日本の山林を中国や香港などの外国人が買い漁(あさ)っているという。取得した後は放置したままのケースが少なくない。狙いは何なのか。
北海道の国有林をめぐる一般競争入札で今年2月、象徴的な売買があった。山林は、倶知安(くっちゃん)町花園に広がる2ヘクタール。最低売却価格1600万円の28倍以上となる4億5千万円超で落札された。これを取得したのが、香港の資本だった。
倶知安町や西隣のニセコ町は、札幌市の南西約100キロに位置する。市中心部からは車で2時間ほどだ。2019年10月には主要20カ国・地域(G20)の観光大臣会合が開かれ、海外から注目された。
名峰や湖に囲まれたスイスのリゾート地、サンモリッツになぞらえ、倶知安町は「東洋のサンモリッツ」とも呼ばれている。ニセコは言わずと知れた、世界有数の“パウダースノー”のスキーリゾート地。夏場はゴルフやトレッキングなどを楽しむことができ、温泉もある。
「この19年間で、地価は20倍くらい上がっているところがある。スキー場の近くの山林であれば、50倍くらいのところも出ている」
不動産業を営む男性は、東京からニセコへ移住した00年からこれまでの地価を振り返った。そして、次のように説明する。
「外国人は現地を見ないで買っている人が多い。時期が来れば何かするのかもしれないけれど、人里離れた土地を買っても、そのままになるのかもしれません」。スキー場などとは関係のない山林は、放置されやすいというのだ。
リゾートや富裕層ビジネスに詳しい金融コンサルタントの高橋克英マリブジャパン代表は「外国人の山林取得はニセコなど北海道に多い。基本的にはゴルフ場や別荘地、コンドミニアムなど、リゾート開発として買っているのではないか」と話す。
外国人は山林を取得しても“寝かせておく”ことが目立つという。開発を進めるには、まずは上下水道や電気といったインフラを整備しなければならない。都市部のように整っていないところが多いことから、開発は長期間に及ぶ。
例えばニセコでは、何年も前に更地を買っていた韓国資本が、最近になって温泉の掘削に乗り出した事例もあったという。
ニセコはそもそも、1990年代に訪れた豪州人の口コミによって海外で有名になった。G20観光大臣会合のあった「ニセコHANAZONOリゾート」(倶知安町)は、2004年に豪州資本がスキー場を買収したのが始まりだ。やがてゴルフコースも買い入れ、07年には香港資本が運営会社を買収。今年は、米大手ホテルチェーン「ハイアット ホテルズ アンド リゾーツ」が展開するホテルが開業した。
こうしたニセコのように、外国資本による日本の山林取得は増えている。
林野庁が5月に公表した調査結果によると、「居住地が海外にある外国法人または外国人と思われる者による森林買収の事例」は06~19年で264件にのぼり、総面積2305ヘクタールに達した。東京ドームの500倍近くになる。
ただ、山林を買う外資の実態はよくわかっていない。国内に拠点を持つ外資のケースもあり、実際の買収は林野庁のまとめよりもずっと多いとみられている。
林野庁によれば、取得する目的としては「資産保有」が多く、「別荘地開発」や「太陽光発電」などもある。いずれにしても放置されたままの場所が目立ち、「中国や香港の資本が多かった」(担当者)。
「山の値段はタダみたいなもの」。こう語るのは、日本林業協会の関係者だ。実際にインターネットで売買されている山林の価格を調べると、1坪当たり数十円ほどであることが多い。「海外の人が取得しても、開発しようとする話を聞いたことがなく、土地を持っていることに意義を見いだしているのではないか」とも推測する。
日本は国土の66.4%が森林で覆われ、森林率でフィンランドやスウェーデンにも匹敵する「森林大国」でもある。高度経済成長期には、建設用資材や紙製品向けに木材需要が高まり、1980年ごろに木材価格は高値をつけていた。しかし、大規模な伐採の跡地に植林されたスギなどが育ち、伐採期を迎えるには数十年もの年月がかかる。海外から安い木材が輸入されるようになり、高齢化や後継者不足も進んで日本の林業は衰退の一途をたどった。
日本人の多くが“二束三文”だと思っている山林に、なぜ外国人は手を伸ばすのか。
元農林水産省局長で姫路大学特任教授を務める平野秀樹さんは、「資産隠し」のためだと指摘する。
「外国人が日本の山林を買うと、保有税のかからない資産にできる。固定資産税がかからないようにできるのです。『所有者不明』にもできるため、誰が持っているのか、当局にはわからなくなります」
企業が買って登記しても、ダミー会社などをはさむことも少なくないという。
日本国憲法は財産権を保障しており、外国人の所有者に対しても同じように認められる。外国人は日本の山林が宅地よりも安いと判断し、長期的な値上がりを期待しているのではないか、と平野さんはみる。
話はややずれるが、JR東海が、東京と名古屋、大阪を結ぶ「リニア中央新幹線」計画を進めている。だが、南アルプスの地下を通す工事で静岡県側が首をたてにふらず、工事は足踏み状態だ。JRと自治体の関係とは違うものの、外資によって買い占められた山林が将来、公共工事などの対象となった場合、その開発が進めにくくなる可能性は大いにある。
さらには不穏な海外情勢が、日本の山林を買い漁る動きを加速しかねない。前出の高橋さんは「(海外に移住した中国人や子孫ら)華僑にとって、日本は『安全資産』という認識がある」と強調する。とくに香港は、民主化問題で中国政府が統制を強めつつある。「香港の不動産投資をしていた人が、いまの香港で投資するのはリスクがあります。円資産、日本の不動産を持っておきたいと考えているのではないでしょうか」
日本の山林はどうなっていくのか。
経済成長期の伐採後に植えられた木が大きく成長し、伐採期を迎えつつある。「山林は資源。林業はいま、先進国の産業です。次は“日本”と言われています」と全国森林組合連合会の関係者。木材の加工技術が進み、大規模な公共建造物や商業施設にも木材が使用されるようになった。低迷する木材価格がやがて上向き、山林の価値が見直される期待感が出てきた。
地球環境の観点からも、役割が変わろうとしている。国土交通省は「国土利用の現状」のなかで、近年の国民の森林・林業への期待は、木材生産機能から災害の防止や水資源の涵養(かんよう)、温暖化防止などの公益的機能の発揮へと変化していると指摘する。熱帯林の伐採に対して欧米から強い懸念の声も上がるなど、かつての山林のあり方が問われ始めている。
日本の山林の価値がまさに見直されようとするなか、長期的な視点で買い占めに走る外国人がいるとしたら、なんとも不気味だ。(本誌・浅井秀樹)