11月8日、福岡市のJR博多駅前の道路が大きく陥没し、大騒ぎとなった。地下鉄工事が原因とみられるが、こうしたインフラ事故は、どの地域にとっても他人事ではない。2020年東京五輪をピークに、高度経済成長期からバブル時代に造られた膨大な設備が更新期を迎えるからだ。(「週刊ダイヤモンド」2014年7月19日号特集「2020年からのニッポン 人口減少ショック!」より *肩書・データ等は掲載当時)
線香花火の“散り菊”となった2020年東京五輪から数十年。
五輪の直前、首都圏郊外に35年ローンで一戸建てを購入した会社員、川島幸一さん(仮名)は、度重なる定年の延長により、65歳を過ぎた老骨にむち打ち、この日も出勤のために車に乗り込んだ。
マイカー通勤と言えば聞こえは良いが、先月まで通勤に使っていた最寄り駅が、とうとう廃止されたからだ。鉄道会社が赤字に耐え切れず、ついに路線の運行区間を縮小してしまったのだ。
団塊ジュニア世代(1971~74年生まれ)もとっくに退職を迎えた今、すし詰めのラッシュアワーは遠い過去の記憶だ。
凸凹ばかりの道路にハンドルを取られつつ、ラジオをつけると、地方の道路でトンネルの崩落事故が起きたという、もはや日常茶飯事となったニュースが流れる。
出社後、取引先に向かうべく地下鉄の駅に向かうが、メンテナンスのため運休中だ。やむなく、タクシーに乗り込んだ。
車窓に流れる街並みは一変した。沿岸部に林立したタワーマンションは、莫大な解体費用を捻出できず、老朽化が目立つ。当然、その不動産価値は、川島さんの自宅同様に暴落中だ。
帰宅途中、川島さんのスマホに妻からのメールが届いた。「お水を買うのを忘れたから、帰りに買ってきて」というメッセージが浮かぶ。再三の料金の値上げにもかかわらず、上水道の水質悪化で、水道水が飲用に適さなくなってから久しい。
「やれやれ……」。ぼやいてはみたが、警察官が減る一方、街のスラム化が進み、夜間に女性高齢者が1人で出歩けない時代だ。
立ち寄ったスーパーは、昔のような路上に面した店頭陳列は姿を消し、客層を選ぶ閉鎖的な作りが一般的になった。
帰宅した川島さんに、妻が駆け寄ってきた。「あなた、大変!! 下水道が壊れてトイレが使えないの」──。
現状は“ゆでガエル”インフラ統廃合を阻む議会制民主主義の弊害
以上は、人口減少に詳しい複数の有識者たちの未来予想図を組み合わせたシミュレーションだ。
「経済活動のベースになるインフラは、東京五輪までがピーク。われわれはその利便性を享受できる最後の世代だ」
そう断言するのは、野村総合研究所の宇都正哲グループマネージャー(工学博士)だ。「これまでのインフラ整備は、拡大計画のみだった。だが、今後は縮小に移らざるを得ない」。
右上図を参照してほしい。今から約20年後の主要インフラの年齢だ。軒並み大規模更新の節目となる“五十路”に突入する。だが、財政状況の悪化から、その費用の捻出は容易でない。しかも、バブル末期に、全国津々浦々で造られた膨大なインフラの更新期も、その後ろに控えているのだ。
推計によれば、主なインフラの更新費用は20年を待たずして、年間10兆円を突破するとみられている(右下図参照)。
「東京は人類史上、類を見ない高齢者の巨大都市になるが、都市部のインフラは、通勤のための鉄道網など、就業者用に整備することが暗黙の前提だった」と宇都氏。
ところが、国立社会保障・人口問題研究所の推計では、今から四半世紀後の40年の都の高齢者人口(65歳以上)は、441.8万人。10年時点から、神奈川県川崎市の総人口に匹敵する144万人が増える。一方、総人口は、1315.9万人から85.1万人も減少するとみられている。
インフラ利用者が減少する結果、例えば、都内に張り巡らされた鉄道や道路の多くが、無用の長物に成り下がりかねないというわけだ。
政策研究大学院大学の松谷明彦名誉教授も「都市部でも、橋が2本あれば『3本目を造ろう』ではなく、『どっちを壊すか』という議論になる。民間ではマンションは大量に余り、首都圏で路線廃止も起きかねない」と予見する。
だが、その合意形成は、困難な道のりだ。不便になると分かっていることに、積極的に賛成できる人間などまず居ないからだ。
BNPパリバ証券の河野龍太郎・経済調査本部長は「政治家にとって『これを造ります』と言うのは票になるが、その逆は議席を失う。議会制民主主義の限界だ」と指摘する。
また、宇都氏は「われわれは今のインフラが当たり前と思いがちだが、実は高いコストを支払っていることを知るべき。個々の施設ごとにその費用対効果を可視化することで、統廃合への理解を得ていくしかない」と話す。
東京五輪の開催決定により、前倒しで進められているインフラ整備。その負の遺産化が指摘される中、ポスト20年は「国破れて山河あり」となりかねない。