東京五輪まであと1000日を切った。2013年9月に東京五輪開催が決定して以降、日本は訪日外国人(インバウンド)ブームだ。2011年にはわずか600万人台だったインバウンド数は昨年2400万人を超え、今年は10月までですでに昨年値に迫り、年間で2800万人程度になることが予想されている。
当初は、中国人観光客をはじめとする「爆買い」ばかりがメディアでは面白おかしく、また一部には迷惑行為、マナー違反として報じられたが、ここ数年で爆買いはすっかり影をひそめ、今はリピーターが増え、日本に対する理解と知識が深まりつつあるといわれている。
先日も京都でタクシーを拾った際、運転手に最近のインバウンドの様子を尋ねると意外な答えが返ってきた。
「いやー、このまえ乗せた中国人のおっさん、片言の日本語で京都は6回目です、と言うてました。驚きますなあ。そのあとずうっと、あの寺がええ、この寺のなにに感動しただの、まあ詳しいこと」
中国人観光客にも京都は大人気 ©iStock.com
中国人に京都の良さはわからないというのが通説だったが……
これまで京都を訪れる外国人は欧米系が中心で中国などのアジア人は少ないと言われてきた。欧米人は日本の歴史や文化に興味があるが、中国は歴史や文化は自分たちが先輩、京都なんてみても何の興味もわかない、まして文化大革命で宗教を否定されてきた中国人に京都の良さを理解するのは無理とまで言われたのだ。京都フリークの中国人の増加はこうしたなんとなく日本人が持っていた固定概念が次々と覆されている証のようにも映る。
インバウンドは、これまでの東京、大阪ばかりでなく、地方都市にも積極的に足を伸ばし始めている。特にこれからのシーズンは、北海道のニセコや長野県の白馬などは、おそらく日本人のスキーヤーよりもオーストラリア人やカナダ人といった外国人のスキーヤーで大いに賑わうことだろう。
ところで彼らには一泊二食付きの日本旅館のサービスは不評だ。旅館のお仕着せの刺身、茶椀蒸し、天ぷら、煮物、焼き物、吸い物、ご飯、漬物、果物、お茶といったメニューを好まないのだ。
一泊二食付きのお仕着せの日本旅館の食事を外国人客は好まない ©iStock.com
スキーを終えて彼らが向かうのが町の食堂。日本での好物は?と聞くと真っ先に出てくるのが、「カツ丼」「天丼」「餃子」「お好み焼き」である。もちろん「ラーメン」もグッドだが、彼らの国でも楽しめるので、もっぱら海外ではあまり見られない日本のB級グルメに関心が集まるようだ。
「ヤキトリ、ピザ、オネガイシマース」
彼らは町の食堂でこれらの安くておいしい「日本料理みたいなもの」に舌鼓を打ったあとはバーで一杯だ。ところが地方の観光地に彼らを満足させるようなバーは見当たらない。彼らはホテルに戻ると、ホテルの1階にあるフレンチレストランにしけこみ、バーボンウィスキーやカクテルを飲み始める。そして恭しく出てきたウェーターに向かってひとこと。
「ヤキトリ、ピザ、オネガイシマース」
ある高級ホテルでは、フレンチレストランのシェフがこうした外国人の注文に、
「俺は居酒屋の料理人じゃねえ、つーの!」
とぶち切れてやめてしまったそうである。
いっぽう日本中に足を伸ばし始めた中国人は、町の食堂に出かけることはなく、ホテルの部屋の中で国から持ってきたカップ麺を食べるのだそうだ。別に食費をケチっているのではなく、裕福な客でもあまり部屋から出て他の人々とは交わらないのが彼らの習性だという。こうした実態をよく理解しないとインバウンドに対する「おもてなし」なんてできはしないのである。
富士急行線「下吉田」駅が外国人から熱い注目を集めているワケ
外国人に対する日本人の「想い」がずれてしまうのは食べ物ばかりではない。山梨県富士吉田市にある富士急行線「下吉田」駅は、今や日本にやってくるタイ人がぜひ観たい日本の代表的な場所になっていることを多くの日本人は知らない。
歴史的価値は評価されなくても「富士山、五重塔、桜」は最強
この駅からアプローチできる高台にある新倉富士浅間神社から眺める富士山と五重塔、そして桜をバックに自らを撮影するのが彼らにとってのThis is Japan!!である。ところがこの五重塔は戦没者を慰霊する目的で昭和37年にできた鉄筋コンクリート造の五重塔。歴史的価値としては日本ではほとんど評価されないだろう。しかし、富士山、五重塔、桜は、タイ人からみれば十分にニッポン的なものであり、この際五重塔の由来などはどうでもよい話なのである。
日本人は知らない──外国人が殺到する山梨県下吉田駅の“最高にニッポン的”な風景 ©iStock.com
山口県で人気なのは「明治維新もの」より昭和30年に分霊した海辺の神社
インバウンド数が隣県の福岡や広島に遅れをとってきた山口でも、「明治維新もの」が外国人にイマイチ受けないいっぽうで、最近同県の長門市油谷にある元乃隅稲成(もとのすみいなり)神社の人気が徐々に上がってきているという。これは海岸の断崖に向かって赤鳥居が延々と100mほど続くその姿がインバウンド客に口コミなどを通じて広まっているものだが、神社の歴史は浅く、謂れとしては白狐のお告げによって昭和30年に島根県の津和野にあった神社を分霊したにすぎないものが、インバウンド客の目からは新鮮な「ニッポン的な風景」に映るらしい。
山口県長門市油谷の知る人ぞ知る元乃隅稲成神社の断崖に向かって並ぶ123基の赤鳥居 ©共同通信社
旅行サイトであるトリップアドバイザーが調べた外国人が行きたい日本の観光スポットを見ると、京都にある「嵐山モンキーパークいわたやま」や長野にある「地獄谷野猿公苑」といったところのニホンザルは大人気だし、新宿にある「ロボットレストラン」、大阪の「ビデオゲームバースペースステーション」など日本人のほとんどは耳にしたことがないようなスポットが上位にランクインすることには驚きを禁じ得ない。
インバウンド客は「おもてなし」を求めているわけではない
つまり、インバウンド客は日本人の上から下への「おもてなし」を期待して日本にやってきているわけではない。彼らの中には日本に対する一定のイメージがあらかじめ備わっているともいえ、そのイメージに現実がぴったりあてはまると彼らは喜びの声を上げ、「おう、ニッポンって素敵、ワンダフル」になるのだ。
それをわかったような「おもてなし」や礼儀作法、日本の伝統や文化をインバウンド客にどんなに「したり顔」で話したところで彼らには念仏を聞かされているようにしか聞こえないし、日本人が愛するふぐの薄造りは彼らには「なんだか酸っぱいだけの味気ないサカナ」としか感じてもらえないのだ。インバウンド商売にも「郷に入れば郷に従え」の格言が必要のようだ。