広告業界トップを走り続けてきた電通グループの2020年12月期における決算は、営業損益が1406億円の赤字でした。また、その後の自社ビル売却や雇用形態の変化(業務委託へシフト)についても話題となりました。業界のトップがこのような状態だったとき、同業他社の業績はどうだったのでしょうか。上場している代表的な20社の営業利益と時価総額の推移を確認してみました。
すると、総合広告会社、紙媒体やイベントを主体とした広告会社9社のうち7社(77%)がコロナ禍で赤字に陥っていました。対してWeb・SNSを主体とした会社はどうかというと、11社中赤字になったのは1社(9%)のみ。デジタルの時代だから当たり前の結果といえばそうですが、果たしてこれはコロナだけの影響でしょうか。例えば、電通は19年の決算で既に33億円の赤字を計上しています。
時価総額をマーケットからの事業に対する期待指標と捉え、各社の時価総額推移を確認しました。すると、顕著な傾向が出ていました。総合広告・紙媒体・イベント系企業の16~21年における時価総額平均成長率は108.3%であるのに対し、デジタル系企業は274.0%となっていました。
ビジネスモデルで分類した広告会社の収益(出所:筆者作成) ※時価総額はIR BANK他、各種公開資料より抽出したため、年次ごとの月のタイミングは一部異なる
電通の16~21年における時価総額年平均成長率(CAGR)はマイナス5.4%であるのに対して、サイバーエージェントは19.5%です。営業利益率においても電通が4.6%であるのに対して、サイバーエージェントは15.7%と収益構造も明らかに異なることが分かります。
この差は、自社独自の事業があるのか、メディアを中心とした他のサービスを販売することが軸になっているかに起因する部分が多いと予想されます。サイバーエージェントはゲーム事業や自社メディア開発に積極的に投資をしてきた企業です。収益モデルも課金型とWeb広告出稿のマージン型でハイブリッドな状態を保持しています。人材の登用の仕方も、若い人材を早期から経営層や子会社の社長に抜擢(ばってき)するなど、起業家精神を育成することに積極的です。5年後、10年後を見据えた戦略的な人材が多く育っていることと思われます。
コンサルが広告業界の仕事を脅かす?
広告業界はその事業の特性上、分析やコンサルティング、ITシステムとも関連性が強く、参入を検討する機会も多く見受けられます。それらの業界を見てみると、コロナをもろともしない企業が何社もあることが見てとれます。
分析サービスを中心に展開するブレインパッドは、時価総額が16年から22年にかけて482%成長しています。SaaS企業のサイボウズも同様に411%成長を遂げています。
これは、一つの要素として、投資の観点が影響していることが見て取れます。
次のグラフは各社のキャッシュフローです。一概に各項目のプラスマイナスだけでよしあしを論じることはできませんが、営業利益率や時価総額成長率の高いサイボウズ、ブレインパッド、サイバーエージェントは投資に積極的であることがうかがえます。広告業界は人が商品といわれることも多く、投資といえば人材採用くらいだというのが定番でした。しかし、伸びている会社は事業開発に投資をしています。そして、広告スキルを持った人材ではなく、他の市場のスキルを持った人材採用にお金をかけています。
コンサルティング業界が「DXバブル」といわれているように、グローバルファームが軒並み従業員数を飛躍的(2倍以上になった企業も複数社)に増やしています。IT支援を中心に展開する内資コンサルティング会社のベイカレントは、17~22年で時価総額が3850%、営業利益はコロナ中でも19年対比267%の215億円、営業利益率は37.3%という驚異的数値を達成しています。
そしてコンサルティング各社は次の図にあるようにさらにその領域を広げる動きをみせています。戦略系コンサルファームはBPR(業務改革)やDX領域へ、総合ファームはブランディングや広告領域を強化し、他のマーケットを獲得しに動いていることが見て取れます。
クライアントも広告領域に進出
また、広告会社が注視すべき競合には、コンサル会社やシステム会社以外では、クライアント企業が挙げられます。
