日本で「もうジャニーズ見ない」「ファン辞めます」の動きが起きない本当の理由

3月7日、イギリスのBBCが、2019年に亡くなったジャニー喜多川氏の、少年への性加害を取り上げたドキュメンタリーを放送した。コラムニストの河崎環さんは「ジャニー喜多川氏の性加害疑惑は、過去にも一部のメディアで取り上げられており、いわば『公然の秘密』だった。今回のBBC報道に対する日本の反応には、少年への性加害に対する海外と日本の価値観の温度差がはっきりと表れている」という――。

■「子どもにそんなものを見せるな!」

いわゆる国際結婚をしている友人が、こうこぼした。

「たまたま出演者の中にジャニーズがいるテレビ番組を子どもと見ていたら、英語圏出身の夫が血相を変えて走ってきて、『そんなものを子どもに見せちゃダメだ!』って、テレビを切ったの。『ジャニーズ事務所のタレントが出ている番組を見ること自体が、(ジャニー喜多川氏によって行われていたと疑われる)性的搾取をOKだと肯定することになる。大人の我々もこんなものを見てはいけない』って。言ってることはすごくわかるけど、でも今の日本でどのチャンネルつけても、映画も新聞も雑誌もウェブも街なかの広告も、ジャニーズが出ていないものなんてないから、避けようがないのよ……」

少年への性加害疑惑に対する、海外と日本の価値観の温度差がはっきりと可視化されたエピソードだ。

ジャニーズを「推し」ていたり、積極的ではないにせよさまざまなメディアを飾るジャニーズタレントを「カッコいい」「かわいい」「歌うまい」「演技うまい」と愛(め)で褒める我々日本の視聴者に、「自分たちは『卑劣な犯罪(容疑)者による少年たちへの長く恐るべき性的加害(疑惑)』を肯定・容認している」という意識は、ほぼない。おそらく、ジャニーズタレントを起用している制作側にも、自分たちの仕事が故・ジャニー喜多川氏の性加害(疑惑)を間接的に支持・支援してきたかもしれないという強い自覚はない。

■BBCが報じたジャニー喜多川氏の性的加害疑惑

3月7日、英国の公共放送BBCがドキュメンタリー「Predator: The Secret Scandal of J-Pop」を英国内で放送。日本のタレント事務所であるジャニーズ事務所の創設者、故・ジャニー喜多川氏が生前にタレント志望の少年たちへ性的加害を繰り返していたと報じた。被害者たちが顔を出して証言する一方で、異口同音に「ジャニーさんを恨んでいない」と言った内容が、「グルーミング(性的加害を意図する大人が未成年を手なずける行為)」との比較的新しい語彙(ごい)とともに、大きな話題となった。

17日には、番組制作を担当したBBC記者であるモビーン・アザー氏とディレクターのメグミ・インマン氏を招いたオンライン会見が日本外国特派員協会(FCCJ)で行われ、その翌18日には日本のBBC News Japanチャンネルでも同番組が字幕付きで放送された。

また、それに並行する形で『週刊文春』が何十年も前から続けてきたジャニー喜多川氏の性加害疑惑を再報するキャンペーンを行い、SNSでも拡散され、ジャニーズタレントの性被害(の可能性)に言及する唯一の大手メディアとして、たいへんな注目を浴びた。

■キャンセル運動が起きない日本

だが、海外でも報じられるこれだけの騒ぎとなった放送後もなお、現時点の日本において「もうジャニーズ見ない」「性加害を間接的に肯定することになるので、ファンを辞めました」「もう買わない」など、ジャニーズタレントを起用したコンテンツや商品への大きなキャンセル運動は生まれていない。

あれほど欧米の「#MeToo」運動に乗った大手メディアも、BBCの番組について報じることはあっても、ジャニーズ事務所を糾弾したり、ジャニーズタレントが遭ってきた(とされる)性被害に追跡取材を行ったりなどの動きは見られない。

それ自体が、「少年への性加害」に対する日本の曖昧な認識や、「見なかった/聞かなかったことにする」意図的な無視・無関心の表れでもある。BBCのアザー氏とインマン氏は、この日本の反応に「ショッキングなほどの沈黙レベル」「メディアはそのこと(ジャニー喜多川氏の性加害の件)について話すのを恐れているように見える」「なぜ(ジャニー氏や事務所に対して)刑事訴追が行われないのか理解できない」と、日本のメディアや日本社会に向けた苛立ちと困惑をあらわにした。

