日本のインフレ要因。「資源もないのに対策が遅すぎる」

2022年10月、円相場は1ドル=150円を突破し、32年ぶりの円安水準を更新。きたる物価高・円安・大増税時代には、円資産を持っているだけだと資産は熔けていくばかり……。いかにして資産を防衛し、運用していけばいいのか? 本連載は、世界最大の資産運用会社「ブラックロック」日本法人の最高投資責任者(CIO)の河野眞一氏と、3,000人以上をコンサルティングしてきた外資系プライベートバンカー長谷川建一氏の共著書『世界の富裕層が実践する投資の鉄則 誰も教えてくれなかった本当の国際分散投資 』(扶桑社)より、2023年からの投資の鉄則について解説します。

サプライチェーン再構築が長期的なインフレにつながる

世界各国は効率的で合理的な生産体制に基づいてサプライチェーンを構築しましたが、新型コロナのパンデミックやロシア‐ウクライナ戦争を受け、先進国主導で構築されてきた既存のサプライチェーンに対するリスクが顕在化。その結果、世界的に新たなサプライチェーンを構築する必要に迫られています。

つまり、従来の「世界規模でのサプライチェーンA」が機能しなくなり、新たに「自分たちの経済圏だけでのサプライチェーンB」を作り上げざるを得なくなったわけです。

なぜ、サプライチェーン再構築の動きがインフレにつながるのでしょうか。このサプライチェーンの再構築には、膨大な時間と資本が必要になります。

既存のサプライチェーンが機能していないわけですから、企業は素材調達先を確保したり、新たに製造工場を建設したり、新たな経済圏における物流のルートを構築したりしなければなりません。これには、膨大なコストがかかります。

また、従来のサプライチェーンでは効率生産を意識するあまり、在庫を多く抱えないことが常識になっていました。その効率的な生産体制をシフトし、今度は在庫を抱える必要も生じます。在庫が増えれば、管理費や人件費が増えます。

さらに、人件費の安い国から高い国に工場を移設する必要も出てくるので、製造コストも大幅に増加するでしょう。こうしたコスト増が物価上昇につながってくると見ています。これは一時的な問題ではなく、構造的な問題なのです。

サプライチェーン再構築には膨大な資金と時間が必要

米国の消費財大手プロクター&ギャンブル(P&G)に容器などを提供している企業が、5,000万ドルを投じて生産拠点を中国から米国に移すというニュースがありました。

これには中国の労働コストの上昇だけでなく、中国による技術の盗用を防ぐという意図もあるようです。今後、確実に同様のニュースが増えてくるでしょう。

企業は自助努力によって、しばらくはコストの増加をカバーしようとします。しかし、それに耐えきれなくなると、商品やサービスの価格に転嫁するようになるため、消費者が感じる物価の上昇は、企業間のやり取りよりも遅れて始まる傾向があります。もっとも、企業間のやり取りのコストが増加すれば、結局は消費者物価が上がることになります。

現在の米国のインフレには、すでにこのコストが反映し始めていると考えていいでしょう。これが、サプライチェーン再構築の動きが世界的なインフレにつながると考える理由です。

先進国は、1900年代半ば頃から何十年という時間と膨大な資金を注ぎ込んで、既存のサプライチェーンを構築してきました。次のサプライチェーンにシフトするにも、やはり膨大な月日と資金が必要になるでしょう。

そして、膨大なコストの増加は、原材料費や人件費の増加に伴うコストプッシュ型インフレを加速させるのではないでしょうか。つまり、当面の間はインフレが続く可能性が高いということです。

「自然資本の回復」という潮流もインフレ圧力に

実はもう一つ、インフレ圧力が高まる要因があります。それは、世界で「自然資本(天然資源)の回復」という考えが根付きつつあることです。第一次から第三次産業革命までの間に、先進国は世界中の天然資源を使って成長してきました。

そして、近年は中国を中心とした新興国が同じように大量の天然資源を使って急成長を遂げてきたわけですが、ここにきて世界の国々は「天然資源は有限」という考えに傾注するようになりました。

要は、「使った資源は元に戻しましょう」「エネルギーの無駄を極力なくしましょう」「地球にやさしいエネルギーの比率を高めましょう」という考え方が根付きつつあるわけです。

口で言うだけなら簡単でしょう。しかし、環境の回復にはお金がかかりますし、太陽光発電や風力発電など再生可能エネルギーの設置にもコストがかかります。こうした巨額のコストは、確実にコストプッシュ型のインフレの要因になります。

これは天然資源が回復しない限り、収束することはありません。つまり、ほぼ永続的に続くということです。日本は資源がない国なので、この「自然資本の回復」という流れも、立ち向かわなければならない困難の一つになるでしょう。

インフレから日本売りに

では、肝心の日本はどうでしょうか。日本でもインフレの波が襲い始めています。

しかし、景気回復による需要拡大を背景とした「ディマンドプル型」のインフレではなく、資源・エネルギー価格の上昇や、長期では「サプライチェーンの崩壊」「自然資本の回帰」などを背景とした「コストプッシュ型」のインフレです。

日本のインフレはこのまま続くのでしょうか? 日本の成長率を引き上げ、賃金が上昇し、消費が拡大するというポジティブサイクルをつくるために、日本も米国のように早めに大胆な財政政策をすべきでしたが、そのタイミングを逃しました。

結果、インフレ率は上昇するがコストプッシュ型インフレであり、日本の成長率は低いまま。真のデフレからの脱却は困難です。

もし今後、さらに名目金利が上昇すると、日銀が保有している国債に含み損が生じることになり、日銀の信用リスク懸念が表面化していきます。

また、株式マーケットも下落する可能性が高いので、日銀が保有している株式にも含み損が生じれば、これも日銀の信用リスク懸念につながります。結果、日本売りになるリスクが考えられます。

河野眞一

株式会社エリュー 代表取締役CEO

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