新種のモモンガ発見、北米で独自路線

一風変わった西海岸のフンボルトモモンガ、氷河の歴史から解き明かす

 モモンガの新種が米国の太平洋岸北西部で見つかった。偉大な博物学者のアレクサンダー・フォン・フンボルトに敬意を表し、「フンボルトのモモンガ」(Humboldt’s flying squirrel)という英名が付けられた。

【地図】第3のモモンガとほかのモモンガの住み分けマップ

学術誌「Journal of Mammalogy」に5月30日付で掲載された論文によると、この発見により北米のモモンガは2種から3種に増えた。そして、この動物が北米大陸で進化し拡大してきた経緯についての解釈も書き換えられる。

今後は、これらのモモンガが生態系の中で果たしている役割を詳しく調べることが、研究者の課題となる。また、うまく繁栄できているのかの評価も求められる。というのも、モモンガが見られる地域には近危急種のニシアメリカフクロウが生息し、モモンガをよく捕食しているためだ。なかでも新種のモモンガが獲物にされている可能性が高い。

風変わりなモモンガ

「1992年以来、この地域のモモンガについて頭を悩ませてきました」と、ノースカロライナ大学ウィルミントン校の哺乳類学者で論文の筆頭著者、ブライアン・アーボガスト氏は話す。「西海岸のモモンガには、変わった点がいくつかあったのです」

そもそも、モモンガ自体がちょっと変わっている。英語で「空飛ぶリス」(flying squirrel)と呼ばれるモモンガだが、実際には飛ぶというより滑空している。体の左右両側にあるパラシュートのような皮膜を、手首から足首まで伸ばして使うのだ。目標の木に向かって跳ぶときは全身を四角形に広げる(この形を模したウイングスーツも作られている)。1度の滑空で約40メートルも移動でき、しかも非常に正確だ。

小柄で夜行性、そして私たち人間の耳では声もほとんど聞こえないモモンガは、森の隠者といえる。商業的価値もないためか、運よく目撃できた人が愛でるだけの存在だ。

アーボガスト氏や仲間の研究者たちも同じように森でモモンガを目撃してきたが、今回の新種のモモンガについては野外調査で発見したわけではない。遺伝学的研究と、モモンガがたどってきた歴史の分析、そして氷河と森林が拡大・縮小する中で変化してきた生息域のマッピングを合わせた結果だ。

北方種と南方種、そして第3の種

 これまで知られていた北米のモモンガ2種のうち、南方のアメリカモモンガ(Glaucomys volans)は米国東部で広く見られるほか、メキシコと中央アメリカにも孤立した小さな個体群がいる。いずれも落葉広葉樹の森で暮らしている。

もう1つ、北方のオオアメリカモモンガ(G. sabrinus)は、米国北東部、カナダ、アラスカといった亜寒帯に広がる針葉樹の森にすむ。アパラチア山脈、ロッキー山脈、オレゴン州東部、ワシントン州東部の高地でも見ることができる。

生物学者たちは従来、太平洋に面した北米西海岸で見られるモモンガを、北にすむオオアメリカモモンガに分類していた。しかし、これら2種の生態と遺伝的性質を研究してきたアーボガスト氏は、20世紀初頭から採集されてきた博物館の標本を調べるなかで、西海岸のモモンガについて違和感を感じ始めた。オオアメリカモモンガに比べると、どれも不可解なほど小さく、暗い色をしていたのだ。

そうした違いは、新種と認定するには不十分な場合が多い。事実、科学者が北方と南方のモモンガを見分けるのに使う身体的特徴として陰茎骨、つまりペニスの骨がある。北方種は頑丈でとげがあり、南方種は長さで勝るが、それでも両者の交尾は不可能ではない。カナダ南東部では交雑種が誕生しているとアーボガスト氏は指摘する。「交雑種の報告は衝撃でした」と同氏。南北のモモンガは近縁なため、交雑が可能という。

重なる生息域、なぜ交わらない?

