2020年に東京で開催される五輪・パラリンピック。
日本開催の五輪を振り返ると、五輪を迎えた3人の首相はいずれもその年のうちに退陣した。安倍晋三首相が東京五輪まで長期政権を維持したとしても、その後も安泰なのかどうか。大会後の政局も注目を集めそうだ。(肩書は当時)
1964年10月10日に開幕した第18回東京大会。開会式には、咽頭がんで国立がんセンターに入院中だった池田勇人首相も姿を現した。日本の高度経済成長や先進国入りを印象付けた国家的イベントは「所得倍増」を訴えた池田氏にとって最後の表舞台となった。
池田氏はその後も快方に向かわず、閉会式翌日に「療養に専念したい」と退陣を表明。65年8月に65歳で死去した。
五輪誘致が決まった当時の首相は安倍氏の祖父、岸信介氏だった。だが、岸氏は日米安全保障条約改定をめぐる政治的混乱によって60年7月に辞任。安倍氏は祖父が果たせなかった「東京五輪出席」を目指すことになる。
72年2月の札幌冬季五輪の開会式に出席したのは池田氏の後継となった佐藤栄作首相。8年近くに及ぶ長期政権は晩年を迎え、同年5月の沖縄の本土復帰を花道に同7月に総辞職した。
安倍氏にとって大叔父の佐藤氏は、長期政権の目標となる。安倍政権が続けば、今年8月24日に通算在職日数で佐藤氏(2798日)を上回る。20年東京五輪直後の8月24日には連続在職日数でも佐藤氏を抜き、歴代単独1位となる。
98年2月の長野冬季五輪当時の首相は橋本龍太郎氏。5カ月後の参院選で自民党は大敗し、総辞職した。前年4月に消費税率を3%から5%に引き上げたことが景気後退を招き、山一証券破綻など金融危機が追い打ちをかけた。安倍氏が今年10月の消費税増税への対策に万全を期すのは、橋本政権を教訓としているためだ。
◇衆院解散に影響も
五輪が首相の衆院解散の判断に影響を与えた例もある。池田首相は63年10月、1年後に控えた東京五輪が好材料になるとみて解散に踏み切った。自民党は議席を減らしたが、過半数を大きく上回り、池田政権が継続した。
現在の衆院議員の任期は2021年10月21日。五輪後の景気落ち込みも懸念され、満了近くの解散では「追い込まれた」印象も強まる。安倍氏が在任中に衆院解散に踏み切る場合、五輪の政治・経済効果もにらんで判断するとみられる。