コロナ禍の打撃の大きい産業は飲食、旅行・宿泊、エンタメと並んでアパレルと言われる。ただ、アパレル業界だけは過剰供給と値引き販売が常態化してもともと崖っ淵に立たされていた。
アパレル業界はどうして集団自殺紛いの悪習を止められなかったのか、どうしたら再生できるのか、『アパレルの終焉と再生』の著者で、半世紀にわたってアパレル業界に関わって来た小島健輔氏が解説する。
ユニクロがアパレル業界破滅の引き金に
アパレル製品は消費が伸びないのに供給だけが増え続け、直近の2019年では28億4600万点が供給されても13億7300万点しか売れず、実に14億7300万点が売れ残ったと推計される。値引き販売を繰り返しても48.2%しか売れず、過半を超える51.7%が売れ残った(図参照、外部配信先では全部閲覧できない場合があります。その際は東洋経済オンライン内でお読みください)。
供給が急増したのはフリースブームでユニクロが台頭した直後の1999年からだ。1998年には71.1%が売れたのに供給量がわずか2年で41.5%も増加し、2000年には消化率が54.3%に落ち込んだ。ユニクロに対抗すべくアパレル業界が低価格を競って海外での大量生産を推し進めたのが直接の要因で、ユニクロがアパレル業界破滅の引き金を引いたと言っても過言ではあるまい。
2009年以降はファストファッションの台頭もあって低価格競争が加速し、中国よりさらに大量生産の南アジアに生産地が移って過剰供給に拍車がかかり、2015年以降は過半が売れ残る惨状が続いている。
そんな消化状況だから「正価」販売率も低迷し、三陽商会は昨秋冬期の「正価」販売率は45%、総消化率は70%だったと開示している。著名な百貨店アパレルでもその程度だから、ハウスカード会員優待などの5~10%程度の値引きは「正価」販売とみなしても、業界全体の「正価」販売率は3分の1程度と推察される。それでも百貨店上位3社の合計売り上げをオフプライス(値引き販売)チェーン上位3社の合計売り上げが7割も上回ってアパレル商品の「正価」販売率が2割程度に低迷する米国ほどではなかったが、新型コロナ禍で一気に米国並みの状況に追い込まれた。
新型コロナ禍で深刻化した生計不安もあってアパレルの消費は激減しデフレも再燃する中、「正価」と実勢価格の乖離は一段と広がって「二重価格」状態が蔓延しており、「正価」への信頼感は地に落ちて、それがまた値引き販売を煽るという悪循環が止まらなくなっている。
加えて、長年の過剰供給で積み上がった売れ残り在庫や消費者のタンスから放出される中古衣料が激安で売られるのだから、割高な新作品の「正価」はますます通らなくなる。『流通在庫10年分、タンス在庫100年分』と揶揄されて新作品市場がピークの8分の1に激減したキモノ業界の二の舞となることさえ危惧される状況なのだ。
過半が売れ残っても即、廃棄されるわけではない。売れ残り品と言えども、アパレル事業者にとっては現金と同じ商品だから、なるべく高く換金しようとするのは当然だ。
新型コロナ禍の過剰在庫は一部で叩き売り状態になったが、翌シーズンに持ち越せば「正価」で売れる可能性があるから、例年は小売店やアパレルメーカー、受託生産業者や商社が分担して翌シーズンに持ち越している。トレンドやデザインが過剰な商品は持ち越しても販売が難しいから、シーズン中に値引きして売り切るが、定番的商品は持ち越せば確実に売れるからシーズン中の処分を急がず、翌シーズンに持ち越すことが多い。新型コロナ禍の売れ残り在庫も、ユナイテッドアローズやTSIは大半をシーズン中に処分したが、ユニクロや無印良品は多くを持ち越した。
翌シーズンも売れ残ったらさらに持ち越す場合もあるが、アパレル製品の一般的賞味期限は3年程度だから多くは処分業者(いわゆるバッタ屋)に放出され、ディスカウントショップや催事業者に転売されて叩き売られることになる。それでも売れ残って再販価値が潰えた商品がようやく廃棄されるのであり、年間100万トンと言われる衣類廃棄(下着や靴下まで含まれる)のうち大半は消費者のタンスから出たもので、売れ残り新古品が占める割合はせいぜい2%程度と推察される。
流通コストが肥大し、原価率50%超えも
アパレル製品の「正価」は駅ビルやSC(ショッピングセンター)で売られるものは調達原価の3倍ほど、百貨店で売られるものは同5倍ほどでお値打ち感が薄いが、1980年代初期までは前者で2倍、後者で2.5倍程度と格段のお値打ち感があった。百貨店の販売手数料や商業施設の家賃負担が肥大し、値引きや売れ残りのロスが嵩んで、割高な価格を付けざるを得なくなっていったのだ。
その具体的な過程は割愛するが、今日の百貨店ブランドは販売手数料と販売人件費が売上の過半を占め、駅ビルやSCのブランドも不動産費(賃料と投資償却など)と販売費(人件費、光熱費やキャッシュレス手数料など)が売上の4割を占める。