 さらなる衝撃に見舞われたのは、博物館にある西海岸のモモンガから組織と骨格のサンプルを採取し、DNAを分析していたときだ。さらに、テンを捕獲するわなによくかかるモモンガを狩猟者から提供してもらい、新鮮なサンプルから取ったDNAも調べた。

「西海岸のモモンガは、氷河のサイクルに伴って北のモモンガから分岐したと考えました」とアーボガスト氏。北米の大部分を覆っていた氷河が後退すると、離れて暮らしていたモモンガが一緒になって交雑する。これにより2つのグループ間に「遺伝子流動」が起こり、それが両者のDNAにも現れるはずだと考えた。

実際、北方と南方のモモンガでは、そういうことが起きていた。氷河が南に広がった時代に、モモンガの二つの集団は地理的に孤立。その後、氷が解けて森林が北に移動すると、南北の2種ともすぐに北上した。北方種のモモンガはアラスカ、カナダ西海岸へも生息域を広げ、西海岸のモモンガと接触するようになった。

だが接触が起こったにもかかわらず、北方種と西方種の間に遺伝子流動は全くなかったことを今回の研究は示している。両者の生息範囲が重なるカナダのブリティッシュ・コロンビア州や米ワシントン州でも結果は同じだった。「何らかの理由で、彼らは交雑していません」とアーボガスト氏は言う。「おそらく、不可能だからです」

アーボガスト氏は、西海岸のモモンガは氷河期に、より南の地域で孤立したのだろうと推測している。いずれにしろ、気候が温暖化した際に西方種が生息地を広げていった速度や規模は、北方種や南方種ほどではなかった。また、彼らは北の針葉樹林にも生息するが、基本的には寒冷な内陸部の森よりも、温暖で湿度の高い、暗い森をすみかとする。

新種を見つけた以上の意義がある

 北米全域から集められた185個体のDNAを分析した結果、西海岸のモモンガに関するアーボガスト氏の見解が裏付けられた。北方や南方種との違いも、奇妙さも、新種に分類するのに十分だった。学名はG. oregonensis、英名はHumboldt’s flying squirrel(フンボルトのモモンガ)と付けられた。

アーボガスト氏の発見は、新種を見つけた以上の意義があるという研究者もいる。米ノースカロライナ州にあるウェークフォレスト大学名誉教授で脊椎動物の生態学者、ピーター・ワイグル氏だ。「この研究は西方種の遺伝的性質だけでなく、地理、気候、植生が時間と共にどう変化したかも示しています。おかげで、種の全体像がわかります」

次の大きな課題は、「北方種と新種の実態を解明すること」だとワイグル氏は言う。「両者はなぜ交雑しないのか。生態や行動のせいなのか? 競合しないよう、何らかの形ですみ分けしているのか?」

両方の種を保護していくためには、こうした疑問に答えていく必要がある。例えば、一方の種は原生林の密集した立木の間でよく見られるが、もう一方の種は原生林と比較的新しく開けた森林地帯のどちらでもうまく生活しているかもしれない。また、ワイグル氏の最後の疑問、「2種をどうやって見分けるのか」も同じくらい重要だ。

「今、その問題に取り組んでいます」とアーボガスト氏。研究チームは博物館の標本をさらに精査しているほか、今後は野生の個体も研究用に捕獲し、種同士を見分けるポイントとなる特徴があるかを見たいとしている。

「現時点では、遺伝的性質か地理的分布が最も確実な見分け方」だという。つまり、ある夜にモモンガの滑空を運よく目撃したとする。それがやや大きく灰色に近い種ではなく、手のひらサイズで暗い色をしていて、場所がオレゴン州の海岸に近い苔むした森だったなら、「フンボルトのモモンガを見た」と自慢できることになる。それが、北米で最も新しい哺乳類だ。

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