店舗のサイネージ広告を収益の柱にするべく21年9月に新会社まで立ち上げたファミリーマートのようにリテールメディアを構築する小売企業が増えてきました。小売企業のみならずクライアントがメディアを開発し、それを販売することで広告収入を得るという新たな収益源をつくる動きが加速しています。
これはグローバルの動きも後押ししています。例えば、アマゾンの広告収入が3兆円を超え、直近ではユーチューブの広告費を抜きました。ウォルマートの広告収益も5000億円を超えているといわれています。日本では楽天が21年に1579億円の広告売り上げを達成しています。このように従来広告主であった企業がメディア企業へと変貌を遂げ、広告マーケットから収益を奪っていく構図は今後さらに拡大していくことでしょう。
このような周辺マーケットの動きもある中で、今後広告会社はどのような戦略を取るべきでしょうか。市場を取られる側になるか、取る側に回るか、それとも今のポジション・業績をとにかく守ることだけに専念するか、選択の岐路に立たされています。実はこれは今に始まったことではなく、10年以上前から問われていることでした。藤原治さんの『広告会社は変われるか』(ダイヤモンド刊)という大変素晴らしい著書があります。
当時からマスメディア依存体質からの脱却を提言し、広告会社は事業モデルから抜本的に変えていく必要があると述べられています。この本が発刊されたのは07年です。それから15年、果たして変われた広告会社がどれだけあるか。
次に示す、広告会社の戦略の要点は未来のことではなくまさに今求められており、時すでに遅しとさえいえる内容かもしれません。1サービスをあらたにつくるというレベルではなく、次なる収益の柱となる“事業”を本気で立ち上げる必要があります。今から5年後に気づいて着手してもすぐに事業は立ち上がらず、手遅れになりかねません。
そして収益性が上がらず、給与水準が上げられなければ優秀な人材も採用できません。コンサル会社などへ既存社員が流出してしまうリスクもあります。
このように、本気でアクションを起こせる経営者は多くはありません。次に示す4象限の中で自社がどこに位置しているか、その認識によっても実行力は変動します。
右上にある「先駆的チャレンジ」のスタンスの経営者はおそらく窮地に陥ってはいないはずです。なぜなら挑戦や戦略的思考が常なので、早期に対策を講じていくからです。
最も危ないのはもちろん左下の「守り先行、もしくは撤退」です。自社のビジネスが陳腐化していてかつ市場内におけるポジションが弱い。この象限になるともはやチャレンジをするという感覚ではなく、何をそぎ落とすかという守りや撤退の思考が強くなってしまいます。
オフィスを縮小する、人を削減する、給与を下げるなど負のスパイラル状態に陥ってしまいます。こうなる前に右下(事業改革の断行)や左上(事業再生)のゾーンにいるときに、次なる準備を入念かつ迅速に始める必要があります。その際にボトルネックになるのが、経営者の旧来の広告ビジネスに対する執着です。今までの成功体験が否定された気になり改革を断行できない、もしくは中途半端になる。これではいけません。これは否定ではなく、時流への対応なのです。
「広告はなくならない」から安心?
「広告はなくならない」とはよく聞く言葉です。以前は印刷会社の経営者の方からも「印刷はなくならない」とよく聞きました。もちろんゼロにはなりません。しかし確実に減り、そして代替品が現れます。
代替品の脅威が顕在化してから対策をとるのではなく、先んじてその波の前線を捉えて、高い収益を取れるポジションを確保しなくてはなりません。ビジネスは後発企業となると価格競争に巻き込まれ収益性が上がらないことが多くあります。
戦略のマトリクスでいうと、下記の(2)「新商品付加」と(4)「新規事業構築」、つまり新しいサービスや事業を構築するということが広告業界では求められています。旧来のサービスにさらに磨きをかけて価値を上げればまだいけるという声もたまに耳にしますが、それは針の穴を通すような作業です。なぜなら今まで皆さまが相当なる努力で磨きをかけてきた成果が今なのですから、そこから飛躍的に向上するというのは難しいといわざるを得ません。
今までの歴史と今いる従業員、顧客、制度など、どの企業も既存の課題を抱えていることに相違ありません。
変えにくい実情が山ほどあることも、どの企業も同じです。
しかし再度「広告会社は変われるか」とコロナを機にそれを問われていると感じています。
最後までお読み頂きありがとうございました。