日本の「原発処理水」問題、中国ではすでに「不買運動」が始まっている…「国民の健康」を政治利用する岸田総理の「ウラの思惑」

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岸田政権は大きくつまずく可能性

福島第1原発や、その周辺を取材する度に驚かされることがある。それは、原発事故から約12年もの間、建屋の周辺に増設されてきた処理水を貯めておくタンクの数だ。その数は現在、1083基(ALPSと呼ばれる多核種除去設備で処理する前のストロンチウム処理水を貯蔵するタンクなども含む)にも上っている。

東京電力が7月20日時点の数値として発表した資料によれば、トリチウムを除く放射性物質を取り除いた処理水は、貯蔵タンクの全容量(137万トン)の98%(134万トンあまり)まで増え、残るタンクの容量はわずか2%分となっている。

原発事故から12年半近くが経過した今でも、毎日100~130トン前後の処理水が生じている現状を思えば、来年前半にはタンクが満杯になってしまう可能性が極めて高い。

出典:東京電力処理水ポータルサイト© 現代ビジネス

岸田政権が「今年の夏ごろには海洋放出を決断する」との姿勢を変えていないのはこのためだ。しかもその判断の時期は秒読み段階に入っている。

しかし、その言葉どおり処理水を海へと流せば、岸田首相は福島県の漁業関係者をはじめ、宮城県や岩手県など北に位置する自治体、さらには近隣諸国からも批判を浴びる。

トラブル続出のマイナカードをめぐる問題であれば「保険証との完全一体化を先送りする」と決めれば済む話だが、処理水放出は外交面での火種になる。小名浜機船底曳網漁業協同組合(福島県いわき市)の柳井孝之専務理事は、筆者の取材に岸田政権への不信感をあらわにする。

「処理水をすべて放出するには30年以上かかると聞いています。政府や東京電力が2041~51年としている廃炉の完了よりも長くなります。そのような長い期間、風評被害にさらされるのかと思うと、やはり私たちは海洋放出には断固反対です。『関係者の理解なしにはいかなる処分も行わない』が約束だったはず。それを守ってほしいです」

処理水は本当に安全なのか?

では、肝心の「処理水」は本当に安全なのだろうか。

IAEA=国際原子力機関のグロッシ事務局長が来日し、政府に「包括報告書」を示して、「処理水の海洋放出は国際安全基準に合致している」とのお墨つきを与えたことは記憶に新しい。以下がその要旨である。

●ALPS処理水の放出は、人及び環境に対し、無視できるほどの放射線影響になる。

・放射線環境影響評価は国際基準に適合して実施されている。

・海洋拡散モデルに基づき、国際水域は、海洋放出の影響を受けないため、越境影響は無視できる。

●ALPS処理水の放出を制御するシステムとプロセスは堅固である。

●政府と東京電力のモニタリングに関する活動は、国際安全基準に適合している。

写真:gettyimages© 現代ビジネス

岸田政権からすれば、国際的な機関からお墨つきを得た形にはなった。しかし、IAEAが示した「包括報告書」は、汚染水の海洋放出を正当化するものではない。あくまで、放出設備の性能やタンク内処理水中の放射性物質の環境影響などを評価したに過ぎない。

事実、7月23日に大学教授や市民団体などから成る組織の原子力市民委員会が、オンラインで開いた公開フォーラム『いま改めて、処理汚染水の海洋放出の問題を考える』では、様々な問題点が指摘されている。

「現在も原発からは放射性物質が漏れ続けている。このような状況で、追加的、意図的な放出が許されるのか?」(京都精華大学・細川弘明名誉教授)

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「燃料デブリ(溶けた燃料等が冷えて固まったもの)に含まれる有毒物質、カドミウムやテルル等がどれだけ汚染水や処理汚染水に含まれるかわからない」(NPO法人「いわき放射能市民測定室たらちね」ベータラボ・天野光顧問)

「福島県の沿岸漁業生産量は、2010年が約3万トン。それが2022年では5500トンと原発事故前の2割程度。国内外の理解は進んでおらず、さらに処理水を海へ流すとなると、風評被害は避けられない」(前述の柳井専務理事)

こうした中、政府内では、処理水対策を管轄する西村経済産業相が福島県を訪問する頻度が上がった。西村経済産業相は、記者会見を開く度に、「漁業者との密な意思疎通」を挙げ、低姿勢を貫いている。説明を官僚任せにしない点だけは「買い」だが、お願いベースで解決できるような問題ではない。

福島市で果樹園を営む阿部哲也さんは語る。

「この10年余り、福島産の桃や梨はずっと風評被害に悩まされてきました。今でも福島産のものは安い価格でしか買ってもらえない部分があります。処理水を海に流すとなると、私たちと同じように、東北から北海道あたりの漁業関係者への打撃は、国内消費、輸出の両面で相当なものになると心配しています」

以下の数字は、7月、東京都内と筆者が教えている千葉県内の短期大学でとったアンケートの結果である。

Q:処理水を海洋放出した後、あなたは福島産や近県で水揚げされた魚を買いますか?

