日本中で「地価の急上昇」が大発生…日本人が「いまの土地に住めなくなる」事態が急増する「深刻な大問題」

日本全国での急激な「地価上昇」

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東京から地方の都市や観光地に至るまで、近年、日本各地で地価の上昇が報告されている。国土交通省の令和6年(2024年)地価公示によれば、住宅地の公示地価は前年比で2.0%上昇した1)。 【写真】日本中で「地価の急上昇」が大発生…日本人がいまの土地に住めなくなる大問題 振り返れば、1980年代から1990年代初頭までのバブル期には、東京を中心に国内の地価は軒並み暴騰した。全国でも東京圏でも、いずれも1991年にピークを迎え、住宅地の1平方メートルあたりの地価は、全国平均で306,500円、東京圏の平均では539,400円に達した。 しかし、1990年代初頭にバブル景気が弾けると、それ以降、日本の地価は続落していった。全国の住宅地の平均地価は、2014年に底をついて101,700円となった(2024年時点)。東京圏においても、同じく2014年に204,300円とバブル崩壊後の最安値をつけた。全国と東京圏のいずれも最も高騰した時に比べ、3分の1程度にまで地価が下落したことになる。 ところが2014年以降になると、今度は上昇トレンドを示し始めた。2014年と2024年のデータから過去10年の変化をみると、なんと全国で27.8%、東京圏で30.9%それぞれ地価が上昇した。 また、三大都市圏では25.6%、地方四市(札幌市・仙台市・広島市・福岡市)では70.0%の地価上昇が確認された。東京一極集中や地方の人口減少が問題視されているのとは裏腹に、近年では三大都市圏のみならず、地方都市でも同等かそれ以上の地価上昇の傾向をみてとれる。 国内における地価上昇の主な要因として、低金利政策を背景とした日本人による住宅の購買需要の増加のほか、海外資本の流入などが挙げられる。後者は、日本の地価や物件が先進諸国の中で割安であること・外国人の不動産取得に対する日本の規制が緩慢であることなどに起因し、外国人投資家が日本の不動産を購入していることを意味する。 2024年における東京圏の住宅地の地価は前年比でみても4.7%上昇した。日本人と外国人の両方からの購買需要が高まった結果と考えられる。 また、全国の住宅地で地価が最も上昇した地点は、倉本聰氏が監督した「北の国から」で知られる北海道富良野市の北の峰町だった。ここでは、前年比で27.9%の地価が上昇した。初めて地価公示の対象となった2021年と比べると、2024年には84.0%も地価が高騰した。 富良野といえば、キタキツネが駆け回る雄大な自然景観をイメージされるかもしれないが、北の峰町では、そうした魅力的な自然観光の資源に加え、良質なパウダースノーのスキー場と札幌へのアクセスの良さに目をつけた、外国人投資家による投機的な購入に端を発して地価が急騰している。