前者の原価率は20%弱、後者の原価率は30%強(31~33%)だが、値引きや売れ残りのロスが大きいと利益はほとんど残らない。値引きと売れ残りのロスの問題は後で触れるとして、前者で売上の50%強、後者で40%にも達する流通コストがアパレル製品の「正価」を割高なものにしてお値打ち感を損なったことは間違いない。
新型コロナ禍で救世主となったECにしても、人気のファッションモールの手数料は百貨店の手数料と大差なく、販売人件費負担が格段に低い(店舗販売のほぼ10分の1)ことを差し引いても、駅ビルやSCの流通コストに近い。D2C(ネット直販)アパレルが注目されているが、ファッションモール出店では駅ビルやSCとコストが違わず、自社運営ECを確立しない限り流通コストを抑えてお値打ち価格にすることは難しい。
流通コストを抑えるには、コストの低い販路(立地やサイト)にシフトする一方で顧客利便を高め、販売効率/在庫効率/物流効率が最適化する仕組みを確立してプラットフォーム化し、有力な異チャネルプラットフォーマーと相互乗り入れするのがベストで、デジタル&ローカルなOMO(Online Merges with Offline)体制が問われる。
値引きと売れ残りのロスを圧縮する3つの策
アパレル製品の調達コストはロットを拡大し工場の閑散期に入れるほど下がるが、販売までのリードタイムが長くなって需給ギャップが大きくなるリスクを否めない。
小ロット短サイクルで投入する小規模なファストファッションだと値引きと売れ残りのロスは知れているが、シーズンの半年前後も前に発注して大ロット一括調達する大手SPA(大規模なファストファッションも含む)やコレクション発注のセレクトショップは需給ギャップが大きく「正価」販売率が低くなり、値引きと売れ残りのロスが利幅を食い潰しかねない。
ユニクロやワークマンのような定番商品なら持ち越せば良いが、ファストファッションやデザイン性の強いセレクトショップなどはシーズン中に処分するしかなく、値引きロスが利幅を食い潰してしまう。
値引きと売れ残りのロスを抑制するには以下の3つの方法がある。
(1)小ロット短サイクル投入でリードタイムを短縮し需給ギャップを最小化する
(2) 大ロット一括調達しても期中の短サイクル補正生産で需給ギャップを埋める
(3)受注先行の高速生産で在庫を持たない
(1)は小規模なファストファッションの古典的な方法で、韓国の東大門市場で流通素材を購入しビル内縫製工場で一晩で製品化して持ち帰る「キャリーSPA」など週サイクルの消化回転が可能だし、ODM(企画提案型受託生産)業者の持ち込む企画を小ロット短サイクルに仕入れるバイイングSPAだと数十店舗を2週サイクルで回すこともできる。
(2)は大ロット一括調達で価格は抑えながら、販売と在庫のSKU(色・サイズ)ギャップを小ロット短サイクル生産で補正していく方法で、2000サイズから選べて翌日には届くユニクロの擬似パターンオーダーサービス「ジャストサイズ」はミニマム在庫を倉庫に積んで短サイクルで誤差を補正生産している。
これにはVMI(Vendor Managed Inventory)というもうひとつの方法がある。販売期間を定めてSKU構成を陳列棚割に組み、欠品しないよう倉庫在庫と補充生産による補給をベンダーに委任する協業契約だ。POSデータをオンライン共有するかEOS(電子発注システム)で自動発注するかはともかく、CAD/CAMによる短サイクル高速生産が求められる。
(3)はECサイトやショールームで採寸・受注し、既製品の修理加工に負けない短期間で生産して顧客に届けるC2M(Customer to Manufactory)な受注販売方式で、採寸データを生産仕様にCAD変換してCAMで高速生産するデジタル・スキルが要となる。
アパレル再生の鍵はオンライン連携とCAD/CAM生産
いずれにせよ企画~生産~販売のロスタイムを圧縮するほど需給ギャップが小さくなって値引きと売れ残りのロスも圧縮されるが、その要は「オンライン連携」と「CAD/CAM生産」のDX(Digital Transformation)に他ならない。
古典的SPAのように利益もリスクも1人で抱え込んでは企画~生産~販売のプロセスが分断されてオン・デマンドな対応が出来ずロスが肥大するから、企画~生産~販売をオンライン連携して分断を回避しレスポンスを最速化するのが望ましく、生産の高速化にはCAD/CAMが不可欠だ。
DXは夢物語でも難しいことでもない。スマホのように誰でも使える日常的スキルであり、アナログな手順をきちんと交通整理してデジタル化すれば即、成果が出せる。
一方通行の夢を追って破滅の瀬戸際まで追い込まれたアパレル業界だが、企画~生産~販売をオンライン連携してマーケットにオン・デマンドに向き合えばロスとコストの課題も解決し、再生の道は容易に開けるはずだ。