新型コロナウイルスの国内感染者が7月になって再び急増し、「2回目の流行期(第2波)の到来か」といった不安が広がっている。
東京都や大阪府、愛知県などが飲食店などに休業や営業自粛を要請し、政府に緊急事態宣言の再発動を求める声も出ているが、いま必要なのは、感染者数の増加にあわてることなく、事態を冷静に見極めることだ。
最新のデータや知見をきちんと読み解けば、多くの人が持っているイメージとは異なる「実像」や問題点が見えてくる。
100万人当たりの死者
欧米より2けた少ない日本
発症から短期間で重篤化して死亡した志村けんさんや高齢者の例などが繰り返し報道され、新型コロナは感染力も毒性も強い「恐怖のウイルス」というイメージが定着している。
だが、これは木を見て森を見ない認識だ。
新型コロナウイルス感染症は本当のところ、日本人にとってどんな感染症なのだろうか。
第一に指摘したいのは、世界保健機関(WHO)の見解だ。新型コロナについてWHOは早い段階から「ほとんどの感染者は軽症または中程度の呼吸器疾患を経験し、特別な治療を必要とせずに回復する」という説明をウェブサイトに掲載し続けている(鶴田由紀『新型コロナウイルス騒動の裏側』)。
WHOのテドロス事務局長が3月11日に「パンデミック(世界的大流行)」を宣言して世界に衝撃を与えたが、WHOがインフルエンザについて「パンデミック」という場合、症状の軽い重いは問わず、ただ世界的に感染が拡大しているかどうかで判断しているのだという。
第二に指摘できるのは、100万人当たりの死者数では、日本を含む東アジア諸国が欧米諸国より2けたも少ないことだ。
米ジョンズ・ホプキンス大の調査などに基づく「MEDLEY」の7月27日のデータによると、米国466人、英国700人に対し、日本は8.09人(クルーズ船を除く)、韓国5.98人、中国3.3人などとなっている。
日本の死者がけた違いに少ない理由について、高橋泰・国際医療福祉大学教授(公衆衛生学)は、次の4つの要因の複合的効果ではないかと見ている。
(1)アジア人は、自然免疫力(侵入してきた病原体を感知し排除しようとする、人体にもともと備わった仕組み)が欧米人より強い。
(2)重症化しやすい高齢者のウイルス曝露(体内に取り込むこと)が少なかった(老人福祉施設が家族との面会を禁じたなど)。
(3)清潔好きな生活習慣(手洗いやマスク着用をいとわない)。
(4)優れた医療制度(保健所や病院)。
だが、これも定説というわけではない。
インフルエンザと比べても
少ない感染者や死者の数
新型コロナについて第三に指摘できるのは、感染者と死者が季節性インフルエンザと比べても少ないことだ。
日本で毎年12月から翌年3月まで流行するインフルエンザでは、約1000万人が感染し、直接死で約3000人、関連死を合わせると約1万人が死亡している。
例年に比べて流行しなかったとされる今シーズンも、ピーク時には1週間に500人程度も亡くなっていた。
これに比べて新型コロナは7月31日現在、日本では感染者が3万7035人、死者が1026人(クルーズ船を含む)だ。
7月初めから東京都を中心に新規感染者(PCR検査で陽性と判定された人)が急増し、政府が緊急事態宣言を出した4月を上回ると指摘されているが、当時と比べて2つの点で大きく違っている。
1つはPCR検査数の増加だ。東京都を例にとると、4月初め頃の1日の検査数は500件に満たなかったが、7月には1日に3500件以上、多い日は5000件を超す日もあった。
PCR検査が増えれば、陽性者も増えるのは当然だ。
また、検査を受けた人も4月ごろは高熱が続くなど重い症状が出た人に限られていたが、最近は無症状の若年層が6~7割を占めている。
2つ目の違いは重症者と死者が極めて少ないことだ。
累計感染者が1万人を超えた東京都では、感染者が急増しているにもかかわらず、重症者と死者は少ない。7月31日現在の重症者は16人(4月28~29日は105人)、7月中の死者は16人(4月104人)が報告されているだけだ。
「98%は無症状や軽症状で終わる」