「ジェントリフィケーション」という問題

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地価高騰は、我々の暮らしにどのような影響を及ぼすのだろうか。新居の購入を検討していた人にとって、それは耳の痛いニュースであろう。パンデミック以降における資材価格・工賃の上昇も相まって、「理想の地に我が家を買い、住まう」という人生の一大プロジェクトの達成に暗雲が立ち込めたように感じている人もいるかもしれない。 一方で、地価の上昇は家賃の値上げを誘発させることから、賃貸契約で入居する人にもしわ寄せは及ぶ。地価上昇に伴い、固定資産の評価額が上がることで固定資産税や都市計画税が増額される。 これらの税金は直接的には不動産所有者(家主)に課されるが、家主は往々にして、借家人から支払われる賃料を上げることでその差分を補おうとする。賃料に関して、データのある2009年と2024年(ともに第1四半期)を比べると、東京23区で19.61%、大阪市では30.10%上昇した2)。また、札幌市で23.76%、仙台市で22.71%、福岡市でも20.53%上昇した。東京のみならず、地方都市でも賃料が顕著に上がっていることがわかる。 読者の中にも、最近、マンションやアパートの契約更新のタイミングで寝耳に水な悲痛な体験をした人がいるのではないだろうか。家賃の値上げ額によっては、住み続けたいと思える物件であっても契約更新を諦め、職場・学校や最寄り駅へのアクセスの低下、或いはオートロック、エレベーター、独立した浴室・洗面所の有無といった点で、住宅設備の低下を渋々受け入れざるを得なくなる。 また、スーパー、コンビニ、公園などへの近接性といった良好な周辺環境を手放し、条件のより劣る他所への引っ越しを甘んじて決断する人も出てくるであろう。所得が十分に上がらないなか、衣・食・住という我々の基本的人権の一つである「住まい」に関する、近年の一連の状況に危機感を抱いている人も少なくないと思われる。 賃貸契約の場合、家主に対し、借家人は圧倒的に弱い立場に置かれる(法律の上では、そうではないのだが)。日本よりも先に地価の高騰が進んだ欧米の例をみると、家主が税金の増額分以上の過大な賃料を設定するケースが珍しくない。日本でも、周辺で家賃相場が上昇したことを理由に、家賃の値上げを申し立てる家主が少なくない。 日本では借地借家法において、借主の保護が定められているが、周辺地域における家賃相場の上昇は賃料の値上げの正当な事由として認められる可能性が高い。実際に申し立てを行えば、法的に精査されケースバイケースの裁定が下ると考えられるが、その過程では時間的にも精神的にも、かなり消耗してしまうだろう。 そのため、泣き寝入りをせざるを得なくなったり、揉め事を避けようとして退去を受け入れる人も出てくる。 また、先行する欧米の例やバブル期の日本の地上げ屋の例からは、元の借主に嫌がらせをして退去させた後、より高い賃料で新たな借主を入居させるなどの実例が認められる。家主/借家人の非対称な力関係は、特に地価の上昇局面において住宅問題を引き起こす構造的で根深い要因となる。 こうした地価高騰とそれに伴う不本意な転居や居住地選択の余地縮小の問題は、国内では比較的最近取り沙汰されるようになったが、実は欧米を中心とする他の先進諸国では、1970年代頃から現在に至るまで継続的に確認されてきた。 一連の現象は、ジェントリフィケーション(gentrification)と呼ばれ、人文地理学の下位分野である都市地理学を中心としながら、都市社会学や都市計画学などを含む、都市研究という学際的な学術領域において、長らく中心的な議題となってきた。 この現象は、「住まい(home)」という私たちの暮らしの基盤や起点となる場所に変更を迫るとともに、ひとたび発生すると数年程度の短期間で急速に進行する点も特徴である。研究者以外の人々にも直接的に関係する事象であるため、行政職員から一般市民までをも広く巻き込み、社会的な関心の的になってきた。

「高級化」するニューヨーク

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ジェントリフィケーションの原義を辿ると、1960年代のイギリス・ロンドンに遡る。中流階級(ジェントリ=gentry)の人々が、労働者階級の地区へ転居・侵入したことに由来する。 経済的により裕福な人々が、労働者が暮らす地区に対する関心を高めることで当該地区の地価・賃料が上昇する。家主や不動産業者は、より高い地代を負担できる人に自身が保有・管理する物件を売却・貸出することで、より大きな利潤を獲得したいからである。 その結果、従前の住民であった低所得の労働者の人々が立退きを余儀なくされ、域外へと締め出されていく。1964年にイギリスの研究者ルース・グラス(Ruth Glass)が命名して以降、国境を越えて、その発生要因や問題点などが検討されてきた3)。 言わずと知れたグローバル都市のニューヨーク市は、ジェントリフィケーション研究の最前線の一つとなってきた。 ニューヨーク市は、マンハッタンを中心に、ブロンクス、ブルックリン、クイーンズ、スタテンアイランドの合計5つの区から構成される。マンハッタン区の北部に位置するハーレムは、市内のアフリカ系黒人にとって、居住・生活の核心地であるのみならず、文化的にも心臓部と呼べるほどに重要な役割を果たしてきた。 1980年時点、セントラル・ハーレムの総人口のうち、96.1%を黒人が占めていた4)。当時、マンハッタン区の総人口に占める黒人割合が21.7%であったことから、同地区において黒人による顕著な空間集積が生じていたことがわかる。そんなハーレムだが、貧困の集中と犯罪発生率の高さが問題となっていた。 1980年当時、マンハッタン区全体における低所得世帯($10,000未満)の割合が37.4%であった一方、セントラル・ハーレムでは65.5%に達していた。 1970年代から1990年代にかけ、ニューヨーク市の財政は逼迫していた。この時期、ニューヨーク市政府にとって、中高所得層を郊外から都市内部へ呼び戻して税収を上げることが急務であり、その結果としての地区の高級化はむしろ歓迎すべき事態だった。 このような状況の中、20世紀末以降、ハーレムのまちは劇的に刷新されていった。セントラル・ハーレムの黒人割合は、77.3%(2000年)、58.6%(2010年)、45.8%(2022年)と減少した5)。 その一方、白人割合は、2.1%(2000年)、11.8%(2010年)、14.4%(2022年)と増加した。世帯所得に関しても、2000年の国勢調査での最低位にあたる$20,000未満の人口が同地区全体に占める割合は、2000~2022年の間に31.7%から21.5%に減じた。他方、最高位にあたる$250,000以上の人口割合は1.7%から7.8%に増した。

