温でも冷でもおいしい、しみじみ和むうまみと香り…。和食の原点「だし」が改めて評価されている。老舗かつお節店が開いた「だし料理店」はオープンからおよそ2カ月を経ても長蛇の列が絶えず、だしを「万能調味料」とうたう総菜店では外国人や保育施設にまで顧客を広げる。うまみを生かした減塩調理やメタボ対策など健康面からも注目。「和食」の国連教育科学文化機関(ユネスコ)の無形文化遺産登録も背景に、何気なくすごい、だしの奥深さに都会人がハマっている。(重松明子、写真も)
東京都中央区のコレド室町2にあるだし料理店「日本橋だし場 はなれ」は、3月の開業以来大盛況が続く。厨(ちゅう)房(ぼう)から削りたてのかつお節が香る、平日の午前11時。開店と同時に49席が満席、さらに順番待ちが38人。ほとんどが女性だ。
1日平均350人が来店し、約50万円の売り上げは当初目標の1・5倍に上る。「われわれが思っていた以上に、みなさんだしに興味があった」とは、同店を展開する「にんべん」の高津克幸社長(44)。
江東区から来た60代主婦3人組は1日20食限定の炊き込みご飯を注文し、「前から行列が気になっていたの」「おだしが効いていいお味」とほほえんだ。主役の汁物は、だしをストレートに味わう和の「古典技」と、洋風アレンジの「はなれ技」の2系統から選べる。ミネストローネをいただくと、トマトの酸味にかつおのうまみが重なってまろやかな調和を感じた。
「だしの本質を守ると同時に可能性を広げたい」。意欲的な高津社長は創業家の13代当主にあたる。創業310周年の平成21年に社長に就任し、翌年、コレド室町に「にんべん日本橋本店」をオープン。だし1杯100円がスタンドバー形式で味わえる「日本橋だし場」を併設すると、豊かな香りが客を呼び、近隣サラリーマンやOLらがお茶代わりに利用。かつおだしのうまみ成分による満腹感のダイエット効果なども話題となり、現在までに累計43万杯が飲まれている。10月には羽田空港国際線ターミナルにも出店予定で、国際化に弾みがつきそうだ。
一方、港区の麻布十番に昨年オープンした「おうちデリ」は、「だしは、万能調味料」と銘打ち、だしをたっぷり使った総菜が人気の店。毎日15~20種(100グラム324~650円)用意され、一番人気の白あえは取材中に品切れた。弁当は820円から。イートイン8席で定食もいただける。冷やしただし巻き卵を一口。しっとりした卵の層からうまみ汁がひんやりしみ渡る。炒めてだしに漬けたレタス、ピーマン、新タマネギの変わりおひたしもシャキシャキとみずみずしい。だしのうまみで塩分を抑え、素材を楽しむぜいたくを堪能する。「うちの子が嫌いな野菜も、おひたしにするともりもり食べてくれる」という坂田真知子マネジャー(39)は5歳の双子男児の母。食育の発想や経験も生かされている。
客層は20代後半から高齢者までと幅広く、近隣の富裕層“ヒルズ族”や大使館勤務の外国人も来店。地元の幼児・学童保育施設「クランテテ三田」の温井伸明校長(42)は延長保育の夕食に利用している。「食の安全に敏感な親が多い土地柄。化学調味料を使わず、自然のだしを生かしたこの味なら、安心して食べさせられると判断した」
だし自体も販売しているが、とりかたは極めてスタンダード。水1リットルに対してこんぶ10グラムを入れて沸いたら取りだし、かつお節をひとつかみ放って置いて、濾(こ)す…。骨や野菜を長時間煮出す外国のスープに比べ、なんと時短・省エネなことか。だしのお椀(わん)を傾けると、日本人の感性と知恵の風味がすがすがしい。