毒性弱く、多くが自然免疫で克服
なぜ重症者と死者が少ないのだろうか。
この背景や要因について、前出の高橋教授はこう説明している。(高橋泰ら『新型コロナの実態予測と今後に向けた提言 上・下』〈「社会保険旬報」2020年6月21日号、7月1日号〉)
教授によれば、新型コロナウイルスとインフルエンザウイルスには以下のような違いがある。
インフルエンザは毒性が強いので、曝露した場合、多くの人が自然免疫では克服できない。
2日~1週間で獲得免疫(新しい病原体が侵入してきたとき、その病原体を他のものと区別して記憶し、同じ病原体が侵入してきたとき排除する仕組み)が発達し、インフルエンザウイルスと戦う。
その際、発熱などの風邪症状が出る。多くの人は1週間~10日で回復するが、中には肺炎などになり、死に至ることもある。
これに対し新型コロナは毒性が弱いので、多くの場合、自然免疫で克服し、本人に自覚がないまま無症状か軽い風邪症状で終わる。
ただ、感染者の一部は自然免疫では克服できず、数日かかって獲得免疫が発達し、発熱などの症状が出る。
新型コロナはそれ自体では肺炎などは起こさないが、まれに、「サイトカイン・ストーム」と呼ばれる免疫システムの過剰反応(暴走)が起きて正常な細胞や臓器を攻撃し、重篤な肺炎や全身のウイルス血栓を発症し、死に至ることもある。つまり新型コロナは、伝染力は強いが、感染力も毒性も弱いウイルスなのだ。
高橋教授は以上のように新型コロナウイルスを特徴づけたうえで、感染ステージ(段階)を「曝露していない(ステージ0)」から「死亡(同6)」まで7段階に分け、独自のシミュレーションをした。
その結果、次のことが明らかになったという。
このウイルスに曝露した人のうち98%は、自然免疫によって自覚がないまま無症状か軽い風邪のような症状で終わる。
獲得免疫が発達し、ひどい風邪症状などになるのは曝露者の2%程度だ。
さらに、このうちでサイトカイン・ストームが起きて重症化するのは、非常に少数だ。
年代別にみると、30歳未満では10万人中5人、30~59歳で30人、60~69歳で150人、70歳以上で300人程度だと推定している。
いくつかの仮定を置いた推計なので、数字の精度の問題はあるが、死者が何十万人も出るというような数理モデルによる推定よりも、はるかに現実に合致していると思われる。
以上のようなデータや専門家の意見を総合すれば、新型コロナウイルスに「過剰」な恐怖心を抱く必要はない。
重要なのは「2%のリスク層」対策
年齢によるリスクに応じた対策が現実的
高橋教授は独自の分析に基づき、政府や自治体の対策は「2%のリスク層」に重点を置くべきだとし、具体的には年齢によるリスク差を考慮した対応をしてはどうか、提案している。
重症化のリスクが0に近い30歳未満は、対面授業やスポーツを平常通りに戻す。子どもや学生からPCR陽性者が出ても騒がず、明らかな症状が何人にも出て集団発生が起きたら学級閉鎖すればよい。
30~59歳も通常の経済活動を行ってよいはずだ。罹患した場合は症状に応じて自宅待機などで対応し、集団発生が起きたら職場を閉鎖すればよい。
60~69歳は感染リスクが高まるので、流行期には在宅勤務などを推奨する。
70歳以上の高齢者(や持病を持つ人)は、流行している間は隔離的な生活をしてもらう――といった内容だ。
「PCR検査の陽性者」は
必ずしも「感染者」ではない
ここまでは「PCR検査の陽性者」=「感染者」ということで話を進めてきたが、この前提にも疑問が出されている。
大橋眞・徳島大学名誉教授(免疫生物学)は、その診断(判定)基準に問題があるとしている(動画『コロナ騒動の原点は、PCR検査にあり』など)。
PCR検査で新型コロナウイルスの存在を確認していると多くの人が思っているようだが、それは誤解だ。
PCR(ポリメラーゼ連鎖反応)は、ウイルスの遺伝子を増幅する技術で、新型コロナの場合、検査は次のような手順で行われる。
公表されているコロナウイルスの遺伝子RNA(リボ核酸)の配列を基に、特徴的な配列に対応するDNA(デオキシリボ核酸)の断片(プライマー)を合成し、これを検体(鼻の粘膜やのどの唾液)と反応させて、プライマーと結合する配列のDNAを増幅して分析する。