中流階級も追い出される……

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ニューヨーク市の病巣が如く捉えられてきたハーレムにおいて、20世紀末以降、ジェントリフィケーションが進行していった一方、世界有数の金融街であるウォール街の周辺でもこの現象は着々と進んでいった。 ウォール街が位置するマンハッタン区南部からブルックリン橋を渡り、ブルックリン区に入ると間もなく、ブルックリン・ハイツと呼ばれる地区が姿を現す。19世紀に開発されたこの地区の住宅は、今でもブラウン・ストーン(茶褐色の石)で外装されており、歴史的な景観を呈している。 20世紀初頭には約3分の1の住宅が銀行に差し押さえられたほか、多くが労働者の下宿屋として利用された。しかし、1960年代以降、この地区にも中流階級の人々が流入し、瞬く間に住宅価格が上昇していった6)。こうした衰退地区への中流階級をはじめとする流入者は、ジェントリファイアー(gentrifier)と呼ばれる。 彼・彼女らは、都心部へのアクセスの良さ、安価な住宅価格などに魅力を感じるとともに、地区の歴史・文化・景観などに新たな価値を見出し、旧来の労働者地区に流入する。 1980年代までをみる限り、ブルックリン・ハイツは、他の地区と大差のない20世紀末以降の欧米都市に典型的な地域変容を経験したといえる。しかし、この地区が辿った変化の特異性は、その後の1990年代以降に集約される。ヒト・モノ・カネ・情報のグローバル化のさらなる進展とともに、グローバル・エリートたちが国境を越えてニューヨーク市に居住を始めたためである。 その中でも、多くの人々がウォール街近くのブルックリン・ハイツに流入したのである。彼・彼女らは、金融関連業などの専門職に就き、富裕層(super rich)として位置づけられる人々である。職場への近接性に加え、19世紀に建設された石造りの住宅外観も文化的懐古趣味を持つ、彼・彼女らにとって魅力的に映った。 グローバル・エリートがブルックリン・ハイツに到来することで、それまでにジェントリフィケーションを引き起こしていた、メイン・アクターであった中流階級の人々が一転して域外へと締め出されることになった。 労働者が追い出されて中流階級へ、その後、それがさらに追い出されて富裕層へと置き換わる、二重のジェントリフィケーションが生じるこの現象は、ジェントリフィケーションが上塗りまたは更新されることから、スーパー・ジェントリフィケーションと呼ばれる。 ニューヨーク市では、低所得層のみならず、中所得層の人々さえもが空間的な締め出しを経験しているのである。グローバル都市であるニューヨーク市、その中でも金融の核心地であるウォール街に近接する当該地区の立地が主な要因となって生じた特有の地理的現象といえる。