A:買う=6人 買わない=21人 わからない等=3人(東京・有楽町で30人調査)

A:買う=2人 買わない=51人 わからない等=9人(千葉の短大で挙手式調査)

量的調査としてはサンプル数が少ないが、「買わない」が圧倒的であることはわかる。まだまだ「安全」という言葉への信頼や福島県に対する「同情」もある日本ですらこうなのだ。近隣諸国は、推して知るべしである。 

すでに日本の海産物規制に着手した中国

このうち韓国では、韓国ギャラップ社が6月に実施した調査で、処理水放出の影響を「非常に心配している」が62%、「ある程度心配している」が16%と、「心配」と答えた人の割合が78%にも達した。

韓国の首都ソウルでは、毎週のように処理水放出反対の集会やデモが行われている。7月15日もソウルの中心街、景福宮駅周辺で大規模なデモが起きた。

写真:ソウル市内で行われた処理水放出反対デモ(筆者提供)© 現代ビジネス

写真:反対デモには「汚染水」「尹錫悦打倒!」の文字が並ぶ(筆者提供)© 現代ビジネス

最大野党「共に民主党」や市民団体らが主催したデモで、降りしきる雨の中、参加者らは「親日売国汚染水、尹錫悦政権打倒!」の文字が躍る横断幕を掲げ、反発の声を上げた。

日本と韓国の関係は、3月16日に行われた岸田首相と尹大統領との首脳会談以降、基本的には良好だが、来年4月に総選挙を控え、野党側が攻勢に出ているのだ。

1院制の韓国議会(定数300)の勢力は、169議席を持つ「共に民主党」が、与党「国民の力」の115議席を圧倒している。そのため、尹大統領は、これまで厳しい政権運営を余儀なくされてきたが、処理水放出に関して、「IAEAの報告書を尊重する」などと日本に同調する姿勢を見せたため、支持率が30%台前半まで下落し、野党を勢いづかせる状況となってしまった。

中国も、北京の清華大学の知人からの報告によれば、中国国営のCCTVが、連日のように福島県の漁業関係者らの処理水放出に反対するコメントを流し、処理水を「核汚染水」と表現して、福島産の魚介類にとどまらす、日本産食品への不安を煽っているという。

実際、北京の日本料理店は、日本からの水産物が入手できなくなり、中国産やロシア産の魚介類で代替させるしか方法がないと語る。

岸田首相にとって今夏最大の宿題

韓国や中国を見ると、処理水放出問題はもはや「食の安全性」の問題を飛び越え、政治的な駆け引きの材料となってしまった感がある。

韓国で言えば、政権基盤が脆弱な中、日米韓の枠組みを大事にしようとする尹政権と、その尹政権を総選挙で敗北に追い込み、レームダック化を目指そうとする野党との争いの材料だ。

中国の場合も、不動産バブルの崩壊に伴う失業者の増加や若者の就職難など、本来であれば、習近平指導部に向けられるはずの不満を、日本へと向けさせる材料にしているようにしか見えない。

当事国の日本ですら、近く内閣改造を実施しようとしている岸田首相からは、内政での大きな課題、「マイナ問題」と「処理水放出問題」という2つの「汚れ仕事」を、それぞれ、ポスト岸田をうかがう河野デジタル相と西村経済産業相に任せ、引き続き責任を負わせたいとの思惑が透けて見える。

これらのうち、中国に関しては、周辺国に何の説明もせずトリチウムを含む処理水を、自国の原発から東シナ海などに垂れ流しているため、「よく日本に対し『太平洋は下水道ではない』などと言えたものだ。まず先に説明しろ」「PM2.5や漂流ゴミの大量放出も何とかしろ」と言いたくなる。

とはいえ、韓国で尹政権の基盤が揺らぎ、日本にとって最大の貿易相手国である中国との関係まで冷え込んでしまうと、岸田外交や日本経済にとって何の得もない。

タンクが満杯になる日が近づき、陸上保管やコンクリート固化などの代替案がないのであれば、岸田首相が自ら動き、(1)福島県の漁業関係者に頭を下げて対応策と補償を明示すること、(2)国内の消費者にもわかるように安全性を説明すること、さらに、(3)韓国や中国、太平洋を取り巻く国々に理解を求めること、の3つは避けられない。

7月29日、66歳の誕生日を迎えた岸田首相は、「原点に戻る」と述べた。処理水の問題で言えば、上記の(1)~(3)が原点だ。この夏、岸田首相に課せられた宿題は、まだ全然終わらない。

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