幻冬舎の非上場化は、出版業界激変の「一里塚」

 幻冬舎は2011年3月にもジャスダック上場を廃止する見通しだ。
 幻冬舎社長の見城徹氏が代表を務める特別目的会社TK ホールディングスが、幻冬舎の普通株式と新株引受権をTOB(公開買付け)により取得。買付け期間は11月1日から12月14日まで、買付け価格は普通株式1株につき22万円。買付け予定数は2万7499株、買付け代金は60億3878万円にのぼる。
 買い付けに必要な資金は幻冬舎のメインバンクであるみずほ銀行が貸し付ける。見城氏自身も8300株(第2位、23%)を保有する大株主だ。今回の公開買い付けに参加、得た資金約15億円はTKホールディングス経由でみずほへの借り入れ返済に充当される。
 株式買付成立後、11年2月にも幻冬舎は臨時株主総会を開く。TKホールディングスが幻冬舎を完全子会社化する。その後、TKホールディングスを消滅会社とし、幻冬舎を存続会社とする吸収合併を行う。このスケージュールならば3月にも幻冬舎は上場廃止となるだろう。
 新生「幻冬舎」は見城氏が全株保有する会社としてスタートする。
 幻冬舎の業績は堅調だ。前2010年3月期に大ヒットした『巻くだけダイエット』効果(170万部、営業利益3億円寄与)が、今期は剥げるものの、返品率が7ポイント改善するのが大きい。重版も順調にかかっている。
 今期売上げは125億円(4.6%減)ながら、営業利益は17億円と微増益を確保する見通し。業界で見ると、幻冬舎は勝ち組だ。講談社、小学館、光文社は08~09年度にかけて2期連続最終赤字、文藝春秋も09年度最終赤字に転落するなど、出版各社は苦境に喘いでいる。
 にもかかわらず、幻冬舎が「非上場化」の道を選ぶのはなぜか。
 「他社が感じているよりは、うちの危機感は強い」と久保田貴幸取締役は話す。
 見城氏が具体的に非上場化を考え始めたのは今年の夏頃。「よりいい本を作って、知らしめれば本は売れる」と見城氏はこれまで信じてきた。だが、本当にそれでいいのか、いまの出版のビジネスモデルが今後も通用するのか、疑問は心の中で大きくなっていた。なにしろ、09年度の出版の販売金額は5年連続で前年を下回り、21年ぶりに2兆円を割れた。
 幻冬舎の1株純資産は36万円(10年6月末)。対して株価はその半値以下で推移していた。これはなにを意味するかと言えば、これから幻冬舎は資産を食いつぶしていくだろう、と市場が考えているということだ。まさに、ディスカウント・キャッシュフロー。「小さなヒット作を作り、小手先で結果を求めても仕方がない」(久保田氏)。
 「経営と資本を一体化させ、構造改革をしないと生き残れない」。見城氏の危機感が非上場化の道を選択させた。
 加えて、上場のメリットがまったくない、と幻冬舎が考えたのも事実。上場のコストは人件費も含め「年間1億円」(久保田氏)かかる。株価は低く、このカネ余りの金融情勢では資本市場から資金を調達することはありえない。上場、非上場で、金融機関の格付が変わるわけでもない。「むしろ、上場コストを考えると重荷になる。私自身、上場ディスカウントとよんでいる」と久保田氏も自嘲気味だ。
 見城氏は、幻冬舎を非上場にすることでフリーハンドを得る。目先の業績に囚われる必要もない。中長期の視点で経営ができる。非上場化はむしろ、どんな環境の変化にも耐えるという見城氏の戦闘宣言でもある。
 ときあたかも作家の村上龍氏は11月4日、電子書籍を制作・販売する新会社を5日付けで設立すると発表した。作家の取り分は作品によって変わるが、電子化コスト回収後は、売り上げの90~70%を作家に配分する、という。
 既刊本を電子化する場合は、版元の出版社に、原稿データの提供や生原稿のスキャンなどの「共同作業」を依頼し、その作業の報酬として売り上げを配分するという形をとる。まさに、出版社と著者の関係が逆転するのだ。
 電子書籍化の流れは止められない。そして既存の出版流通は激変するだろう。出版業界にとっては、市場の縮小という大寒波が来ているときに、構造変化の大嵐が襲来するようなものである。
 10年後振り返ったときに、幻冬舎の非上場化は出版業界激変の一里塚だったと言われるに違いない。
(田北浩章=東洋経済オンライン)

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