友だちの数、生産性の高いチームのメンバー数、縦割り化する会社の社員数……。これらの人数は、進化心理学者のロビン・ダンバーが発見した「ダンバー数」や「ダンバー・グラフ」に支配されている。古来人類は、「家族」や「部族(トライブ)」を形作って暮らしてきたからだ。
メンバー同士が絆を深め、信頼し合い、帰属意識をもって協力し合う、創造的で生産性の高い組織を築くためには、このような人間の本能や行動様式にかんする科学的な知識が不可欠である。日本語版が2024年10月に刊行された『「組織と人数」の絶対法則』について、人材・組織開発を支援する株式会社アダットの設立者で代表取締役の福澤英弘氏が解説する。
組織関連の問題への3つのアプローチ
規模の大小に関わらず、経営に携わる者で組織に関して悩まないものはいない。
【写真で見る】5, 15, 50, 150・・・・・・ この数字に秘められた「すごい力」がわかる本
組織関連の問題へのアプローチは、大きく3つに分類できる。ひとつは、組織が経営の意図にできるだけ沿って機能するような構造をつくり、それを統制するための方法に関するもの。いわば制度系。
このアプローチは原則として、Aというスイッチを押せば「ルール」に基づきBという結果が出るという前提に基づく。
例えば給料を上げれば、ヒトはもっと働くようになるというように。ざっくり言えば、ヒトを機械と同様にみなす。
2つめは、組織を構成する個の能力に着目したもの。XX思考といったような専門知識・スキル開発、マインドセット設定がその典型の、いわばマインド・スキル系。
組織を構成する個の能力を高めれば、自ずと組織の能力も高まり、業績が向上することを前提とする。構成する部品の品質が高まれば、製品の品質も高まるという前提に基づく。
部品たる社員も、自らが保有する部品の能力を向上させ、自分という製品の価値を高めるために資格取得や自己啓発に勤しむ。これも機械のアナロジーである。
3つめは、個と個の関係性に着目したもの。組織の能力は、必ずしも個の能力の総和にはならない。関係性によっては、総和を超えることも下回ることも普通に起こる。
皆さんの周囲でも珍しくないことだろう。個と個は相互依存関係の網で結ばれており、感情にも左右され機械と違って理屈どおりには動かない。感情は人それぞれ、合理的ルールが適用できないからこれは難しい。
しかし現在の経営にとって、3つめのアプローチの重要性が高まっている。どうすればいいのか? 本書ではルール(法則)として、進化心理学が適用される。
我々人間はホモ・サピエンスでもある。どれだけ知恵を付けたとしても、ホモ・サピエンスとしての生物学的な制約や特質を確実に保有している。それらを理解して、できるだけ逆らわず、またときに弊害を前もってコントロールすることで組織成果と個々の人間のウェルビーイングを高めようというのが、本書の主張である。
最も重要な制約は、個では外敵に対して圧倒的に弱いため、集団をつくらなければ身を守れないということだ。
脳はそれに適応するように、25万年かけて進化してきた。つまり脳は社会的関係を築くようにプログラムされているのだ(スマホを家に置いたまま外出してしまった時の不安感を思い出されよ)。本書の原題「The Social Brain」すなわち「社会脳」は、このことを意味する。
「1人あたりにかける時間」×「人数」
では、社会脳に基づくルールとは何か。社会的関係(≒仲間作り)に使える認知能力のキャパシティーは脳の大きさ(約1400cc)によって決まり、それが制約となる。
そしてキャパシティーを埋めるのは、「1人当たりにかける時間」×「人数」である。関係性の深さはそれにかける時間によりほぼ決まるので、深い関係性を結ぼうと思うとその人数は自ずと限られる。
1人当たりにかける時間とは、「社会的毛づくろい」に費やす時間を指す。サルは実際に仲間の毛づくろいをするが、ヒトはそうした身体接触がなくとも深い会話や食事をともにするなどして同様の活動をしている。
