復活託す「第3のエコカー」

【空洞化の向こう】ものづくりの選択(3) 神奈川県横須賀市の京浜急行追浜(おっぱま)駅。かつては日産自動車の国内最大級の生産拠点だった追浜工場に向かう夏島貝塚通りは、シャッターを閉めたままの店が目立つ。さらに進むと、7千平方メートル以上ある日産の社宅跡地が駐車場などに姿を変えていた。
 平成22年3月、日産は追浜工場で年10万台前後生産していた小型車「マーチ」をタイ工場に全面移管した。現地部品を使い、逆輸入される「国産車」の登場は国内に衝撃を与えた。
 追浜工場は20年間で年間生産が3分の2の24万台になり、研究部門の移転も加わって6800人いた従業員は3千人に減った。「初めは徐々にという感じだったが、ここ数年は街から一気に人がいなくなった」と商店会の織田俊美代表理事は、ため息をつく。
 期間従業員や派遣社員も減って賃貸住宅は「空き部屋が増えた」(不動産店)。1学年で8クラス程度あった近くの小学校も現在は全学年で8クラスだ。
 自動車産業は国内出荷額が製造業全体の15%、輸出額も19%を占める基幹産業だ。家電やデジタル製品が中国、アジア生産を強めるのに対し、雇用維持と競争力強化のはざまで揺れる。
 トヨタ自動車のお膝元、愛知県豊田市の堤工場は国内販売首位を誇るプリウスの生産拠点。生産ライン脇に工程ごとにねじが置かれ、必要な分を機械が効率よく取り込む。ライン稼働を3~5秒短縮し、年間数十万円のコストを削減。同社は昨年、全体で1800億円の原価低減を果たした。
 ダイハツ工業は軽自動車「ミライース」開発でデザイン、インテリア、ボディーなどの機能別組織を一本化、設計やデザインのやり直しを半減し、開発期間を4年から1年8カ月ほどに短縮した。「開発コストの大幅削減」(福塚政広・上級執行役員)で国内生産でも80万円を切る価格にした。
 日産とダイハツは九州工場の地の利を生かし韓国製部品導入を拡大。「外貨で買え、関東や東海よりも輸送費が安い」(日産自動車九州の児玉幸信工場長)利点がある。いずれも国内生産維持のための戦略だ。
 日産は資本提携する仏ルノーと車台の共通化を進めており、ルノーが韓国で生産するSUV(スポーツ用多目的車)向け部品を活用しやすい。「部品の品質も相当に上がっており欠陥率も低い」(日産の加藤和正常務執行役員)と評価する。
 トヨタも「海外部品を増やし、国内生産を円高に強い体質に変える」(小沢哲副社長)覚悟だ。
 ただ、完成車メーカーのように国内外を両にらみできる体力のない部品各社は、「国内の自動車産業は数年で5分の1になる」(キーセット大手ユーシンの田辺耕二社長)と脱大手の道を探る。
 同社は今年、メキシコ、ブラジル、ロシアでの新工場建設を決定。逆輸入で日本に売り込むほか、海外企業への販路拡大を目指す。
 軸受け大手のNTNは電気自動車(EV)の事業化を進めて「新規格の都市型EVで車体メーカーになる」(加藤義夫取締役)と、こちらは「脱部品」を模索する。シート大手のタチエスも研究部門を再編し「新規事業開発に本腰を入れる」(田口裕史社長)。
 こうした中、縮小路線の日産・追浜工場に希望の光が差し始めた。日産は来年にもマーチと同クラスのコンパクトカーを投入する計画で、生産拠点として追浜工場が浮上しているのだ。
 ガソリン1リットル当たり30キロ超走行できる「第3のエコカー」といわれる世界戦略車。「品質、コスト、販売地域などの項目でタイ工場と比較し、タイに勝ることがはっきりすれば追浜生産を最終的に判断する」(片桐隆夫副社長)段階だ。
 タイから逆輸入したマーチが出荷を待つ追浜工場の埠頭(ふとう)に再び、輸出用のコンパクトカーが並ぶ…。それは、基幹産業として空洞化を食い止める日本の自動車産業の象徴になる。

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