5月18日、内閣府から公表された2022年1~3月期の実質GDP(国内総生産)成長率(1次速報値)は前期比年率マイナス1.0%(前期比マイナス0.2%)と、高成長(前期比年率プラス3.8%、2次速報後改訂)の2021年12月期から一転してマイナス成長に転落した。2021年1~3月期から1四半期ごとに成長率はプラスとマイナスを繰り返しており、日本経済がパンデミック局面から抜け出せずに足掻い(あがい)ている様子がよくわかる。
脱コロナを望まず、成長を諦める国民
もっとも、足掻いているという表現は適切ではないかもしれない。いまだに新規感染者の絶対水準に拘泥し、マスクの手放せない生活を続けていることは、世界的に見れば異様な光景だが、日本では日常だ。もちろん、マスクがあるから低成長なのではなく、マスクが象徴する過剰な防疫意識が消費や投資の意欲を削いでいることが重要である。
過去2年間、「経済より命」路線は確実に実体経済を破壊し続けているが、岸田政権の支持率から判断するかぎり、この状況を大多数の国民が肯定している。悪化ペースが緩やかなので、今を生きる人々が実感しにくいのかもしれない。現在と先行きの経済よりも健康を重視しがちな高齢者の割合が高いことも影響しており、結果的に政権は若者よりも高齢者を重視しているのだろう。後述するように、日本経済が置かれている状況は客観的に見て、先進国の中でそうとう劣後しているのだが、「成長を諦めた国」は国民が望んだ結果とも言える。
1~3月期のマイナス成長はオミクロン変異株の感染拡大を受けて再び政府が行動制限に踏み切ったためだが、個人消費はマイナスではなく横ばいにとどまり、今期の落ち込みをやや抑制した。これは意外であるが、オミクロン変異株の感染拡大は1~2月がピークだたっため、3月以降は行動制限解除を視野に個人が消費を回復させた可能性はある。
「もう、ポーズだけの行動制限措置にすぎない」と達観した人々が以前より自粛に協力しなくなっているという可能性もあろう。まん延防止等重点措置の期間も人出が減らないという報道が散見された。実際、内閣官房デジタル田園都市国家構想実現会議事務局が提供する地域経済分析システム(RESAS)のデータを見ると、オミクロン変異株の感染者数急増とともにまん延防止等重点措置を発出したにもかかわらず、人流が顕著に抑制されていない現実も確認できる。
なお、5月16日には大手飲食チェーン店が時短命令をめぐり、東京都に損害賠償を求めていた裁判で、「命令は特に必要と認められず、違法」との判決が出ている。飲食店への時短命令も行動制限措置の一環だが、違法な命令を下してまで効果の薄い防疫政策を打つことを、東京都が今後は自重することに期待したい。
過剰な防疫対策で経済の自滅が続く
周知のとおり、まん延防止等重点措置は3月下旬に全面解除され、5月のゴールデンウィーク中の人出はかなりの程度回復した。GW前に警告が見られた「2週間後の感染拡大」は現時点では見られておらず、人流と感染拡大の因果関係はかなり怪しいものだと言わざるをえない。
このままいけば4~6月期は個人消費に牽引され、高い成長率に復帰できるだろう。エコノミストのコンセンサス予想である日本経済研究センターの「ESPフォーキャスト」によれば4〜6月期は前期比年率プラス5.18%まで加速する。
しかし、日本の過剰な防疫意識を前提にすれば、成長軌道はこの先も安定しないことになる。過去2年のパターンに従えば、仮に7~9月期以降に感染拡大が見られた場合、4~6月期の高成長を「気の緩み」と指差し、再び自滅的な低成長(行動制限)を選択する流れが想定される。その悪循環を脱却すべく現実的な政策を打つべきだが、「経済より命」路線に対する根強い国民の支持を踏まえれば、政府・与党もこの方針を変える理由がなく、同じことが繰り返される可能性は否定できない。
人々は感染対策のために生きているわけではないはずだ。だが、日本ではそうなってしまっている。主要国の実質GDP水準の推移を、2019年7~9月期を100として見てみよう。10~12月期ではなく7~9月期としているのは、10月に日本では消費増税と台風19号による大きな下押し圧力を受けており、その影響を除いて比較したいためだ。日本は当時の水準に対して依然としてマイナス4%ほど届いていない。これがいかに異様な姿なのかは下図を一瞥すればわかるだろう。
「成長を諦めた国」というのは大げさな形容ではなく、純粋な事実である。円が実効ベースで急落し、日経平均株価がその他主要国の株価指数にはっきり劣後している状況と無関係とは思えない。
なお、今の日本経済の実情をより正確に映し出すのは実質GDP(国内総生産)に交易条件の変化(=交易利得・損失)を加えた実質GDI(国内総所得)である。1~3月期の実質GDPが前期比年率マイナス1.0%であったのに対し、実質GDIは同マイナス2.7%と3倍弱の落ち込みになっている。
資源価格の高騰および円安によってそれだけ海外への所得流出が進み、日本経済としての購買力が失われたことを意味している。これまでも述べてきたように、実質GDPはプラスとマイナスを交互に繰り返しており「停滞」という形容が当てはまるが、実質GDIは「悪化」の一途をたどっている。
外部環境は厳しい、せめて国内の足枷を外せ
この間、円の実質実効為替相場(複数の通貨間の実力を見たもので、物価の影響を除く)が半世紀ぶりの円安を記録し「安い日本」の象徴として取りざたされたことは周知のとおり。実質GDIも「安い日本」ないし「貧しい日本」の一端を示すデータと言える。巷間言われる「悪い円安」論は結局、家計部門のコスト負担を端的に述べた議論だが、そうした現状を把握するには、国内の生産実態を捕捉する実質GDPよりも、所得実態を捕捉する実質GDIのほうが向いている。
問題は、過剰な防疫政策が修正され、何の行動規制も入らない状態になれば実質GDPは相応に回復しそうだが、高止まりする資源価格に起因する実質GDIの低迷は出口が見当たらないということだ。少なくともウクライナ危機に伴う資源価格上昇は2月下旬以降であり、交易損失拡大の影響がフルに顕現化するのは4~6月期以降の国民経済計算統計なのだろう。
今後の実質GDIは低迷し、結果として家計部門の消費・投資意欲は委縮しやすくなる。おそらく実質GDPの足枷にもなるはずだ。資源高に象徴される国外環境は不可抗力だが、せめて国内環境くらいは足枷をはめるような行為を止めてほしいと願うばかりである。