そして面白いのは、(社会的)毛づくろいがスイッチとなって起こる仕組みだ。スイッチが入ると、幸福な気持ちにさせるホルモンであるエンドルフィンが分泌される。それが繰り返されることでその集団に貢献したいと思うようになり、関係性がさらに深まっていく。
共著者のダンバーは、こうした関係性の深さにもレイヤーがあり、集団規模5(支援集団)、15(シンパシー集団)、50(良好な関係の友人)、150(友人)で安定することを発見した。それをさまざまな実証データで裏付けていく。そこは本書の読みどころのひとつだ。
読者は自分を同心円状に取り囲む、規模の異なるいくつかの集団にダンバー数を当てはめ確認することだろう。
こうしたルールを前提として、本書は以下について展開していく。
「もっとも重要な課題は、人の自然な社会行動をどのように利用すれば、より良好な結果を生む組織をつくることができるかにある。(中略)どうすれば、そこで働く人のためにより満足のいく社会環境をつくることができるか」(34ページ)
マネジメントにとって最も重要な役割
マネジメントにとって、個と個との関係性が効果的に作用し、個の潜在能力が最大限に発揮できる社会環境をつくることが、最も重要な役割である。本書では、それを帰属意識、絆づくり、メディアとメッセージ、信頼の深さ、社会的空間・社会的時間の切り口で説明していく。
それらの中から、筆者が興味深いと感じた点をふたつだけ挙げよう。ひとつは職場をトライブ(部族)、ひらたく言えばコミュニティにせよとの指摘。
トライブでは共通の目印やシンボルを身に着け、ジャーゴン(社内用語)を話し、会社の創業物語を共有する。こうして形成される帰属意識が、共通の敵に対して一致団結して戦う姿勢を引き出し組織の効果性を高める……。なんだか昭和の会社を思い出さないだろうか。
もう一点は、身体的同調性の重視だ。
「この集団で行うラジオ体操が、日本の労働者や経営者が会社に対して深い忠誠心を抱いた理由の一つだった(中略)しかし新たな千年紀に入ると、日本の産業界が経験した一連の経済ショックのせいで、この習慣の価値に疑念が生じた。(中略)新世紀が求める独立志向の妨げになるとされた。(中略)しかし、企業が朝のラジオ体操を取り止めたのは正しい選択だったのだろうか。」(168ページ)
身体的同調(ラジオ体操、ダンス、合唱、笑など)は、エンドルフィンの効果を増幅し絆を強くするというのに、個の独立志向を重視するがゆえ、それを取り止めたように見られているのは興味深い。現代に合う身体的同調行動を探すべきかもしれない。
バブル崩壊後の日本企業では、日本的経営を構成していた多くの制度や習慣を悪しきものとして捨て去っていった。しかし、それらの中には社会脳によるルールに適っていたものも多かったのではないだろうか。本書を読んでいると、そういう思いにかられることが幾度もある。
従業員エンゲージメントが低い日本企業
毎年米ギャラップ社が発表している従業員エンゲージメント調査によると、今年も日本は139か国中最下位レベルである。
従業員エンゲージメントが低いということは職場がトライブとなっておらず、個のウェルビーイングレベルも低いと考えられる。そういう組織では生産性は上がらず、イノベーションも生まれにくいという。どこで道を誤ってしまったのだろう。
『「組織と人数」の絶対法則』は、筆者が2021年に著した『人の顔した組織』(東洋経済新報社刊)と重なる部分が多いと感じた。どちらも組織を機械のアナロジーで語るべきではないとの主張から議論をスタートしている。
その前提に立つならば、日本企業にはアドバンテージがあるはずと信じたい。かつて日本企業が得意とし、現在は失われてしまったかのような社員個々のウェルビーイングと組織能力向上の両立。本書からは、それを現代に即した形で実現させるためのヒントが得られるだろう。