新型コロナ「不都合な真実」をあなたは受け入れられるか

[ロンドン発]新型コロナウイルスの大流行が中国から欧州に移ったことを受け、ボリス・ジョンソン英首相は毎日記者会見を開くことになり、3月16日、いつものようにイングランド主席医務官と政府首席科学顧問と並んで会見した。

ジョンソン首相は「感染拡大のスピードが上昇し始めた。5日ごとに倍になっている」として(1)1人でも高熱か長く続く咳の症状があれば2週間、家族全員が自宅に留まる(2)市民全員に自宅勤務と、パブ・クラブ・レストラン・映画館・劇場を避けることを呼びかけた。

妊婦・70歳以上・基礎疾患のある人に特に注意を促した。今後数日中にリスクグループは12週間自宅に留まることを求められる。不要不急な高齢者入所施設への訪問は避けることも求めているが、休校措置はまだ含まれていない。

英保健・社会福祉省によると16日時点でPCR検査の陽性者は1543人で、うち55人が死亡。英国のトレンドは、集中治療室(ICU)と人工呼吸器不足で死者が2158人に達したイタリアの3週遅れ。いつも目一杯の英国民医療サービス(NHS)が持ちこたえられるか心配になる。

「集団免疫」の真実

前回ジョンソン首相は「多くの家族が愛する人を失うことになる」と率直に語りかけた。封じ込めが破綻した今、抗体のできた人が盾となって流行を終息させる「集団免疫」獲得の方針を明らかにしたため、英免疫学会などから「シミュレーションモデルを示せ」と厳しく批判された。

そのため今回は一転「生命を救い、人々を守る」決意を表明した。

集団免疫宣言には筆者も驚いたが、戦いが始まる前にベースラインを示しておくことは不可欠だ。最初に楽観的な見通しを示すより、国民に正直に「不都合な真実」を知らせておかなければならない。これは未知のウイルスと人類の英知と人道主義をかけた”戦争”になるからだ。

英政府の行動計画は英インペリアル・カレッジ・ロンドンMRCセンターの感染症数理モデルに基づく。同センターは1人の感染者から生じうる二次感染者数を示す基本再生産数を2.6と推定する。集団免疫獲得のために必要な免疫保有者の割合を集団免疫閾(しきい)値と言う。

(1- 1/基本再生産数)×100の簡単な式で計算できるので2.6を入れて計算すると閾値は61.5%という答えが出てくる。同センターは致死率を1%弱としているので。どれだけ犠牲者が出るか誰でも試算できる。

6644万人(英国の人口)×61.5%(閾値)×1%弱(致死率)=約40万人が集団免疫を獲得するまでに亡くなる。これが新型コロナウイルスを巡る「不都合な真実」だ。医師や統計学者なら誰でも知っている事実で、一般市民に隠す方がおかしい。

前回の記者会見では削減率は次のように説明された。それでも相当な数の高齢者らが亡くなることは明白だ。

(1)熱や咳の症状がある人は1週間、自宅隔離→ピークを20~25%削減
(2)症状がある人の家族全員が14日間自宅に留まる自宅検疫→ピークを25%削減
(3)新型コロナウイルスに脆弱な高齢者をケア→死亡率を20~30%削減

日本ほどではないにせよ、英国でも高齢化が進んでおり、5人に1人が65歳以上。シルバーデモクラシーは欧州連合(EU)離脱でも大きな原動力となっており、集団免疫獲得を目指すというのは高齢者を見捨てることかという反発を招いても何の不思議もない。

3つのコロナ関連死

クリス・ホウィッティ主席医務官は記者会見で3つの死を考える必要があると問いかけた。新型コロナウイルス肺炎による直接的な死、ICUや人工呼吸器などNHSの医療資源が枯渇することによる間接的な死、隔離など公衆衛生的介入による負の影響──だ。

インペリアル・カレッジ・ロンドンMRCセンターは世界中に広がった批判に応えるため、英国や他の国の政策のもとになっている感染症数理モデルを公開した。

(1)症例の自宅隔離。咳または発熱がある人は7日間自宅に留まる
(2)自宅検疫。症状がある人の家族全員が14日間自宅に留まる
(3)社会的距離。世帯・学校・職場の外で接触を4分の3減らす
(4)高齢者の社会的距離。深刻な疾病リスクが最も高い70歳以上の人々のみ社会から距離を置く
(5)学校および大学の閉鎖

こうした公衆衛生的介入によって2つのシナリオが想定されるという。

【シナリオ1】介入は感染拡大を遅らせるが、感染を完全には妨げない。このためハイリスクグループを保護しながら医療への需要を減らす。春から夏にかけての3〜4カ月の間に流行のピークが訪れる。

最適な政策(自宅隔離、自宅検疫、高齢者の社会的距離の組み合わせ)によりピーク時の医療需要が3分の2減少し、死亡が半減する可能性がある。

しかし流行は依然として26万人の死をもたらす可能性が高い。医療制度、特にICUを圧倒する恐れがある。

【シナリオ2】より集中的な介入は感染を止め、症例数を低レベルに減らすことができる。ただ介入が緩和されると症例数は増加すると予測される。症例数は減少するが介入し続けない限り、冬に流行するリスクがある。

全人口の社会的距離、症例の自宅隔離、家族の自宅検疫(および学校と大学の閉鎖の可能性)の組み合わせが必要になる可能性が高い。

対策を一時的に緩和することが可能かもしれないが、症例数が増加した場合は迅速に再導入する必要がある。今後数週間の中国や韓国の状況を注視する必要がある。

インペリアル・カレッジ・ロンドンのニール・ファーガソン教授は「世界は何世代にもわたる中で最も深刻な公衆衛生上の危機に直面している。おそらくワクチンが利用できるようになるまで特に大規模な社会的距離を何カ月もの間、設置する必要があるだろう。国々や世界への影響は深刻だ」と語る。

どこかの国の研究者が世界の先陣を切ってワクチンの開発に成功したとしても、それが日本に優先して配分される保証は何一つない。

私たちは生物学的な死を免れることができても経済的な死、社会的な死、そして人道的な死と闘わなければならない。これでも、まだ東京五輪・パラリンピックの開催が可能だと考えているとしたら、どうかしている。政治指導者にはもっと過酷な選択がこれから待ち受けている。

余談になるが筆者は「ドリトル先生航海記」や人形劇「サンダーバード」を観て育った世代。今も英国の子供たちはSFテレビドラマ「ドクター・フー」が大好きだ。ニュートンやダーウィンを生んだ科学の祖国・英国の決断を見守りたい。

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