自分の性欲を興奮させ、満足させる目的で行わなければ、強制わいせつ罪は成立しない-。こんな最高裁判例が、約半世紀ぶりに変更される見通しとなった。法曹関係者の間でも「評判が悪かった」とされる判例。最高裁大法廷で開かれた刑事事件の上告審弁論では、判例変更に反対する弁護側と、変更を求める検察側の意見が真っ向から対立した。
対立する意見
「性的意図がなくても強制わいせつ罪が成立すると解釈すれば、医療行為や介護行為が処罰対象となってしまう」
10月18日。弁論で弁護人が15人の最高裁裁判官を前にこう訴えた。
これに対し、検察側は今年6月に成立した性犯罪の厳罰化を盛り込んだ改正刑法を引き合いに、「性犯罪に厳正に対処する必要性が高まる中、判例の解釈は妥当性を欠くものとなっており、変更すべきだ」と主張した。
強制わいせつをめぐる判例が変更される可能性が明らかになったのは6月。強制わいせつ罪などに問われた男(40)の上告審が、大法廷で審理されることが決まったためだ。
裁判長を務める寺田逸郎長官を含め、最高裁裁判官が15人全員で構成する大法廷へは、憲法判断や判例変更を行う場合のほか、重要な論点が含まれる場合に審理が回付される。
男は、平成27年1月に13歳未満の女児の体を触っている様子を携帯電話で撮影するなどしたとして、児童買春・ポルノ禁止法違反罪や強制わいせつ罪に問われている。問題となっているのは、男の「性的意図」だ。
強制わいせつ罪について無罪を主張する弁護側の根拠となっているのが、最高裁が昭和45年1月に示した判例。報復目的で女性の裸の写真を撮影したとして、強制わいせつ罪に問われた男の上告審で、同罪の成立には「自分の性欲を興奮させたり満足させたりする性的意図が必要」と判示した。
最高裁判例の背景には、医療や介護従事者ら性的意図なく相手の身体に接触するような人が、強制わいせつ罪に問われないようにとの配慮があったとみられる。
今回のケースでも、男は「知人から金を借りる条件として、女児とのわいせつ行為を撮影したデータを送るよう要求された」と供述。弁護側は性的意図はなく、強制わいせつ罪は成立しないと主張している。
「評判悪い判例」
最高裁判例は地裁や高裁の判断に大きな影響を与えるが、あるベテラン刑事裁判官は「もともと評判が悪い判例だった」と話す。
通常、多くの犯罪は「行為」と「故意」があれば成立する。ただ、この判例を前提とすると、強制わいせつ罪にはそれに加えて、性的意図という「主観」を求めていることになる。
似た例が通貨偽造罪だ。刑法は「行使の目的で、通用する貨幣、紙幣または銀行券を偽造し、または変造した者は、無期または3年以上の懲役に処する」と規定。通貨の偽造という「行為」と「故意」に加え、行使の目的という「主観」を求めている。
ただ、通貨偽造罪が「主観」を条文に明記しているのに対し、強制わいせつ罪は明文ではなく判例によって「性的意図という主観が必要」と解釈されてきた。
ベテラン裁判官は「強制わいせつの場合、被告に性的意図があってもなくても、体に触るなどの行為をしていることに違いはないわけだから、一般的な理解が得にくい」と話す。
実際、今回の被告について1審神戸地裁判決は「犯人の性的意図の有無によって、被害者の性的自由が侵害されたか否かが左右されるとは考えられない」とし、最高裁判例は「相当ではない」と判断。同罪の成立を認め、2審大阪高裁判決も支持した。
一方、仮に判例変更をするとしても、最高裁の言及の仕方によって、影響範囲は異なってくる。注目の判断は11月29日に示される。
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強制わいせつ罪 13歳以上の人に暴行・脅迫をしてわいせつな行為をした、または、13歳未満の人にわいせつな行為をした場合に成立する。法定刑は6月以上10年以下の懲役。暴行・脅迫は「被害者の意思に反して」程度でよいとされる。