日本の漫画まで、香港で禁書に? アグネスさんも紹介した漫画が、書店から消えた

2020年6月30日に香港国家安全維持法(以下国安法)が施行され、香港の自治と言論、集会の自由を保障した「一国二制度」が完全に終了したと驚きを持って報じられた。

◆海外に住む外国人まで逮捕されうる香港国家安全維持法

 それから約1ヵ月。8月10日の早朝、香港で最も反中国政府の立場で報道を続ける香港紙「アップルデイリー(蘋果日報)」の創業者、ジミー・ライ(黎智英)氏が、その夜には香港の「民主の女神」として、日本でも多くの支持者を持つアグネス・チョウ(周庭)さんが国安法違反の容疑で逮捕され日本でも大きく報道された。特にジミー・ライ氏の逮捕では、アップルデイリーの本社に200人の警察が踏み込み取材資料を押収され、香港の報道と言論の自由を脅かす最大の危機だといわれた。

 アグネス・チョウさん逮捕の原因は、「外国勢力と結託し、国家の安全に危害を加えた罪」に問われたとされている。しかし、アグネスさんは国安法が施行される前に、政治団体「香港デモシスト」を解散、脱退しており、その後はツイッターでも日本語での発信を控え、具体的に抵触する部分はなく、見せしめのための逮捕ともいわれている。

 その後釈放されたアグネスさんは、8月13日に自身のYouTube「周庭チャンネル」で逮捕について語っている。

 この法律が恐ろしいのは香港に住む香港市民に限らず、適用範囲が海外に住む外国人にまで及ぶと規定されていることだ。日本人の間でも「FacebookなどSNSで中国政府や習近平政権の批判を投稿しただけでも逮捕をされるのか」と指摘され、香港へ出張の機会が多いビジネスマンや、旅行者の間でも今後の香港への渡航を見合わせる、という声が多数見られる。

◆日本人が描いた漫画まで、発禁の恐れが…

 そんな恐ろしい国安法が、日本で制作・発売された漫画の発禁処分にまで発展しそうだと、香港メディアでも現地で話題となっているという。その漫画とは昨年12月、小社(扶桑社)から日本国内で発売された『漫画香港デモ 激動!200日』だ(原作:秋田浩史、漫画:TAO、解説:倉田徹・立教大学教授)だ。

◆日本人が描いた香港デモの漫画を、香港人が爆買い

 『漫画香港デモ 激動!200日』は香港の大学に留学する日本人、秋田浩史氏が実際に香港でデモに参加し、昨年6月に起こった香港の200万人デモから11月に行われた民主派圧勝の区議会選挙までの半年間の記録を元に描かれた漫画だ。ニュースではわかりづらい香港デモの背景などを日本の読者に向けて漫画で詳しく解説している。

 発売と同時に日本人はもちろん、在日香港人の間で話題となり、SNSで次々と発信された。すると香港からの爆買い現象が起こり、発売3日目でAmazon総合ランキングが19位まで上昇。香港メディアのアップルデイリー、スタンドニュースも速報ニュースで取り上げた。

 漫画の中に登場するアグネス・チョウさんも自身のYouTube「周庭チャンネル」で取り上げ、春節で日本を訪れた香港・台湾の旅行客が日本土産として購入するなど、話題となった。そして5月、この漫画の中国語版が香港の蜂鳥出版社から出版されると、香港人からの歓迎の声がSNSにあふれた。

 なぜなら、昨年の香港デモ発生以降、デモ関連の出版物や報道に対して、中国政府の支持を受けた香港政府からの規制が増え、この漫画の中国語版を香港で発売するのは、ほぼ不可能と思われていたからだ。

 香港の書店業界でも売り上げの約80%を占める三聯書店など3大チェーンはすべて中国系資本が入っており、中国政府に批判的な書籍や、香港デモ関連の本を取り扱わない。そのため、この漫画は民主派や香港デモを支持する本を取り扱う独立系書店と呼ばれる店舗を中心に販売されることになった。