■日本人記者は「疑惑」を「噂」と呼んだ

なぜ日本のメディアはこれほどに深刻な問題を扱ってこず、今も扱わないのか。理由は3つだろう。

一つ目は言うまでもないが、メディアと事務所との利害が既に大きく複雑に絡みすぎて面倒だから。

二つ目は、男性が受ける性加害を公にすることに、男性社会ならではの大きな社会的抑圧があり、「(そんな話は)取るに足らない話題」として捨て置かれてきたから。

三つ目は、そうやって長らく日本社会全体で黙殺し、ようやく「加害(容疑)者」その人であるジャニーさんが2019年に他界して「なかったこと」のままきれいに葬ることができたとホッとしたところに発生したBBCの「外圧」で、「わざわざ墓を掘り返すようなことを……」と迷惑顔をしているからだ。

日本外国特派員協会の会見で、質問者として立った熟年の日本人男性記者が「私がむかし大手新聞の記者として働いていた頃も、この“噂”は聞いていましたが……」と発言したのが印象的だった。

当時の大手新聞の感覚では、それは「(まだ立証はされていないが申し立てられている)疑惑(allegation)」ではなく「噂(rumour)」扱いだったのだ。彼は発言中に何度も「ルームア」と繰り返したから、英語力の問題ではなく、本当にそう意味して口にしたのだとわかる。

2017年になるまで、日本の性被害とは女性のものだけで、「男性が受ける性加害」という法的認識がなかったというから、少年たちが受ける性的被害が過小評価されるのは日本全体の価値観の問題でもあった.

■「たいしたことじゃない」公然の秘密

筆者にとっても、ジャニー喜多川氏による少年たちへの性加害疑惑は、決して初めて聞く話ではなかった。ジャニーズ事務所創立初期のグループ、フォーリーブスの元リーダーであった故・北公次氏がジャニーズ事務所の裏側を暴露した『光GENJIへ』が刊行され社会現象となったのは1988年。『週刊文春』が1999年から行ったジャニーズ事務所の性的虐待報道キャンペーンもリアルタイムで読んでおり、頭の片隅に「ジャニーズ事務所とは、そういうところである」という認識がいつもあった。

そういえば『光GENJIへ』が世間で騒がれていた、今から35年も前、光GENJIの大ファンだった同級生は「ファンクラブのお姉さんたちが言ってたけど、そんなの嘘だって! ジャニーさんはジュニアの子たちにお金をかけて大切にして、ちゃんと礼儀正しいアイドルに育ててくれる、すごい才能のある人なんだって!」と澄んだ目で力説していたっけ。

あの頃の日本は、懸命に「そんなの嘘」と言い張り、仮に本当にあったとしても「そんなのたいしたことじゃない」「そもそもジャニーさんはアイドルを見いだす才能のある、優しくていい人」と無視し続けていたのだ。

日本において、この件は長らくジャニーズ事務所の「公然の秘密」だった。みんなそういうことがあるらしいと知っているけど、世の中の大人たちが大騒ぎしないから、どうやらたいした話じゃないという認識。大人の男の人が未成年の男の子(女の子)に対して性的なことをする、芸能界ってそういうことが起こってもわりとオッケーで当たり前なんだな、と刷り込まれる(非)常識。

そもそも当時の表現では「性的加害」や「性的虐待」という強くシリアスな言葉ではなく、「性的いたずら」と書かれていた。「大丈夫大丈夫、たいしたことじゃないから」とでも言うように被害の実態を覆い隠す、軽い響きだ。

■BBC記者は「性的虐待のサバイバー」と呼んだ

ところが逆に、BBCのアザー氏は、番組で証言したジャニーズ事務所の元少年たちを「性的虐待のサバイバー」と呼んだ。サバイバー。被害を乗り越え、生き残ってきた者たちという意味だ。

ドキュメンタリー番組の中で、当時13~16歳だった証言者たちは、自分の身に起きた「合意などない明らかな性被害」を(時に涙を流して)話しつつも、「でも、今でもジャニーさんのことは好きですよ」「お世話になったので」「素晴らしい人、アーティストです」「僕にとっては、そこまで大きな問題はないです」と締めくくる。

■「我慢してました」「みんなやられてたから」

「我慢してました」「だって、みんなやられてたから」「みんなで『初体験はジャニーさん』って笑って話してました」

合宿所と呼ばれる寮に男子小中高生が集められ、大人はジャニー氏ひとり。仲間が何かされているのが聞こえる、自分が何かされているのを仲間が聞いている。自分だけじゃないから、たいした事じゃない。その異常な空間で夜になると繰り返しやってくる虐待体験を、彼らはそういう形で納得し正当化しなければ、乗り越えることができなかったのだ。

