愚かな成金国、日本のとるべき道とは? 大富豪の老人が、職探しをするようなもの

2012年末の日本の対外純資産(対外資産と対外負債の差額)は、約296兆円となった。これは、断然世界一だ。
しかも、いま初めて世界一になったのでなく、1991年以降、22年連続で世界一を続けている。12年末の数字でも、2位の中国(約150兆円)や3位のドイツ(約122兆円)をはるかに引き離している。しかも、対外資産はいまでも増え続けている。米国や英国の対外純資産がマイナスであることと比べると、雲泥の差だ。日本はストック面で豊かな国なのである。
一方、フローの面では、日本経済の成績ははかばかしくない。90年代以降、名目GDP(国内総生産)は縮小を続けている。97年度には521兆円だったが、12年度には475兆円だ。つまり、日本は、フロー・プアでストック・リッチなのだ。
ただし、ストックについて問題がないかといえば、そうとは言えない。次のような問題を指摘できる。
第一は、資産の運用である。これだけの金持ちであれば、世界の主要企業を買い占めて、それらを支配することも不可能ではあるまい。しかし、実際には、証券投資が大部分なのだ。12年末の状況を見ると、対外資産総額662兆円のうち、証券投資が305兆円だ。つまり受動的な運用なのである。直接投資(経営参加などを目的とする投資)は、90兆円にすぎない。
また、日本は巨額の外貨準備を持っている(12年末で109兆円)。変動為替制度の下では、本来は外貨準備は必要ないのである。何のために必要なのかわからない資産を持っているのだ。
第二に、運用が受動的である結果として、運用利回りが高くない。これは、とくに外貨準備について言えることだ。その運用は、ほとんどは米国債への投資であり、収益率も低い。産油国や中国が、「ソブリンウエルス・ファンド」を作って運用成績を上げているのと対照的だ。
日本の運用収益が低いことを間接的に証明しているのが、英米は対外純資産が赤字であるにもかかわらず、所得収支はプラスであるという事実だ。これは、日本が低いコストでこれらの国に資本を供給しているからである。
日本は、うなるほどのカネを持ちながらその運用法を知らない愚かな成金なのである。表現は悪いが、そう言わざるをえないのが実情だ。
■かつて若かった日本は急速に高齢化
ところで、ストックの蓄積と人口構成は、密接に関連している。
図に示すのは、65歳以上人口の比率だ。1960年、日本の比率は5.7%であり、図に示す他の国よりずっと低かった。日本はまさに高度成長を始めようとする若い国だったのだ。他方で、英国は、「英国病」に悩む老大国であった。
ところが、10年には、日本の比率は23%となり、他の国より高くなってしまった。この半世紀間に急速に高齢化したのである。いまや英国の比率も、日本よりかなり低い。人口が高齢化すれば、ストックの蓄積が進む。だから、日本がストック・リッチになったのは、自然な現象なのである。
図で明らかなように、日本と対照的なのが、米国である。10年において、米国の65歳以上人口比率は13.1%であり、日本の半分程度でしかない。米国は、若い国なのだ。
米国の経常収支は巨額の赤字である。これは、国内の投資が国内の貯蓄を超えていることを示している。投資とは、将来の消費のために現在の消費を犠牲にすることだ。これが多いのは若い国の特徴である。だから米国の経常収支が赤字になるのは、必ずしも不健全なことではない。米国の成長を人々が信じれば、資金流入は続き、金利高騰などの問題は起こらない。
それに対して、日本のように老齢化した国は、過去に蓄積した資産に依存すればよいのだ。
日本の高齢化は、今後も進む。国立社会保障・人口問題研究所の将来人口推計によれば、65歳以上人口の比率は、2060年頃に約40%という定常値に至るまで上昇する。定常状態では、0~14歳が10%、15~64歳が50%という構成になる。15~64歳の労働年齢人口1人に対して、それに依存する0~14歳と65歳以上人口の和が1という状況だ。こうした人口構成で経済活動を支えられるだろうか。歴史上このような国はなかったので、これからの日本は、人類初の実験に挑戦することになる。
■硬直化した制度や意識こそ問題
高齢化率が高い経済においてストックの活用は不可欠だ。つまり、成熟した経済国としての行動が必要だ。ただ、そのためには、制度や意識を大きく変える必要がある。
ところが制度も意識も60年頃のままだ。フローを稼ぐのが必要という考えから脱却できず、ストックの活用という発想をしないのである。
その好例が、対外資産の運用である。現在の日本の対外資産(約662兆円)は、GDP(475兆円)をかなり超えている。したがって、仮に運用利回りを1%ポイント高めることができれば、GDP成長率を同率だけ高めた以上のことになるのだ。しかし、そうした発想をしない。
また、日本の財政は、高額の資産を放置して、若年層の賃金所得に負担を求めている。ストックを活用していないのだから、赤字が拡大するのは当然のことだ。
たとえて言えば、働けなくなったが巨額の資産を持っている老人が、資産を活用しようとせず、何とか働き口はないかと探しているようなものだ。
フローの面で新しいものを作り出す製造業だけが「実業」であり、すでに存在している資産やストックの活用は付加価値を生まないと考える。したがって、資産運用や金融活動は「虚業」だという発想から抜け出せない。
人口が高齢化した経済で、製造業や投資に成長の主役を求めるのは間違っている。五輪開催を利用して、高度成長期と同じような投資主導経済を実現しようというのは、アナクロニズム以外の何物でもない。こうしたことを夢見る人は図に示した大きな変化を認識していないのだ。
金融緩和で成長が可能になるというのは、幻想に過ぎない。改革を拒否しているだけのことだ。規制緩和の必要性は叫ばれるが、最も重要な規制緩和である移民の受け入れになると、断固拒否する。
すでに見たように、米英は人口構造上若い国である。これは、移民を積極的に受け入れているからだ。
仮にフロー重視、投資重視の成長戦略を取るのであれば、人口構造を若く保つために、移民の受け入れは不可避だ。それを拒否するのであれば、老人国型の戦略を取るしかない。移民を拒否しながら、若さを求めるのは間違っている。
いまの日本で最大の問題は、人々の考えが硬直化していることだ。考え方を世界で最も大きく変えなければならないのに、変わっていない。
「社会の進歩を妨げるのは、既得権というよりは、人々の古い考えだ」とは、ケインズの至言である。この言葉は、現在の日本にこそ向けられるべきものだろう。
本連載は、今回が最終回となります。

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