「暮らしの体系」が解体される

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ジェントリフィケーションは、グラウンドセオリー、あるいは1つの大きな物語では捉えきれない、ローカルな背景や固有性が表出する現象でもある。近年、「ジェントリフィケーションの地理学」が提唱され、世界各地で生じる一見して同様の現象が持つローカル性の解明に注目が集まっている。 ジェントリフィケーションの影響は、経済的な側面にとどまらない。強いられた転居とそれに伴う住環境の悪化は、私たちの生活の質を低下させる。 また、地域コミュニティの崩壊を引き起こし、当該地区で暮らしていた従前の住民に経済的な価値指標では測ることのできない多大な影響を与える。 気付けば隣人が入れ替わり、馴染みの酒場や喫茶店など、行きつけの商店が姿を消していく中、それまで機能的かつ有機的に結びついていた、人々の「暮らしの体系」が解体されていく。代替不能な「コミュニティ」が不可逆的に失われていくのである。 ジェントリフィケーションは、税収の増加により地方政府に寄与したり、地区によっては治安の改善といった効果も認められよう。しかし、ハーレムからの立ち退きを強いられた黒人の住民や、ブルックリン・ハイツから姿を消した労働者階級と中流階級の住民は一体どこに消えたのだろうか。 さらに、彼・彼女らが長い年月をかけて築き上げた、近所付き合いや地域コミュニティの解体・喪失の経験は、都市開発や経済発展を掲げたマクロスケールの高邁な理想に比べて、取るに足らない瑣末な事柄として済まされて良いことなのだろうか。

日本に迫るジェントリフィケーション

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こうしてアメリカの事例をみた時、現実味を持って理解することは必ずしも容易ではないだろう。それでは、これまで欧米で認められてきた上記の現象を昨今の日本に照らしてみた時、どのようなことが見えてくるだろうか。 筆者らの調査によれば、前述した富良野市北の峰町では、実際に不動産業者へ家屋を売り渡す事例が増加し、「家屋」という点的なスケールではなく、「地域」という面的なスケールでの変化が進んでいる。 都市部に目を向けると、周辺の家賃相場の値上がりを理由に、東京都新宿区にある築6年・1K・25の部屋の賃料が14.4万円から16.0万円に値上げされた事例が報告されている7)。また、文京区の築30年・2LDK・78の部屋は17.9万円から19.5万円へと、こちらも賃料が約1割値上がりしたという。 さらに、大阪市の日本橋エリアにおいては、築35年・3DK・55の部屋の賃料が9万円から18万円へと倍増される予定になり、転居を余儀なくされた借主の事例が伝えられている8)。 この物件の所有者は、民泊への転換を本来の目的としており、既存の住民を追い立てるために法外な賃料を設定したという。このように、賃貸物件から民泊物件へのコンバージョンも、従前住民の放逐に拍車をかけている。観光立国化の暗部ともいうべき現象といえよう。 以上のように、日本においても、ジェントリフィケーションの萌芽が認められることは、残念ながら厳然たる事実のようである。また、それは日雇い労働者の生活地区(大阪・西成地区、東京・山谷地区、横浜・寿町)など、特異な地区の事例ではなく、幅広い地域・地区で生じている。ジェントリフィケーションを「対岸の火事」から「我が事」として考える時が、日本にも到来してしまった。 さらに連載記事<多くの人が意外と知らない、ここへきて日本経済に起きていた「大変化」の正体>では、日本に迫る危機的状況をわかりやすく解説しています。ぜひご覧ください。 1)国土交通省(2024)令和6年地価公示https://www.mlit.go.jp/tochi_fudousan_kensetsugyo/tochi_fudousan_kensetsugyo_fr4_000001_00 194.html 2)マンション賃料インデックス:公表資料.アットホーム株式会社.https://business.athome.jp/mansionchinryoindex/kohyo2406.pdf 3)Glass, R. (1964) Introduction: Aspects of change. In Centre for Urban Studies Ed.London: Aspects of change. London: MacKibbon and Kee. 4)Schaffer, R. and Smith, N. (1986) The Gentrification of Harlem?Annals of the Association of American Geographers76(3): 347-365. 5)Furman Center for Real Estate and Urban Policy (2024) Central Harlem: Neighborhood Profiles. https://furmancenter.org/neighborhoods/view/central-harlem#demographics 6)Lees, L. (2003) Super-gentrification: the case of Brooklyn Heights, New York City.Urban Studies40(12): 2487–2509. 7)フジテレビ(2024)【高騰】「収入上がらないのに値上げ…」東京23区の家賃が“過去最高”若狭弁護士「大家さんとの交渉は可能」.https://www.fnn.jp/articles/-/667284?display=full 8)カンテレ(2024)突然マンションの家賃が2倍に…相場10万円なのに18万円!? 管理会社は一方的に通告「値上げはオーナーの意向です」 本当は『民泊』への転用が狙いか. https://www.ktv.jp/news/tsuiseki/240606-yachin/s

髙橋 昂輝(北海道大学 准教授)

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