日本人に伝えたい「稲作が温暖化促進」の衝撃事実 CO2の25倍の温暖化効果があるメタンを排出

日本の原風景ともいえる田園。昨年10月に発足した岸田文雄内閣が掲げる「デジタル田園都市国家構想」が、デジタルの地方からの実装化と変革で都市との差を縮めることを提唱しているように、いわば田園は地方を象徴する言葉でもある。

豊かな水資源に恵まれ、そこに小さな生きものが宿り、緑あざやかな夏の水田を渡って来る風に触れると、あらためて日本人の多くは環境に優しい場所と感じるはずだ。「脱炭素」が叫ばれる時代に、大気中の炭素を還元してくれている、と――。

ところが、現実はその反対だ。コメを作付けることによって、水田から温室効果ガスが排出されている。その量も少ないとは言えない。この現実を、どれだけの日本人が知っているだろうか。

農林業による温室効果ガス排出の5%をコメが占める

指摘は以前からあった。例えば、「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」が「第5次評価報告」として、「2010年の世界の温室効果ガス排出量」を2014年に公表している。パリ協定が採択される前年のことだ。

その内訳を見ると、総排出量490億トン(二酸化炭素=CO2換算)のうち、最も多いのは発電によるもので、全体の25%を占めている。その次に多いのが農林業の24%だった。次いで産業の21%、輸送14%、建築6.4%と続く。CO2を吸収する側と思われがちな農林業分野だけで全体の4分の1近くを占め、それも発電排出量と大差はなかった。

そこから、農林業による温室効果ガス排出の内訳をみると、森林伐採による影響が37%、次いで牛など反芻動物の消化管内発酵によるゲップの排出などが21%、肥料10%、化学肥料7%、そして5%の割合で「コメ(英語表記:rice)」という項目が入ってくる。農作業機械の燃料使用も5%となっているから、排出量は変わらない。

この「コメ」によって排出される温室効果ガスの正体は、メタン(CH4)だ。コメを作付けることによって放出されている。しかも、メタンは二酸化炭素(CO2)の25倍の温暖化効果があるとされ、換算すると農林業全体の5%を占めることになる。決して少なくはない。

また、牛など反芻動物の消化管内発酵によるゲップも、メタンとなって排出される。CO2換算で全体の2割以上を占める。

「コメ」が排出するメタンは、稲が作り出すのではない。水をはった田の土中に生息する嫌気性細菌が生成したものだ。そのおよそ9割を、稲が土壌から吸収して、そのまま大気中に放出してしまう。その結果だ。

それでも、つまるところ日本人が主食とするコメを国内で生産しただけで、温室効果ガスが排出されていることになる。

さらに、日本の農研機構が「FAOSTAT(国際連合食糧農業機関統計データベース)」から集計したところによると、パリ協定採択後の2017年の農業分野の温室効果ガス排出量はCO2換算で54.1億トン。このうち、メタンによる家畜の消化管内発酵(ゲップ)が38.8%、家畜排泄物の管理に6.5%、稲作は9.9%を占めている。家畜の糞尿処理と比べても稲作のほうが多い。

「2020年比で30%削減」へ動きはじめた世界

メタンはCO2の25倍の温室効果がありながら、「脱炭素」と叫ばれるように、これまではことさらCO2に光が当たってきた。それが、昨年の後半からようやく世界的な関心が向けられるようになった。

昨年11月にイギリスのグラスゴーで開かれた「第26回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP26)」で、100を超える国と地域が参加して、2030年までに世界のメタンの排出量を2020年比で30%削減する「グローバル・メタン・プレッジ」が、アメリカと欧州連合(EU)の主導で立ち上がっている。

メタンは農畜産業のほかにも天然ガスの生産で排出される。人の活動によって発生する温暖化ガスでCO2に次ぐ16%を占める。温室効果はCO2の25倍である一方で、CO2ほど長く大気中に滞留しないため、排出量を削減すれば気候変動対策に素早く、しかも大きな効果が期待できるというのだ。