そして、「ジャニーさんのオキニ」としてデビューさせてもらったという恩義と引き換えに、永遠に口をつぐむ。自分だけじゃない、みんな同じ目に遭っていたから、むしろあの頃のジャニーズ・ジュニアの仲間もジャニーさんも全員、秘密を共有した特別な絆や愛着のようなものすら感じて。

これらをまとめて、BBCのアザー氏は「まさにこれがグルーミングなんです」「ジャニー喜多川氏は、パワーバランスを利用して巧みな心理操作をする人」と厳しい口調で非難した。

「“愛”がある人だから、嫌なことをされたけど憎んではいない、むしろ感謝している」なんてのは、日本人にとって非常に心地いい、ウェットな情緒のあり方だ。とすれば、日本は社会ぐるみで「グルーミング」しがちな傾向を持つ国である、ともいえる。

■「ジャニーズ事務所」の成り立ち

ジャニー喜多川氏の性加害疑惑は、マイケル・ジャクソンやジミー・サヴィルといった欧米のショービジネス界の有名人による性加害事件との類似性を指摘されている。有名人であるという立場を利用して数多くの未成年に性虐待を加え続けていたとされる彼らは、「小児性愛者(ペドフィリア)」という正確かつ容赦のない呼び名で糾弾された。だが、ジャニー氏を真正面からそう呼ぶ日本人はいない。

社会学者である周東(しゅうとう)美材(よしき)氏の著書『「未熟さ」の系譜 宝塚からジャニーズまで』(新潮選書)によると、ジャニーズ事務所の初めての少年アイドルグループであった「ジャニーズ」が結成された母体は、少年野球チームだったという。

終戦直後に在日米国軍事援助顧問団(MAAGJ)の職員として働いていたジャニー喜多川氏が、当時の米軍住宅地区であったワシントン・ハイツに日本の少年たちを集め、野球指導を始めた。アメリカの文化の香りとともに紹介された野球は、あっという間に東京の少年たちの間に定着し、所属する少年たちは1000人以上となった。

「ジャニーズが結成される直接のきっかけとなったのは、球団の少年たちがジャニー喜多川と共に丸の内ピカデリーで映画『ウエスト・サイド物語』を鑑賞したことである。少年たちは、歌って踊れるアメリカの不良少年のミュージカルにすっかり魅了され、何度も映画館に通い、やがて見様見真似でダンスを始めるようになる。」(同書より)

■「23年間、絶望したまま」

アマチュア性を大切にした、歌って踊れる少年グループ、ジャニーズはお茶の間の人気者となる。当時の芸能界には斬新に映った彼らのデビューと成功によって、少年たちの育成とマネージメントはビジネスとして体系化され、ジャニーズ事務所の設立へと至った。そして「見習い」「弟分」として、タレント予備軍の少年たちが稽古場や合宿所へ出入りし、「ジャニーズ・ジュニア」という独自の育成体制が整えられていったのだ。

周東氏が同書の中で指摘するように、「ジャニーズ・ジュニアの仕組みは、このアイドル工房の核心」であり、プロデューサーであるジャニー氏へコンスタントに少年たちを供給する、非常によくできた装置でもあった。

『週刊文春』で20年前のジャニーズ記事を取材・執筆したジャーナリスト、中村竜太郎氏はBBCの番組インタビューに応じ、この問題が日本社会に広まらず黙殺され続けることに「23年間、私は絶望したままですね」と語った。

これが、大人の男性から少年に対する深刻かつ悪質な性加害であるということが、日本社会には理解できず、「そんなの被害じゃない、いたずらだ」「男にはそんな経験もちょっとした冒険みたいなもの」「結局それでデビューできたんだから、お互いさまじゃないの」と過小評価されて少年たちには沈黙が強いられ、BBCショックのあった今も「加害者は不在だし、もう終わったことだから、あえて言わなくていいじゃない」と皆で沈黙する。

もし被害者が未成年の少女たちだったら、明確な犯罪と認識され、まるで違う反応になったはずだ。ここにもまだ、日本のいびつなジェンダー観がくっきりと色濃く取り残されているのである。

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河崎 環(かわさき・たまき)
コラムニスト
1973年、京都府生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業。時事、カルチャー、政治経済、子育て・教育など多くの分野で執筆中。著書に『オタク中年女子のすすめ』『女子の生き様は顔に出る』ほか。

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