来春に卒業する大学生の就職内定率の上昇が話題になっています。内定率は6月半ばに早くも7割を超え、9月はじめには9割近くに達したとの調査もあります。空前の売り手市場といえますが、企業と学生の双方に理想の相手に巡り合えないとの声もあり、特に学生にとっては必ずしも満足できる状況とはいえないようです。
就職内定率とは、就職を希望する学生のうち、企業から内定を得られた人の割合を指します。2017年春の新卒で就職した人の割合(就職率)は約76%。内定率の上昇は企業の採用意欲を反映しますので、来春の就職率はさらに高まりそうです。
大卒の就職率はここ数年、上昇していますが、過去にはもっと高い時期がありました。高度成長期の1960年代はほとんどの年が80%台、バブル経済がピークに達した90~91年も80%を超えました。ただし、大卒で就職する人の数でみると65年は約13万人、90年は約32万人で、17年は約43万人と圧倒的に多いのです。高校卒業後、大学に進学する人の割合(大学進学率)が約50%に高まり、大卒の総数が増えているためです。
総数が多いだけに、人気がある企業には多くの学生が殺到し、厳しい競争になりがちです。厚生労働省が所管する東京新卒応援ハローワーク(東京都新宿区)を訪れる学生は年間約3万人。田口房代室長は「競争を勝ち抜いて複数の企業から内定を得る学生と、なかなか内定を得られない学生に二極化している」と指摘します。
企業は大学名だけで学生の能力を判断せず、筆記や面接試験を重視する傾向を強めています。総合職だけでなく、営業や販売といった職種での募集も増えていますが、希望する企業や職種の内定を得られず、現在も就職活動を続けている学生は少なくありません。
労働経済学が専門の脇田成・首都大学東京教授は「学生の数が増えるにつれ、就活支援や実務教育のニーズが高まっているが、担える教員は限られている。技術やビジネスの世界でホームランを狙えるエリートを育てる機能も弱く、大学教育の中身を見直す必要がある」と話しています。
大学を卒業して就職する人の総数が増えています。好景気や人手不足の影響で就職内定率は上昇し、就職戦線は学生側が有利とみられていますが、個人差も大きいようです。ニッセイ基礎研究所の櫨浩一専務理事に、若年層の雇用と、労働市場の課題を聞きました。
――2017年春に大学を卒業し、就職した人は約43万人で、過去最高でした。今年も多くの企業が新卒採用に前向きで、2018年春に就職する人の数も高水準になりそうです。今後の見通しは。
「18歳人口が減少に向かう2018年問題や若年層の人口減少を視野に入れると、現在の水準がピークでしょう。国立社会保障・人口問題研究所の推計では、18歳人口は現在の約120万人から、2030年に約100万人、2040年には約80万人に減る見通しです。高校生の大学進学率や大卒の就職率が現在の水準のままなら、人口減に比例して減っていきます」
「ただし、政府が検討している高等教育の無償化が実現すると情勢が変わる可能性があります。大学への進学率は約50%に達し、これ以上高めるのは無理だとの声が教育の関係者から聞こえてきますが、仮に無償化が実現すると進学率がさらに高まり、人口減を補う効果が出るかもしれません」
――進学率をさらに上昇させ、大学生の人数を維持すべきでしょうか。
「多くの企業は新卒採用に意欲的ですが、企業が期待する能力を備えている学生は限られているとの不満もあるようです。将来の幹部候補として採用する学生の数はここ数年でそれほど増えていないとの見方もあります。正社員ではあっても、職種や勤務地を限定する代わりに昇給や昇格を抑制する社員を増やす企業が増えています」
――学生の側には待遇について不満の声があります。
「経営の中枢を担う人材はもともとそれほどの人数はいりませんが、販売や接客、営業などの部門は人手不足です。そこを正社員の採用で補っているのです。転勤や職種の転換に制限がない社員になるよりは、限定社員の方がよいと考える学生もいますので、全体のバランスの問題ではないでしょうか」
――日本の労働市場はどんな構造になるのが望ましいですか。
「労働力人口が減ると日本全体の供給力が落ちます。総需要は変わらないので、供給不足になってインフレが進行します。これを防ぐには、女性や高齢者らを活用して労働力人口を増やすか、1人当たりの労働生産性を高めるしかありません。大卒で働く人は生産性が高い、企業にとって貴重な戦力のはずです。企業と学生の双方に不満があるとすれば、大学での教育の方法を改善するしかありません。日本の大学では米国などに比べると、学生に手厚い指導ができているとはいえません。生産性が高い人材を養成する大学教育が欠かせません」
(編集委員 前田裕之)
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