オックスフォード大学で日本学を専攻、ゴールドマン・サックスで日本経済の「伝説のアナリスト」として名をはせたデービッド・アトキンソン氏。
退職後も日本経済の研究を続け、日本を救う数々の提言を行ってきた彼の新刊『給料の上げ方――日本人みんなで豊かになる』が上梓された。
「いまの日本の給料は、日本人のまじめさや能力にふさわしい水準ではありません。そんな低水準の給料でもガマンして働いている、その『ガマン』によって、いまの日本経済のシステムは成り立っています。でも、そんなのは絶対におかしい」
そう語るアトキンソン氏に、日本人「みんな」の給料を上げるために必要なことを解説してもらう。
【今回のポイント】
・日本の給料は、過去30年間ほとんど伸びていない
この30年間、日本人の給料は停滞を続けた
OECDの2021年のデータによると、日本の平均給与のランキングは世界24位まで下がっています。アメリカの平均給料は日本の1.82倍で、OECDの平均は日本の1.38倍です。
このように日本の平均給与が他国から大きく水を開けられてしまったのは、日本の給与水準が下がったことが原因ではなく、日本以外の国で給料が上がり続けたからです
この30年の間には、先進国だけでなく途上国だった国々でも給料が上がり続けました。この間、生産性をどんと上げて先進国となり、日本を追い抜いていった国や地域も少なくありません。具体的には、韓国、台湾、シンガポール、香港、スロベニア、リトアニア、イスラエルといった国々です
視点を変えて今の日本の給料に近い国々のグループを見てみると、ポーランド、エストニア、トルコ、ラトビア、チェコなどといった国々が並んでいます。
これらの国の多くは、ソビエト連邦崩壊後に独立した国や旧共産圏の国々で、経済的にはまったく豊かではありませんでした。
日本がそんな国々と肩を並べるまで落ちぶれてしまったという事実をみるにつけ、悲しみがこみあげてくるのは私だけではないはずです。
先ほど「韓国が日本を追い抜いていった」とお伝えしました。具体的なデータをご紹介すると、1990年の韓国の平均給料は日本の61.3%でしかありませんでしたが、2015年に韓国の実質平均給料は日本を追い抜き、今では日本の1.09倍まで拡大しています。
先ほど旧共産圏の国の1つとして紹介したポーランドも、1995年の平均給料は日本の45.7%でしかなかったのですが、2021年にはすでに84.5%まで上昇しています。今のままでは、日本の賃金は2029年にポーランドに抜かれます。
日本の給料が伸びない原因は労働生産性にある
なぜ、日本は平均給料で他国から差をつけられたり、ずっと下の順位にいた国々に抜かれることになってしまったのでしょうか。
給料とは創出された付加価値が労働者に分配され、支払われるものです。
付加価値とは売上から仕入金を引いたものを指し、その付加価値から給料、税金、利息、配当、設備投資の費用が支払われ、残ったお金が内部留保金としてプールされます。
一般的に一番大きな支払いを占めるのは給料、すなわち人件費です。2019年のデータでは、先進国の平均労働分配率は56.8%で、日本は56.1%でした。
給料は、労働生産性と労働分配率で決まります。日本の労働分配率は先進国平均とほぼ同じ水準ですので、日本の給料の順位がガタ下がりしてしまったのは、日本の労働生産性が他国より劣っていることに原因がありそうだという予測が成り立ちます。
実際データを見てみると、日本の2021年の労働生産性は世界36位と驚くべき順位です。なんと、スペイン、スロベニア、チェコ、リトアニア、ギリシャより下なのです。
経済的に遅れていた、いくつかの国に給料水準で抜かれた原因は、労働生産性の差をつけられたからに他ならないのです。
日本の労働生産性は1990年からまったく成長していません。2021年の労働生産性の水準は1990年を2.2%だけ上回っていますが、この間、アメリカの労働生産性は1.6倍も上がっていますので、たったの2.2%では成長したうちに入らないのです。
生産性が向上しないと、豊かになれない
さて、ここで改めて、経済はどのように成長するか、基本を確認しておきたいと思います。
経済は人口の増加と生産性の向上によってのみ成長します。前者は量の効果はもたらしますが、生活水準の向上は生産性の伸長によってのみにもたらされます。ですので、人口が増えても生産性が上がらなければ、国の経済規模は大きくなりますが、1人ひとりが豊かになることはないのです。
日本は、人口が減っている上に、生産性も上がっていません。しかも、高齢化の進展によって、年金や医療費の負担が増え、税負担が上がっているので、現役世代の生活水準は下がる一方です。
この状況を打破するには、生産性を向上させるしか方法はありません。
となると、問題は労働生産性をどうやって上げるかに集約されます。
労働生産性を向上させる唯一の方法が、イノベーションです。そして、イノベーションを実現させるには、設備投資、研究開発、人材投資が不可欠です。
究極のところ、日本の給料が一向に上がらず諸外国に抜かれっぱなしになってしまったのは、設備投資、研究開発、人材投資が足らず、十分なイノベーションを起こせなかったことに尽きるのです。
事実、1人当たりの研究開発費を見てみると、日本は世界の12位です。トップは韓国で、アメリカ、シンガポール、台湾が続いています。
イノベーションは、研究開発と普及率で決まります。日本はそもそも研究開発が少ないので、仮に普及率が高かったとしても、イノベーションは相対的に非常に少なくなってしまうのです。
時々、「日本では緊縮財政や消費税の導入の結果、労働生産性が停滞している」という意見を耳にしますが、完全な論理の飛躍です。
消費税と労働生産性は関係がない
消費税を導入している国は、1970年の段階では12カ国、1980年には27カ国、日本が導入した1989年にはまだ44カ国しかありませんでした。その後、導入した国が爆発的に増え、今では174カ国となりました。
消費税を導入すると生産性が停滞するという仮説が正しいのであれば、日本より高い消費税を導入している国は生産性が日本より停滞しているはずです。しかし、そんな事実はありません。
世界では、大多数の国が消費税を導入しており、なおかつその税率が日本より高いにもかかわらず、GDPは成長していますし、生産性も給料も上がっています。
消費税と生産性の相関係数は0.97なので、逆に消費税を導入すれば生産性が上がるという話に帰結することすら可能ですが、もちろん、両者にはそのような因果関係はありません。
となると、論理的に考えれば、消費税を導入すると生産性が停滞するという話の場合も、両者の因果関係はないという結論になります。
このように考えを進めていくと、人口が減少し年金と医療費の負担がますます重くなるこれからの時代に、どういう企業で働き、どうやって自分の生活水準を守るべきか、その道筋が見えてきます。
とにかく、ただ待っているだけでは給料が上がることはないので、どんな企業で働くべきかを自ら考えて、そういう企業を探すべきです。
次回の記事では、皆さんがついていっても大丈夫な社長と、見限るべき社長の見分け方について説明します。
デービッド・アトキンソン:小西美術工藝社社長