発足を宣言したアメリカのバイデン大統領は「今後10年で最も重要な取り組みの1つになる」と語っている。

日本も参加していて、今年6月17日にアメリカ主催で開催された「エネルギーと気候に関する主要経済国フォーラム(MEF)」に岸田首相は、ビデオメッセージを寄せた。「グローバル・メタン・プレッジおよびメタン対策における世界規模の迅速な行動の重要性を改めて強調します」と明言している。ようやくメタンに目線が向かってきたところだ。

ただ、アメリカをはじめとする世界のメタンの排出量上位10カ国のうち、中国、ロシア、インド、イランは参加を見送っていた。

そうしたところに、今年2月にロシアによるウクライナへの軍事侵攻がはじまった。西側諸国の経済制裁によって、ロシア産の原油の輸入禁止措置をとったことで、世界的な原油高に拍車をかけ、ロシアに天然ガスを依存する欧州諸国では供給が減ったこともあって、石炭への回帰が進む。

ドイツやオランダでは、これまでの石炭火力の制限を撤廃する方針を、すでに打ち出している。世界の平均気温上昇を産業革命以前に比べて2度より低く保つことを長期目標として、1.5度に抑える努力を追求するとしたパリ協定も、実現可能性が危ぶまれる。地球温暖化対策は後退している。

小麦の代替として注目を集めるコメ

そこに世界的な食料危機への懸念が出てきた。なかでも小麦は、ロシアが黒海を封鎖したことでウクライナ産の輸出が滞り、小麦の国際価格が高騰。ウクライナからの輸入に頼っていた中東やアフリカ諸国は窮地に追い込まれている。

日本でも、すでに4月の時点で政府が買い付けた輸入小麦を製粉会社に売り渡す「売り渡し価格」が、前年10月期と比べて平均17.3%も引き上げられた。これはロシアが侵攻を開始する以前から、北米を襲った干ばつによる不作で国際価格が上昇したことによるものだが、ロシアによる黒海封鎖の今後の動向によっては、この10月に迫った小麦の売り渡し価格の見直しにも影響が出ないとも限らない。

さらには、エネルギー価格の高騰やアメリカをはじめとするインフレ傾向が拍車をかけて、日本国内でも食料品価格の値上がりが続いている。

そうしたなかで早くから小麦の代替に注目されているのがコメだ。食料自給率が37%の日本でも、コメはほぼ100%自給できる。

すでにパンやパスタの値上がりに、即席米飯(パック米飯)の市場が拡大し、米粉パンへの関心も高まっている。岸田首相も4月26日の記者会見で「国産の米や米粉、国産小麦への切り替えを支援する」と言及している。自民党内でも国産米や米粉の需要拡大の検討を進めていた。

コメへの切り替えは世界的に見てとれる潮流で、すでに世界のコメ輸出の主要国であるタイでは、コメの輸出量が前年を上回る。

そこでコメの増産が進めばそれだけメタンの放出も増えることになる。

ただ、日本も手をこまねいているだけではない。稲作によるメタン対策として、水田の「中干し」を推奨している。

稲が根を張ったあと、いったん水を抜いて田を乾かすことでメタンの排出量が減ることに期待したものだ。それで従来の排出量の約30%が削減できるとされる。この水田管理手法を海外にも広めていく考えを示す。

人口減によるコメ需要の減少という別の課題

ところが、ここにもまた懸念材料がついてまわる。日本の農業従事者は年々、高齢化が進んでいる。数も減っている。

一方で、岸田政権が掲げる「デジタル田園都市国家構想」では、農地管理をデジタル化したスマート農業への移行が叫ばれている。今さらながらに、コメの生産者に手間のかかる「中干し」を求める旧態然とした単純作業に実効性があるのか、首を傾げたくもなる。

先月27日に農林水産省が発表したところによると、2022年産の主食用米の作付面積が、前年に比べて約4.3万ヘクタール減る見通し。家畜の餌になる飼料用米や、大豆や麦などへの作付けへの転換が進んだことが背景にあるようだが、もっともそれ以前に、人口減からコメの需要そのものが毎年減少し続けている。

食料調達の確保と地球温暖化対策の推進。世界的な食料危機の懸念をコメの増産で乗り切ろうとすれば、それだけ温室効果ガスの排出も増える。そのことは、少なくともこの時代を生きる日本人としては知っておきたい事実である。

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