 6月2日の発売日には、旺角にある最大の漫画専門店「G.GOAL CLUB」の店頭に『漫画香港デモ 激動!200日』が並べられると同時に、予約した客でレジに人だかりができた。日本の漫画やアニメ好きな若者による爆買いが起きたのだ。発売5日で香港の独立書店では、同書はほぼ売り切れになって増刷がかかった。

 しかし、この漫画を国安法が直撃する。

◆「光復香港 時代革命」のスローガンだけで逮捕

 6月30日に施行された香港国家安全維持法だが、翌日7月1日の香港返還記念日デモに集まった1万人を超えるデモ参加者にも容赦ない取り締まりが行われ、300人以上が逮捕された。その中の4人に初めて国安法が適用されデモ支持者に衝撃が走った。その中の1人はカバンの中に「光復香港 時代革命(香港を取り戻せ、革命の時代だ)」と書かれた旗が入っていただけで、国安法の取締対象になり逮捕された。

 香港政府は「光復香港 時代革命」を分離主義や政権転覆のスローガンとし、国安法下では取締対象となる旨を発表した。過剰反応とも思える取り締まりだが、雨傘運動のリーダーの一人、ジョシュア・ウォン(黄之峰)氏ら民主運動家の書籍が香港の公共図書館から撤去されるなど、国案法による言論の取り締まりが次々に実行され、締め付けは厳しくなっていった。

 いくつかの独立書店でも『漫画香港デモ 激動!200日』の扱いに変化が起き始めた。この漫画の裏表紙にはデモのスローガンである「光復香港 時代革命」と大きく印刷されているからだ。

◆『漫画香港デモ 激動!200日』、今後は禁書の可能性も

 7月に入り現地メディア「東方日報」は、国安法に抵触するのを恐れた一部の独立系書店が、この漫画を書棚から下ろし始めていると報じた。
 さっそく記者も独立書店が集まる旺角を訪ねてみた。

 まずは老舗の「R」書店。発売直後には店内に入ってすぐの売れ筋コーナーの真ん中に10冊以上が置かれていたが、今は見当たらない。カウンター越しに「日本人が描いた香港デモの漫画ありますか?」と店長に訊ねると、「ああ、あれね」と、カウンターの後ろの棚から、すぐに取り出してきた。それを購入し「店内の棚には置かないんですか?」と尋ねると、「国案法が施行されてしまったから、おおっぴらに陳列するのはちょっとねぇ…」と歯切れが悪い。ただ客から在庫を聞かれれば販売は行うという。

 次の店に向かうと、国安法施行前と同じように平積みされている。ここでも店員に尋ねると「漫画の裏表紙に印刷されている『光復香港 時代革命』のスローガンが警察に目を付けられないか心配だね。しばらくは状況を見ながら販売を続けるか決めようと思っている」と答えた。他の店舗もほぼ同じような意見だった。

「G.GOAL CLUB」に行くと、店頭には各々シュリンクされた日本語版と中国語版が一緒に並べられて売られていた。発売から1週間で『漫画香港デモ 激動!200日』を400冊を売り上げた書店である。

 しかしシュリンクされた1冊を手に取り裏返すとポストカードが挟み込まれ、「光復香港 時代革命」の文字が見えないように工夫されていた。店長に尋ねると「この本の販売を続けるために、『光復香港 時代革命』のスローガンが見えないようにと考えた苦肉の方法なんだ」と苦笑いしていた。

 その後、7月30日に学生活動家4人が国安法で逮捕されると、独立系書店「突破書店」でも店頭から本書は消えていた。カウンターで訊ねると「ああ、あれね」と言って店の奥からわざわざ取り出してきた。「以前は棚の一番目立つ場所においてありましたよね。これも国案法の影響ですか?」と尋ねると、店員は「その件についてのコメントは勘弁してくれ」と言葉を濁す。

 取り締まりが厳しくなると、陳列を続ける他店でもいずれ販売は中止になり、「禁書」となってしまうかもしれない。日本人の描いた漫画でさえも、国安法の前では取り締まりと逮捕の恐怖にさらされる。それが今の香港の現状なのだ。

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