルートワークス研究所研究員・アナリスト)