拡大続くインド新聞業界 経済成長でメディア時代へ

【ルピーの世界】
 世界中の新聞業界が生き残りをかけて苦戦するのを横目に、インドの新聞業界は拡大基調を維持している。2008年秋のリーマン・ショックを契機とした世界的な経済不況にもかかわらず、いまや日刊紙の発行部数は世界最大の中国に迫る1億を超え、新たな日刊紙の創設も相次ぐ。高成長と識字率上昇などで新たな購読者層が増えており、13年まで年平均9%増のペースで拡大し続けるとの予測も出ている。
 ◆発行部数1億超に
 インド情報・放送省が毎年発表するまとめによると、07年度末現在、政府登録の日刊紙は06年度から229紙増えて、過去最高の2566紙に達した。発行部数は約1億579万2000部で前年度比7%増だった。
 発行部数を言語別にみると、最も多いのがヒンディー語(1248紙)で約5000万部、続いて英語(263紙)で1514万部、ウルドゥー語(283紙)で約901万部となっている。残りは、この3公用語以外の22以上の公用語・言語で発行されている。
 経済成長に伴って、新聞を購入できる金銭的余裕を持つ人々が増え、なおかつ識字率が上昇していることもあり、インターネットが先進国ほど普及していないインドでは、新聞のニーズはまだまだ高い。
 人口が12億であることを考慮すれば、日刊紙の発行部数が1億を超えたとしても、それほど大きな数字ではないことから新聞業界の拡大は確実視されている。
 ◆激化する読者争奪
 「インドの新聞業界はまだまだ潜在力がある。国が経済成長を続けているし、広告費も経済成長を反映するようになってきたばかりだ」。インドで最大発行部数(266万部)を持つヒンディー語日刊紙「デイニック・ジャーグラン」の編集長、サンジェイ・グプタ氏はこう語り、展望の明るさを強調する。
 同氏は「うちの新聞の制作費は恐らく産経新聞の4分の1でしょう」と語った上で、インドはインフラ、人件費、制作費の低いことが、先進国と大きく異なり、この点が強みだと指摘する。
 また、インターネットやテレビによる脅威はあるものの、インドの新聞購読者は戸別宅配がほとんどで、「一般家庭は朝6時に起きて午前10時ごろの出勤までに新聞を読む。パソコンを持っている家庭は多くないから、ネットでニュースチェックもできない」と説明する。
 同紙は既存の新聞の買収を積極的に行うことで規模の拡大を図ってきた。
 現在、11州に29の印刷工場を持つ。特に、北部ウッタルプラデシュ州、東部ビハール、ジャルカンド州など貧困州での識字率上昇が同紙の読者層拡大にもつながっているようだ。
 だが、経済成長が著しい地域で新規参入が相次いでいることから競争は激化する一方。同紙の読者は09年4~6月期に20万人の新規読者を得たものの、同年7~9月期には別の新聞に50万人の読者を奪われた。背景には、新規の新聞が粗品や特典攻勢で読者を奪っているほか、安価な広告料で広告を獲得していることがある。デイニック・ジャーグラン紙のような大手でさえ、こうした動きに対抗するため、今後ぺージ増、値下げなどを検討せざるを得ないという。
 ◆ネットで“欧米化”も
 依然として新聞を情報収集の重要な手段としてとらえる傾向が強いインドでは、安くて豊富な人手を武器にした戸別勧誘が有効な読者獲得の手段だ。しかし、そのインドでも近い将来、こうした“伝統的な手法”が通用しなくなる可能性がある。
 加速するテレビやネットの普及で、都市部や都市部に準じた生活レベルの地方の生活パターンがじわじわと欧米化しつつあるためだ。クリケットの試合結果やニュースを携帯電話でチェックする人も増えており、多くの新聞はネット版の拡充にも余念がない。日米欧のようにネットが新聞の収益を圧迫する日が来るのもそう遠くはないかもしれない。
 「読む価値があり、読者が20分で読み終える新聞を目指す」。ネット、ライバル紙など他メディアとの競争に打ち勝つ戦略をこう明かすグプタ氏も、インドの新聞市場にマッチした新聞作りへの模索を続けている。
 経済成長とともに本格的な「メディア時代」に突入したインドの新聞業界。それは同時にインドの新聞業界が生き残りをかけた戦国時代に入ったことを意味する。(ニューデリー 田北真樹子)

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