このようなPCR検査について、大橋名誉教授は「体内に取り込んだが(曝露したが)感染(ウイルスが定着し、増殖すること)していない場合でも陽性になる」と指摘する。
ウイルスが粘膜の細胞の表面に付着しているだけで、自然免疫の力で細胞内へ侵入できていないような場合でも陽性になるからだ。
また、普通のインフルエンザウイルスや他のコロナウイルスでもPCR検査で陽性になる可能性があるという。
実際、米国で発売されている「新型コロナのPCR検査キット」には、「インフルエンザA型、同B型、マイコプラズマ肺炎などのウイルスにも陽性になる」と注意事項が記載されている。
つまり、インフルエンザウイルスやほかの常在性コロナウイルスの保有者が、新型コロナウイルスの感染者に数えられている可能性があるわけだ。そうだとすれば「PCR陽性者=感染者」という診断基準を変えない限り、新型コロナの感染者はいつまでも存在し続けることになる。
「疫学的な検出方法ではない」と臨床医
現在の診断基準でよいのか?
このような検査は新型コロナウイルス感染症の診断基準として適正なのだろうか。
大橋名誉教授によれば、米国疾病予防センター(CDC)のウェブサイトの「新型コロナウイルスに対するPCR検査の概要」には、次のような注意事項が記されている。
「PCR検査で検出されたウイルスの遺伝子は、感染性のウイルスの存在を示しているとは限らないし、新型コロナウイルスが臨床症状(肺炎など)の原因とは限らない」
また米国で発売されている「新型コロナウイルス測定用のPCR検査キット」の説明書には次のように書かれている。
「本剤の検出結果はあくまでも臨床上の参考値であり、臨床診断・治療の唯一のエビデンス(証拠)として使用すべきものではない。患者の症状・徴候、既往歴、他の臨床検査値、治療反応などと併せて臨床管理を考慮すること。また、検出結果は臨床診断のエビデンスとして直接使用すべきものではなく、あくまでも臨床医の参考とする」
つまり、PCR検査で陽性という結果だけで、新型コロナウイルス感染症と診断してはならないと注意を喚起しているのだ。
大橋名誉教授は、超訴訟社会の米国では、いつ訴えられるか分からないので、正直に記載せざるを得ないのだろうと推測するが、日本の検査キットも原理は同じだと指摘する。
その上で、多くの人にとっては風邪程度の健康被害をもたらすにすぎない新型コロナ問題が世界的な「騒動」になった原点は、PCR検査にあると指摘し、PCR検査の陽性者をそのまま新型コロナの感染者としている診断(判定)基準を改めるべきだと主張している。
PCR検査の問題点を指摘する研究者は、ほかにも少なくない。
たとえば、臨床医である国立大学病院の内科系教授は、PCR検査では遺伝子配列の2カ所だけ同じなら陽性になるので、何年も前から日本に存在して風邪の原因になってきた別のコロナウイルス(土着コロナ)でも陽性になると指摘する(『土着コロナにも陽性反応か~現状はPCR検査がもたらした混乱…?~ある現場臨床医からの声』)。
その結果、真の意味での感染者である「新型コロナウイルスによる重症の肺炎患者」だけでなく、(1)土着コロナによる風邪の患者、(2)土着コロナの保有者、(3)新型コロナ以外が原因の肺炎患者で、土着コロナの保有者まで「新型コロナの感染者」になってしまうというのだ。
この教授は、PCR検査は「微量であっても存在するDNAを検出する方法」であって、「ウイルスを疫学的に検出する方法」ではないとし、世界がいま初めて経験しているのは、「新型コロナウイルスの脅威」ではなく「PCR検査を大規模に疫学調査(集団を対象に病気の頻度や特徴を調べること)に使う恐ろしさ」だと書いている。
このような意見については「誤り」「不正確」とする研究者もいる。政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会(尾身茂会長)はきちんと説明すべきだろう。
(ジャーナリスト 岡田幹治)