日本を絶望の底に叩き落す、イギリス「合意なきEU離脱」の深刻度

イギリスのEU離脱の期限が迫る中、いまだに離脱案の合意が見られず混迷するブレグジット問題を、数々の国際舞台で交渉人を務めた島田久仁彦さんが、主宰するメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』で解説。3月末の離脱期限は延長できても7月末にはやってくる可能性が高まっている「hard Brexit(合意なき離脱)」への備えを訴えています。

漂流する交渉の行方─EUと英国

「互いに振り上げた拳を下げるきっかけを失ってしまった」。Brexitの条件を巡る欧州委員会と英国政府の交渉を見ていると、このような印象を受けてしまいます。そして恐らく、英国内の離脱派と残留派、国民投票再実施を訴える派の間の協議も、同じような袋小路にはまっていると言えるでしょう。

キャメロン前首相がBrexitの是非を国民に問うた際、メイ首相はどちらかと言えば残留派と言われていましたが、態度を明確にせず、国民投票の日を迎えました。大方の予想に反してBrexitが選択されたのですが、彼女が首相に選ばれた際には、その中道的なスタンス(それも残留寄りとされた)ゆえ、残留派と離脱派の溝をうまく埋めてくれるのではないかとの期待があったようです。しかし、その後、どのようにBrexitを巡る国内政治とEUとの交渉が混迷を極めてきたかについては、あえてここでお話するまでもないかと思います。

ジョンソン前外相などの政権からの離脱とメイ首相への批判、議会での不信任案騒ぎという非常に不運で可哀そうな出来事も相次いでいますが、実際には、離脱派にとっても様々な“未知の未知”や“想定外”の要素などが噴出してきて、自らで解決策や代替案を見つけられないにも関わらず、その批判を一手に受けてしまっているという状況に陥っています。結果、ブリュッセル(欧州委員会や議会)から叩かれ、国内からも非難の矢が色んな方向から飛んできて四面楚歌といってもいい状況になって、メイ首相も少し意固地になってきているように思えます。

それゆえでしょうか。政権発足当時には離脱担当大臣に任せていたEUとの交渉を自分自身で執り行うように方針転換し、自ら身動き取れない状況にはまり込んでいます(余談ですが、私はリーダーを交渉の矢面に立たせることを決してお勧めしません)。

1月29日の議会下院での協議を受けて、現在のEUとの案に対する修正項目が挙げられましたが、EUからは、条件については、一切再交渉はしない!との非常に強いNOを突きつけられ、(ただし、離脱期限の延長については協議の用意ありとのことですが)、EUとの交渉が成立するかも微妙な状況と言えます。

これには、実はEU側の都合もあります。5月に現大統領、委員会委員長、EU議会の選挙を控えており、執行部が総入れ替えされるため、3月に定められた現在の離脱期限を越えてしまうと、実質的な内容に関わる(特に関税措置と国境措置に関わる事項)修正は不可能になってしまいます。

これまでにもこの“交代の時期のジレンマ”を何度も見てきましたが、現執行部下で決められた方針を大幅に変えることが出来るのは、新しい執行部およびEU議会の“新”メンバーが揃ってからになりますので、現執行部にとっては、現在、テーブルに乗っていて、ボールは英国議会にある案に対し、Take it or Leave(伸るか反るか)という非常に狭い交渉マンデートしか与えられていません。(注:余談ですが、気候変動交渉でも、貿易にかかる交渉でも、先に委員会で合意された交渉スタンスを、実際の交渉において大幅に変えることは、現場判断では出来ず、再度、委員会からの修正案を議会で承認する必要があるというシステムの弊害がここにも散見できます)。

また、再協議可能とされた離脱期限の延長についても、現執行部が伸ばし得る期限は、新執行部が揃うとされている今年7月までがいいところでしょう。つまり、EUの現執行部が非常に強く、かつ妥協不可能とさえ取れる態度に出ないといけない理由は、「現執行部でこの問題にけりを付け、英国のいないEUの未来を新執行部に託したい」と考えているからでしょう。(リーダーとしての意地なのかメンツなのかは分かりませんが)。

いろいろな評論やメディアを見てみると、「そうはいってもhard Brexitの可能性は低い」との見解が多いですが、仮に7月まで交渉期限・離脱の期限が延長されることになっても、現在、もっとも相違があるとされる問題(アイルランドと北アイルランドの間に国境を再設定しないとの措置を巡るタイムライン)に対する解釈やスタンスが大きく英国とEU間で離れているため、どちらかが大きく譲歩するか交渉スタンスを変えない限りは、合意の糸口は見いだせないかと考えます。そうすると、3月末もしくは7月末には、hard Brexit(合意なき離脱)が現実化します。

市場ももうそれを織り込み済みなのでしょうか。29日の英国議会での“合意”を受けても、早期にEUとの合意に至る見込みはないと冷ややかに捉えたようで、30日以降、英ポンド売りが加速する事態です。そして、企業の英国からの大脱出も目立つようになってきました。Dysonはシンガポールに本社を登記ごと移す決定を下しましたし、英国に置かれていた金融の決済機関も、その本部機能をEUに移しています。

そして、ドーバー海峡で国境を接することになるフランスも、カレーの港に、再度必要になる対英関税措置に対応するため、倉庫機能と駐車場の増設工事をスタートさせています。すでに英国無き欧州に向けた準備は(備えではなく)着々と進んでいます。

欧州委員会の官僚たちも、またフランスやドイツなどEUの主要国の政府も、着々とhard Brexitの影響の低減策を次々に準備していますし、よほどの起死回生の一打でもない限りは、欧州はBrexitによるハードランディングが予測されています。

では、その起死回生の一打は何か?それは、ブレア元首相などが提言している国民投票の再実施で、離脱の判断を覆すことです。メイ首相は現時点では再投票の可能性を頑なに否定していますが、今の袋小路から英国はもちろんEUも解き放つ策は、それ以外ないような気がします。そのためには、まずメイ首相率いる英国政府が、EUに対して行った離脱通告を一旦撤回し、再度国民に信を問うことが必要になります。ちなみに、再度国民投票を行っても、結果がひっくり返るかどうかは、実は定かではありませんが。

しかし、まだメイ首相の言動を見ていると、交渉をやる気満々ですので、やはり起死回生の一打を選択する可能性は、3月末の交渉期限まではほぼゼロでしょうし、仮に延長に合意できたとしても、その可能性は低いように思われます。

となると、やはりhard Brexitに備える必要がありますが、EU各国はもちろん、日本やアメリカ、カナダ、そしてCommonwealthの国々は十分に対応策を準備できているでしょうか? 非常に不安です。すでに市場はリスクを織り込み済みだとしても、貿易、関税、人の流れ、航空路線、警察協力、ビザの問題など、非常に広い経済エリアに影響が及ぶことになりますので、非常に大きな混乱を、世界経済にもたらすことは確実でしょう。

「きっと交渉は妥協点を見つけるだろう」「hard Brexitは起こらない」といった楽観論を信じてみたくなりますが、その希望が打ち砕かれる可能性はどんどん高くなっています。

日韓の緊張の高まりと戦争の可能性、北朝鮮をめぐる軍事行動など北東アジアにおける混乱要素満載な2019年ですが、意外に、日本を含む北東アジアを絶望の底に叩き落すような波が、欧州から襲来してくるかもしれません。

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