長野県白馬村で地価が急上昇している。スキー場を中心とした観光地として知られる白馬村だが、同村の地価(商業地)は、昨年度から約30%もの上昇を記録。背景には、インバウンド需要の回復や開発の加速がある。
しかし、こうした急激な変化は、地元住民の暮らしにも大きな影響を及ぼしている。立ち退きを迫られる事業者や、家賃高騰に直面する住民もいるという。観光地の「発展」がもたらす光と影に迫った。
全国4位の地価上昇率、村に何が起きているのか
長野県白馬村の商業地の地価は、昨年度から約30%の上昇を記録した。この上昇率は、半導体工場の需要に沸く熊本県菊陽町や北海道千歳市に続き、全国で4位となる数字である。
村内では、地上5階建ての大型コンドミニアムの建設が進むなど、大規模な開発も相次いでいる。
特に村の玄関口である白馬駅前では、企業による用地の買収により、20件の区画中、7件が土地を売却。土産物店など、複数の店舗が空き家となっている様子も確認できた。
地価上昇の要因を、不動産鑑定士の冨田建さんは「インバウンド需要の増加が主な要因」と分析する。
「『この土地が欲しい』という人が増えれば土地の価格は上がります。スキー場で有名な白馬村は、特に雪の少ない国々からのニーズが高い。インバウンド向け事業をする方にとって魅力なのでしょう。北海道のニセコでも数年前に同様のことが起きました」
また、冨田さんは「海外からの不動産需要も確実に存在する」とも指摘する。
立ち退きを迫られる地元事業者たち
急激な開発の波は、地元で事業を営む人々の生活にも確実に影響を及ぼしている。白馬駅前のテナント物件でマッサージサロンを営む坪井さんは、今年7月、突如として物件のオーナーから立ち退きを迫られた。
白馬村の魅力に惹かれ、約12年前に移住してきたという坪井さん。地元の整体院で経験を積み、6年前にマッサージサロンを開業したという。
「20年以上使用されていなかったスケルトン物件を借りて、古民家などの解体で出た廃材なども再利用し、ゼロからお店を作り上げました。だから、立ち退きはショックですね。できればここで事業を続けたかった、という思いはあります」
廃材などで作り上げたという、坪井さんのマッサージサロンの内装
坪井さんによれば、このテナント物件のオーナーが宿泊業を営んでおり、この物件も「宿泊業に使用したい」という理由で、立ち退きを求められたそうだ。
立ち退きが決まってから、店の移転先を探していた坪井さん。11月末にようやく移転先が決まったが、物件探しは決して簡単ではなかった。
「今の物件の家賃は7万円で、相場からすると安い方です。高いところだと、同じような築年数、広さの物件で30万円という場所も。場所が良くても駐車場がないとか、除雪した雪の捨て場がないとか、いろいろな点を考えると『どこでもいい』というわけにはいきませんでした」
坪井さんの周囲の事業者でも、「オーナーが物件を売却する」などの理由で立ち退きを求められたものの、物件がない、家賃が高すぎるといった理由で、移転先探しに難航する人も。隣の大町市に引っ越しを余儀なくされたケースもあるという。
「私は白馬村内で移転先を見つけることができました。家賃も変わらず7万円程度ですが、設備は少しランクダウンしてしまいます」
地価上昇は「適正価格への回帰」か
一方で、白馬村役場建設課は、今回の地価上昇を「適正価格に戻っているという見方もできる」と話す。
実際、長野オリンピック前後のスキーブーム時と比較すると、現在の地価は当時の5分の1程度に落ち込んでいるという。
「上昇率としては確かに高いものの、価格自体はまだ安いという見方もできます」(白馬村役場建設課)
ただし、家賃や地価の上昇により、住宅取得が困難になる村民がいる一方で、土地を高く売却したいと考える住民もおり、行政としては状況を見極めながら対応を検討していくとしている。
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坪井さんは、白馬村の現在の状況に対して、「地元の人にとって、もっと住みやすいまちになってほしい」と思いを述べる。
取材に応じる坪井さん
「もともと、白馬村は一般の賃貸アパートが少ないんです。最近は新築アパートも増えてはいますが、ワンルームで10万円、3LDKで18万円など、東京23区と変わらない家賃設定です。もう少し長野県民に寄り添った金額でアパートを建ててくれないかな、とは思います」
自身が住むアパートも古く、もし「出ていってほしい」と言われたら「次に引っ越せる物件がない」と坪井さん。そうなった時は、近隣市への転居をする必要がありそうだと考えている。
「この村は観光地ではあるんですけど、その観光地を支えているのは、地元に住む人間です。まず、地元の人が住みやすい村であってほしい」